第18話 立ち込める暗雲

「――【暴風刃サイクロンカッター】!」


 無数の風の刃が二人を襲った。


『78』『82』『80』『84』『85』

「きゃぁっ!?」


 突然の奇襲に、ユキは避けられずダメージを受けてしまう。

 そして――。


「――っ!」

「ノ――ノインさん!」


 ノインは風圧に吹っ飛ばされ――崖へと落ちていった。


「ちっ、スキル使った瞬間に撃ったっていうのに、全部ジャスガされたか……まあいい。メインは彼じゃないからね」


 と、そんなことを言いながらユキに近づいてくる人物。


「……Akiさんっ!」

「やあユキちゃん。この前ぶりだね」


 爽やかな金髪の青年、Akiがにこやかに手を上げる。


「ど、どうして……っ!」

「あれ、知らないのかな? ケモ耳が生やしたプレイヤーと普通のプレイヤーが決闘、尚且つそのフィールド内に3人目のプレイヤーがいた場合――3人目のプレイヤーも決闘に参加できるってバグのこと」

「――っ!」


 つまりこの場合……ユキはモンスターと扱われ、Akiはプレイヤーとして扱われている。


「いやぁ、君たちをつけていて良かったよ。こんなにも早くチャンスが回ってくるだなんて」

「……くっ!」


 慌ててユキはそのまま崖に飛び降りようとする。今、この男の前にいるのは危険だと判断したからだ。


 ――だが。


「おっと、逃がさないよ? 【テイム】!」

「んぃっ!?」


 Akiが右手をユキに向けると、白い光を放つ輪がユキの身体を縛り付けた。


「――ぁっ! ぅうっ!」


 ユキの中に何かが入り込んだかのような違和感。

 違和感は手足から体へと浸食されていく。


 ――嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!


 必死に拒絶するが……意味はなく。


「くっ……はっ……!」


 浸食が頭の中まで入り込んだ時――輪が緑の光へと変化し、ユキの首へと移動していった。


「……くっ! ふふふ! はははははははっ! やっと! やっとテイムできたっ!!」


 Akiは高らかに笑いだす。


「さあ、ユキちゃん立ち上がって? 改めて挨拶しようじゃないか」

「ぐっ……うぁっ……!」


 立ち上がりたくなんかない。

 だというのに、身体は言うことを聞かず指示通り起き上がってしまう。


「んー、テイムの能力はちゃんと効いているようだね。でも、なんか無理矢理起こしてる感出てるなあ……僕としてはもっと自然に振舞ってほしいんだけど」

「何が……目的ですかっ……!」


 身体が操られながらも、ユキがAkiを睨みつけた。


「んー? やれやれ、どうやら誤解しているみたいだね。特に大した目的なんてないのさ」

「……はあっ!?」

「ただ、君がもう悪さしないように手元に置いておきたいだけなんだ」

「悪さって……それは、あなたが……!」

「僕がどんなことをしたというんだい? ただ、女性と仲良くしているだけじゃないか」


 ただ女性と仲良くしているだけ。

 それは果たして本心なのか、それとも冗談で言っているのか……どちらにせよ反吐が出そうな発言にユキは顔を歪ませる。


「おいおい、そんな顔しないでくれよ。せっかく可愛いお顔が台無しだ」

「ふ、ざけっ!」

「僕はね、ユキちゃん。君みたいな迷える子猫たちに救いの手を差し伸べているだけなのさ」

「……生憎、ですが! 私、迷ってなどいませんので!」


 反抗するユキにAkiは「あぁ」とつまらなそうな顔をした。


「あの『伝説の剣士になりたい』とかっていう夢のこと? ――ふん、馬鹿馬鹿しいね」

「……馬鹿馬鹿しい?」

「そうさ、馬鹿馬鹿しいよ。そんなの、なれるわけないのに」

「……っ!」


 自分の夢は人に言っても微妙な反応を返されるということくらい、わかっていた。


『そうなんだ……いつかなれるといいね』

『まあ、やるだけやってみればいいんじゃないかな……』

『うーん、難しい道のりだけど……挑戦するっていうのはいいと思うよ』


 みんな、曖昧な返答をする。

 悪意はないのだろう。ただ、本当になれるという保証はないし責任もとれないので、誰しもが遠回しな応援を返すのみ。

 そのことをわかり始めたからこそ、ユキは人に夢を語るのが怖くなった。あまり人と深く関わらないようにしてきた。


 ――誰かに自分の夢を笑われるのが怖かったから。


「僕は君の為に言ってるのさ。そんな叶わぬ夢ばかり見てないでさ、もっと現実的なのを見ようよ。例えば――」


 Akiは嫌な笑みを浮かべ、片足を上げる。


「ユキちゃん、靴を舐めて」

「っ!!」


 彼の命令にユキは身体を硬直させた。

 本来なら、絶対やらないこと。だが今は……テイムされ服従の身となった存在。


「あっ……うっ……!」


 ユキの体はAkiの方に近づくと、ゆっくりと両膝を地面につかせた。


「こ、こんな屈辱っ……!」

「でも、僕はちゃんと手順を踏んでここまでできるようになった。現実的だろ?」

「さ、最低――最低最低最低っ!!」

「僕もこんなことはさせたくないんだけどさ。こうでもしないと君は夢から醒めてくれないからね……ほら、早く舐めろ」

「……っ!!」


 悔し涙を流しながらも、体はAkiの奴隷となってしまっている。


 成す術もなく、ユキは小さな舌を出して――



「――【プレス】っ!」


 瞬間。

 Akiに向かって白銀の何かが迫り来た。


「ぐっ――!?」


 突然のことに防御しきれず、そのまま後方へ吹き飛ぶAki。


 そして、現れたのは……白銀の鎧を纏った男。


「……遅れて悪いな、先輩。ちょっと手間取ってた」

「ノインさんっ!」


 崖から落ちたはずのノインがそこにいた。


「き、君……崖から落ちたはずじゃ!」

「あれ、お前もわかるんじゃないのか? 決闘は半径5m以内だってことを」


 そこでユキはハッと気が付く。


「つまり、ノインさんは最高でも5mまでしか落ちてない……!」

「そういうこと。真下まで落ちなかったから、登ってこれたんだ……まあユキ先輩みたいな飛翔スキルがないから、登ってくるのには苦労したが」


 今後飛翔スキルもどこかで覚えないとな、とノインは思いつつAkiの方を見やる。


 Akiは深い息を吐き、険しい表情でノインを睨み付けた。

 それはユキも見たことのない顔だった。


「……君は何回僕の邪魔すれば気が済むんだい?」

「うん? 邪魔? いや、そんなつもりはなかったんだが。まあ邪魔だと言うんなら、今後は極力しないようにしよう」

「じゃあ――今すぐ消えろっ!!」


 そう言うと同時に――Akiは動いた。

 一気に距離を詰め、剣を振るう。


「【風刃ウインドカッター】!」


 繰り出されるスキル。風の刃と物理の刃が襲いかかる。


 ノインはどちらもジャスガし、短剣でAkiの胴体を斬りつけた。


『5』


「……むっ」


 しかし、表示されたダメージにノインは顔をしかめる。


「ははっ、効かない効かない」


 Akiはせせら笑いをしながらノインに向かって斬りかかり、大きくバックステップしてノインは下がった。


「見せてあげよう、僕の圧倒的なステータスを」


【名前:Aki

メイン:テイマー Lv.72

 サブ:ナイト Lv.67

 HP:1558/1558

 MP:1049/1049

 攻撃:599

 防御:1049

 魔功:689

 魔防:1049

素早さ:959

スキル

【テイム Lv.4】【風刃ウインドカッター Lv.7】【風弾ウインドバレット Lv.6】【暴風刃サイクロンカッター Lv.6】【風双刃ウインドクロス Lv.4】【暴風弾サイクロンバレット Lv.6】【突風刃イニシャルカッター Lv.4】【龍の加護 Lv.5】


「Lv.69.5……!」


 ユキは目を見開く。一年前のステータスより、大分レベルアップしていた。


「ふふ、どうだいユキちゃん? 君が変なことに拘っている間に、僕はこんなに強くなって――」

「おい待て、ステータスの数値がおかしい。通常のレベルより上乗せされてないか?」


 自慢気に語りだすAkiを遮り、ノインが質問をする。

 自分語りを邪魔されたことに顔を歪めつつも、彼の勝ち誇った態度は消えない。


「へぇ、ジョブごとのステータスを覚えてるんだ。ちょっと関心したよ」

「いや、そんなことどうでもいいから。なんで上乗せされてるって訊いてんだ」

「知りたいかい? これはね、テイマーに与えられた特権ってやつなんだ」

「……特権?」

「そうさ――来い、ブラストドラグーン!」


 Akiが右手を天高く上げ指を鳴らすと――空から赤い何かが飛来してきた。


 その大きさ、実に3m以上。あのミノタウロスさえも小さく見えるような体格をしているのだ。

 全身が真っ赤な鱗で覆われ、爬虫類特有の金色の有隣目。まるでトカゲのような見た目をしていて、背中には巨大な翼が生えている。


 ――人はそれを『ドラゴン』と呼ぶ。


「グォォォォォオオオオオオオッ!!」

「ひっ……!」


 空気をも震撼させるような咆哮に、思わずユキがおののく。


「これが僕のパートナー、『ブラストドラグーン』さ。Lv.70の強力なモンスターだ」


 ――Lv.70!


 それはあまりにも格上の存在。

 今のユキたちのレベルでは太刀打ちできないレベルのモンスターである。


「こいつの【龍の加護 Lv.5】のおかげで僕のステータスは全て1.25倍。正に最強の力というわけさ」


 ――無理だ、勝てない。


 ユキは目の前が真っ暗になりそうだった。

 相手はLv.69.5のプレイヤーとLv.70のモンスター。敵うはずがない。


「――加えて、新しいパートナーのユキちゃんもいる」

「ぐっ……!?」


 Akiの台詞と同時に、ユキの身体が勝手に戦闘態勢へ入る。


「ノインさん……逃げて、ください! 敵いっこありませんっ!」


 必死に訴えるが、ノインは何か思案しているように顎に手を当てていた。


「いやいや、逃がすわけにはいかない。もし君が降参すれば、ユキちゃんは僕のものになっちゃうよ? ま、君が負けても僕のものになるんだけどね」

「……っ! 私のことは、いいから! 降参を選んでっ!」

「健気だねぇ、ユキちゃん。でも……君はどうかな? こんなか弱い女の子を放っておいて、逃げるつもりかい?」

「……はぁ」


 挑発してくるAkiにノインは深いため息をつく。


「もとより逃げる気なんてねぇよ」

「……ノインさん!」

「あははっ、そう来なくっちゃ!」


 ノインの返答に、嫌な笑みを浮かべる。

 Akiがこんなにもノインを挑発するのにはワケがあった。


 前回ノインと対決した際、見事なまでに負けた。だが、あれはAkiが本気じゃないから勝てなかったのだ、と彼は考えているのだ。


 確かに正当な決闘をしたわけではないので、ダメージは加算されていない。つまり、ノインはAkiを遥か上空に飛ばしただけ。いわゆる勝ち逃げなのだ。


 加えて、相棒のブラストドラグーンも召喚できなかった。これはAkiの本当の実力じゃないと言っても過言ではない。


 ――あんな大勢の前で恥を晒してくれたんだ。

 ――こいつが泣いて許しを請うまで、ボコボコにしてやる!


 レベル差? 人数差? 不公平? ――そんなもの、今のAkiには関係ない。


 ただ、目の前の男を打ちのめす。その為なら手段は選ばない。


「行くぞ!」


 Akiが剣を構えた時……ノインもまた、真剣な表情で盾を構えた。

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