第9話 「ここ初心者用?」「この人初心者?」

 ということで、ノインはユキと組むことになった。

 まあ、成り行きとはいえレクチャーしてくれる身だ。ノインは今までチュートリアルをしていた経緯を話す。


「それはなんというか……災難でしたね」


 話を聞き終えたユキは複雑な表情をした。


 ――もし、自分が真っ白い空間に5万時間閉じ込められたとしたら?


 そんなこと考えるだけで恐ろしかった。

 だから、ずっとチュートリアルにいたというのはすごく辛いことだなと彼女は思う。


「いやいや、災難なんかじゃないさ。むしろバグに感謝したいぐらいだ。師匠に出会えたんだからな」

「は、はあ……」


 ただ、ここだけがよくわからない部分だった。

 バグで出てきた超強いモンスターを恨んでない。それどころか、『師匠』と呼んで尊敬の念すら感じられる。


 ただのデータに情が芽生えるなど……ユキには到底理解しがたかった。


 ――まあ、それが本当の話だったら、ですが。


「で、第1階層にはどんなモンスターがいるんだ?」

「ええと、スライム、ホーンラビット、レッドバット……奥の森の中に行くと、ゴブリンがいてオークが第1階層のボスですね」

「なるほど」


 第1階層のデータがこんなにも早く集まるのはありがたい。

 第1階層のステージは自然豊かな森だ。鬱蒼とした雰囲気は正に幻想的。こういうところにスピリチュアルパワーを感じられそうだなー……と、ノインは呑気に考える。


 そんな中、二人の前に1匹のモンスターが躍り出てきた。

 見た目は可愛らしい白ウサギ。しかし、頭部に付いている立派な角には殺意を感じる。


「おぉ、これがホーンラビットか。意外と可愛いな――」

「下がってください!!」


 ――え、何事?


 急に声を荒げるユキに戸惑う。

 目の前にいるのは如何にも初心者向けのモンスター。だというのに、この白髪狐耳の少女は今にも刀を抜きそうな剣幕をしているのだろうか。


「危ないので、私の後ろに隠れててください!」

「……ここ初心者用のフロアだよね?」


 二人がいるのはまだ第1階層。レベルなんて相当低いはずだ。

 しかしユキの言い方は、明らかにノインの敵う相手ではないという意味である。


「……いやいや、流石に大丈夫だって。俺も初心者とはいえ、今まで何もしてなかったわけじゃ――」


 と、ユキの前に出てホーンラビットの頭上を見る。




【ホーンラビット Lv.35】


「……え?」


 第1階層の初心者用モンスター。しかし、目の前にいるのはあまりのレベル差。


 隙だらけのノインにホーンラビットは勢いよく突進してきた。


「あっ――!」


 ――やばい!


 ユキは即座にスキルを発動する。


 この距離ならホーンラビットに届く。しかしそれはノインにもダメージを与えてしまうということである。


 しかし、彼女は躊躇わなかった。モンスターに倒されるより、プレイヤーに倒される方がローリスクだということを知っているからだ。


「【鎌鼬かまいたち】!」


 一閃。

 風をも感じない速度で彼女の刀が振るわれる。


 ――ごめんなさい!


 心の中で謝りながら、ノインごとホーンラビットへ刃を向け、そしてノインのHPは――




【ノイン

HP 100/100

MP 15/15】


「………………へ?」




 1も減ってなかった。


「――あっぶな! なんでこんなにレベル高いのうさぎちゃん!?」


 とツッコミを入れるノインの左手には、盾が握られていた。


 ――もしかして、ジャスガしたの?


 そうとしか考えられない。いくら防御力が高いディフェンサーをメインとはいえ、まだLv.5。攻撃を完全に防ぐにはジャスガしか方法がないのだ。


 だがそれは、ユキのスキルとホーンラビットの攻撃を同時にジャスガしたことを意味する。


 その証拠にホーンラビットにもダメージが与えられてない。これはノインのジャスガによって、刀の軌道が変わっていることを意味しているのだ。


 しかし……そんなことが初心者に可能なのだろうか。


「ユキさん、ちょっと訊いていい?」

「えっ、あっ、はい! なんでしょう!」


 呆気にとられているところにノインから声をかけられ、ユキは体をビクリとさせる。


 ガードされたホーンラビットは再びノインへと攻撃を仕掛ける。


「なんで第1階層でこんなモンスター強いの?」

「えっ……」

「いや、ごめん。本当に俺、初心者だからさ。なんにもわからないんだよ」

「あっ、えっと、それはですね……」


 ユキはノインが第1階層について知らなかったから戸惑ったわけじゃない。


 それは一瞬の出来事。

 だが彼女は、確かに見たのだ。


 ――今、攻撃を見ずにジャスガした?


 そう……ノインはホーンラビットの方を一切見ないで攻撃を防いでいた。


「みんなレベルが上がっていって、レベルが低い第1階層のモンスターだと相手にならなくなったんです」

「ふむふむ」

「そこで考えたんです。効率を上げるため、レベリングの場所を第1階層に設けよう、と」

「ほうほう?」

「なので、第1階層のモンスターのレベルを上げるようにモンスターを育てました」

「なるほどねぇ……」


 ユキの説明を訊いたノインはうんうんと頷き……そして一言。


「みんなして、アホなのかな!?」


 突っ込まざるを得なかった。


 レベリングする場所を増やすため、第1階層に無理矢理設ける。現実世界だとすれば多少納得できるが、ここはゲームの世界。彼には意味がわからなかった。


 ちなみに言うまでもないことだが、この間も彼はホーンラビットの攻撃をジャスガし続けている。


「こんなんやったら初心者みんな逃げちゃうじゃん!? 誰もレベリングできなくなるよ!?」


 ――え、今尚もジャスガし続けてる自称初心者のあなたが言います?


 心の中ではそう思ったユキだが、口を紡いでいた。


「なるほど、ふれぃどさんがユキさんを同行させた理由がわかったよ……確かに、こんなんレベルが低いプレイヤーが勝てるわけないもんな」

「え、えぇ……と言っても、レベルが低いプレイヤーなんて多分あなたくらいしかいないと思うのですが」


 なんでユキが断言できるのかわからないが……そういえばLv.30以下のプレイヤーを見てない。もしノイン以外にもレベルが低い人がいたら猛反発してただろうから真実だろうとノインは彼女の言葉を信じることにした。


 要するにノインを寄生プレイさせる為、ユキに預けたのだ。


 寄生プレイ――レベルの低いプレイヤーがレベルの高いモンスターに勝てない時、レベルの高いプレイヤーとパーティーを組んで倒してもらうというプレイである。

 このプレイングは寄生する側は何もしないという悪質行為であり、どのオンラインゲームでも嫌われている。

 

 本来はやってはいけない行為なのだが、同行者が了承、且つそれなりにきちんと行動していればそこまで問題はない。

 ユキもこればかりは仕方ないと、ノインの寄生プレイを許していた。


 だが……実際はどうだろう。


「まあ師匠よりか全然遅いからさ、勝てない相手じゃないんだよな」


 まだLv.5だというのに、Lv.35のモンスターと普通に渡り合っているではないか。


「んー……レベルが高いとはいえ、そこまで強くないな。ちゃっちゃと倒しちゃうか」


 ノインはそう言うと、短剣を構える。


「よっと」


 ホーンラビットの攻撃をジャスガすると同時に、剣を振るう。


『18』


「……やっぱり私も手伝います」


 表示されたダメージを見たユキは再び鞘に手をかけた。


 Lv.35と戦えるとはいえ、ノインはLv.5。ダメージ量は低い。


「え、大丈夫だよ。意外とダメージ入ってるし」

「Lv.35のホーンラビットのHPは少なくても2万以上。つまりノインさんは1,000回以上ダメージを与えないといけないんです。それは効率が悪いです」


 それはかなりの浪費であり、その前にノインの方が力尽きてしまうだろう。

 今にも攻撃しそうなユキにノインは手を合わせる。


「お願い、ちょっとだけ! ちょっとだけ時間くれれば普通に倒すから!」

「えっ……そんな早く倒せるんですか?」

「うん、ほんの10時間だよ」

「全然ちょっとじゃないです!?」


 ちょっとどころか、めちゃくちゃ長い時間ではないか。ホーンラビット1体にそんな時間をかけるプレイヤーなんて見たことがない。


「そんな待てませんからね!? それを効率悪いって言ってるんですよ!?」

「いやだなぁ、10時間なんてあっという間だって。ユキさんはせっかちだなぁ」

「いや、私以外の人でも同じ反応はすると思いますが!? もしかしてバカなんですか!?」


 そう、ノインは5万時間というチュートリアルから得たものもあれば、失ったものもある。


 それは――時間感覚だ。


 最早、普通の人にとっての60時間の感覚はノインにとって1時間程度となってしまっている。


「やっぱり攻撃します!」

「いや、ちょっ――」

「【鎌鼬かまいたち】!」


 ノインの静止を聞かず、ユキはスキルを発動する……が。


「わー! ストップストップ!」

「っ!!」


 今確かに、射程距離内にホーンラビットがいたはず。

 しかし、ホーンラビットにダメージはなく、ノインが慌てたように盾を構えていた。


 ――また防がれた!


 【鎌鼬かまいたち】はユキの中で最速を誇るスキル。まだ全力ではないとはいえ……今さっき見たばっかはずのノインは2回連続でジャスガしたのだ。


 ――ならば!


「わかった! 1分! 1分したら攻撃していい!」


 次の攻撃に転じようとしていたユキの手がピタリと止まった。


「……1分? 1分でいいんですね?」

「あぁ! だから1分待ってくれ!」

「……わかりました。1分だけですからね」


 ノインの必死なお願いに、ユキは刀を鞘にしまう。

 無理だと思ったからだ。


 さっきまでダメージが全然入らないのに1分で倒せるはずがないのは、ユキでなくてもわかることだった。


 ――確かサブがバーサーカーだったっけ。まあバーサークモードになれば攻撃力は上がるだろうけど、それだけじゃあ……。


「【バーサーク3rd(サード)モード】」

「………………へ?」


【名前:ノイン

メイン:ディフェンサー Lv.5

 サブ:バーサーカー Lv.5

 HP:1/1

 MP:0/0

 攻撃:1040

 防御:0

 魔功:0

 魔防:0

素早さ:810

スキル

【シールドスラッシュ Lv.2】【バーサーク Lv.7】【ブラスト Lv.2】


「えっ、ちょっ……えっ」


 赤いオーラと稲妻を同時に纏ったノインに困惑する。


 構わず攻撃を仕掛けてくるホーンラビット。


「ふっ――!」


 ノインはそれをジャスガすると同時に剣を振るった。


『180』

『180』

『180』

『180』

『180』


 ――5連撃!?


 ノインが5回攻撃したようには見えなかった。しかし、ホーンラビットの頭上にダメージ表記が一瞬で5つも出たのが何よりの証拠だ。


「行くぜ、うさぎちゃん」


 ――そこからノインの猛攻が始まった。


 目にも止まらぬ速さの斬撃。一切の隙も許さず、延々とダメージが与え続けられる。


 いくらLv.35だろうと、流石に連続でダメージを受けるホーンラビットはどんどんと弱っていく。


「……よし、そろそろいけるな――【ブラスト】!」


 ホーンラビットが消耗したところで、ノインは構えを取る。


「【シールドスラッシュ】!」


『2,035』


 最大火力の攻撃にホーンラビットは吹き飛び、やがて光の粒子へと消えていった。


「ふぅ……あれ、30秒で終わっちゃったか。意外と早かったな」


【レベルアップ!】


【名前:ノイン

メイン:ディフェンサー Lv.5→20

 サブ:バーサーカー Lv.5→12

 HP:100/100→344/344

 MP:15/15→60/60

 攻撃:55→140

 防御:90→296

 魔功:5→20

 魔防:75→260

素早さ:60→160

スキル

【シールドスラッシュ Lv.2】【バーサーク Lv.7】【ブラスト Lv.2】


「お、レベルアップしたな……って、あれ? バーサーカーはあんまレベル上がらないな。なあユキさん、これってジョブごとにレベル上がる差があったり――」

「ありえないっ!」


 ノインの質問を遮るように、ユキが唐突に叫ぶ。

 いや、ようやく声を出せたという方が正しいだろうか。


「ありえないありえないありえない! たったのLv.5でLv.35に勝つなんて!」

「いや、ホーンラビットって本来初心者用のモンスターなんだろ?」

「そうだとしても、です!」


 ダメージを一切受けず自分より高レベルのモンスターに勝つなど、常人にはできない。


「っていうか、今のバーサークモードって!」

「え? あぁ、3rdモードのこと?」

「そう、それです! なんで出来るんですか!?」

「いや、なんでって、出来るようになっちゃったし……っていうか、俺が出来るってことはみんなも出来るだろ?」

「違います! なんでLv.5でそんなもの習得してるんだって聞いてるんです! 私ですら防御・魔防を1/4にするのがやっとなのに……!」

「え、1/4? マジで?」


 驚いた表情で彼女を見つめる。


「……そ、そうですよ。もうLv.40超えてるのにまだ1/4しか下げられない、ダメダメバーサーカーですよ……」


 やや自嘲げになるユキ。

 だが……ノインの反応は違った。目を輝かせ、ユキの小さな手を取る。


「は、はぇっ?」

「いやいや、すごいよユキさん! 1/4に調整できるなんて! そうか、1/4に調整するって方法があったのか……!」


 どうして、今まで気がつかなかったのだろうか、とノインは自分を戒める。


「これからユキさんから学ぶことが多くなりそうだ……!」

「……それ、嫌味で言ってます?」


 ノインの慣性がいまいち理解できない。


「あっ、そろそろこっちの世界でも夕方になる頃か……俺、実はまだ一度もログアウトしてなくてさ、ちょっとログアウトしてもいい?」

「えっ――」


 そういえば長らくログアウトしてなかったと思い出す。

 チュートリアルの時は出来なかったけど、今なら出来るはず――とお願いしてみたのだが。


「…………」

「……え、まだログアウトしちゃまずかったか?」


 黙ってしまうユキに失言してしまったのかと慌てるノイン。



 しかし……そうではなかった。


「………………あの、ノインさん。落ち着いて聞いてください」


 何か決心したかのように、彼女はゆっくりとノインを見つめ返す。




 そして――耳を疑うようなことを告げた。


「ログアウトできないんです」

「…………………………えっ」

「私たち、ログアウトできないんです。この世界の時間で約5年半前――私達βテスターは現実からシャットアウトされました」

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