第8話 変なおっさんと狐耳少女

「変更しろ?」

「そうだ、サブジョブのバーサーカーは完全なネタ構成だ。変更した方がいい」


 そう言うと、「いいか」とふれぃどさんは忠告する。


「その構成はな……いずれ防御力を0にする、ディフェンサーの意味を為さないスキルを手に入れちまうんだ」

「あ、知ってます。変えません」

「だから――ぉおい!? 俺の話まだだって! いきなり結論付けるな!」

「はあ……いや、何言われても変える気しないですよ?」

「話は最後まで聞けって!」

「はあ……」


 どうしてそんなに忠告するのだろう、と少し不思議に思う。


「つまり、だな。防御力0のディフェンサーなんて、盾役の役目を果たしてない。その結果、誰も組んでくれなくなるんだ」

「あ、いや、別に一人でも結構です。変えません」

「一人は寂しくない!?」

「……そうですか?」


 俺の中には師匠が今も生きてるしな――とノインは鎧に手を触れる。


「見たところ、お前もロマン砲を求めてそのジョブにしたんだろうが……ロマン砲なんて本気で一瞬だけの火力。別の構成の方が絶対使えるぞ」

「いやまあ、ジャスガすればいいんですよね?」

「延々と出来ればだけどな!」


 ――いや、練習すれば出来ると思う。


「忠告ありがとうございます。でも変えません」

「あぁもう! どうして、ネタ構成はどいつもこいつも頑固なんだ――」

「こんにちは、ふれぃどさん」


 と。

 頭をかくおっさんのふれぃどさんに、幼い声が投げかけられた。


「あれ、いないんですか? ……って、何してるんです?」

「あぁくそ! お前さんもだ! いつも俺の忠告を無視しやがって!」

「うわ、いきなりなんですか。唾飛ばさないでくださいよ」


 ノインもちらりと覗き込むと、そこにいたのは白髪の小さな少女だった。身長は大体145cm前後、幼い顔立ちをしているところから見るに中学生らへんだろうか。


 そして何より特徴的なのは――頭部にある狐耳。


 初期設定で、顔や体型はあまり変えられない――例外を除いて。

 その例外の1つこそ、『ケモ耳』である。

 こういうゲーム界のケモ耳勢は多く存在し、初期のROにはなかったものの新規プレイヤー獲得のため、後に実装することとなった。


 その為、現実の体型が基準とされるRROで、例外の一つが『ケモ耳』なのである。


「いつもの下さい」

「あぁ、いつものな。ほらよ」


 と、ふれぃどさんは展示されている武器ではなく、裏手の方から一本の刀を渡した。


「2,000ゴールドだ」

「はい」


 ふれぃどさんから刀を受け取った狐耳の白髪少女は、後ろにいるノインに目を向ける。


「……その人、誰ですか? 新しい店員です?」

「いや、こんな小さな店、俺一人で十分だよ……聞いて驚け。こいつはさっきステップに来たばかりの初心者だ」

「………………は?」


 少女も先程のふれぃどさんと同じく、ぽかんとした表情をする。

 そして今一度じっとノインの顔を見て、一言。


「……うっそだー」


 しかし、どうしてこうも初心者だと理解されないのだろう――とノインは不思議で仕方ない。


「いやいや、Lv.5って。絶対ジョブ変えてるだけですって」

「いやぁ、変えてはないんだよな……証明しろと言われたらできないけど」

「ふぅん? 証明はできないんですね?」


 頭をかくノインに、少女は目を細める。

 どうやらあまり信じられてないようだ。


「……なぁユキ、こいつの面倒を見てやったらどうだ?」

「は?」

「え?」


 唐突すぎるふれぃどさんの提案に、二人は素っ頓狂な声を出す。


「まったくもって意味がわかりません」

「もし、こいつが本当に初心者だとしたらよ。お前さんがレクチャーしなくちゃヤバくないか? ほら、レベルがレベルだしさ」

「そんなの、この人が『お知らせ』ちゃんを使えばいい話じゃないですか。そっちの方が効率がいいに決まってます……どうせ私と一緒にいても、邪魔になるだけですし」

「いやいや、こいつとは馬が合うかもしれねぇぞ。なにせ、ジョブはDe/Beだ」

「………………へぇ」


 と、ユキと呼ばれた少女は少し興味が湧いたらしい。


「なるほど、そういう面では気が合いそうですね……ですが、私が教えるというメリットがありません」

「いやいや、メリットとかじゃないんだ。こいつ、俺が何度言ってもジョブを変えるつもりはないらしい。でも、そんなことしたら誰もパーティーを組んでくれなくなるって、目に見えるだろ?」

「……まあ、そうですね」

「つまり、こいつを見放した時点でユキもそいつらと同レベルってことだぜ?」

「………………うっ」

「お前さんは心優しい子と思ってたんだけどな……あぁ、結局人っていうのはみんな――」

「わ、わかりました! わかりましたから! 組めばいいんですね!?」


 何か引っかかるものがあったらしく、態度を変えた少女ユキを見て満足げに頷いたふれぃどさんは、今度はノインの方を見て、耳打ちしてくる。


「――というわけだ」

「何が、というわけなんですか。ふれぃどさんさん」

「いや、名前は普通に『ふれぃどさん』って呼んでくれ……じゃなくて! あいつが組んでくれるんだとよ!」

「あ、結構です」


 さらりと断るノイン。


「いやいや。あの子のこと、よーく見てみろよ」


 言われた通り、ノインはじっと見てみることにした。


【ユキ Lv.42】


「――可愛いだろ?」

「あ、そっちですか」


 てっきりレベルが比較的近いからかと。


「RROは現実の顔をそのまま反映する。あんな可愛い子、そうそういないぞ?」

「……まあ確かに」


 言われてみれば、整った顔立ちをしている。


「ぶっちゃけさ、あの子を狙う輩は多くいるんだ。でも、今は訳あってフリーの状態。これをチャンスと言わずになんと言うんだ?」

「いや、たまたまでしょ」


 というか、ノインは狙ってるわけじゃないので割とどうでもいい。


 ――けどまあ、別に気にならないわけではないけどな。


 白髪に白い袴。全身白色の姿は……彼の師匠を彷彿とさせた。


「ま、あいつも女の子なんだ。可愛いレディーに冷たくするなんざ、男のやることではないだろ?」

「はっ――!?」


 ふれぃどさんはあくまで紳士としての意見を述べたわけだが……ノインにとって、その言葉はまったくの別ものである。




 それは彼が修行していた時のこと。


「そういやさ師匠。なんであの人には攻撃しないの?」


 ふと気になってノインが訊いてみた。

 攻撃してくるのはいつも自分だけ。NPCとはいえ、自分と同じ敵であるノーティスには全く攻撃しないのだ。


 だが、師匠……ティガヴァイスは答えない。そのまま鋭い一撃をノインに叩き込んだ。



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



「……なるほど。冒険者とはいえ、女の子。あんな棒立ち状態の無防備姿を襲うなんざ、男のやることではない――師匠はそう言いたいんだな?」


 本当はノーティスを襲わないようにヘイトが調整されているのだが……とにかく、ノインは向かってくるティガヴァイスの姿を見て、何か納得したようだった。


「わかった。レディーには優しくするよ師匠」




 ――そうだ。あの時、師匠に言われたじゃないか。『レディーには優しくしろ』って!


 言われてない。


「……なるほど。それは確かによくないな」


 のだが、ふれぃどさんの言葉に感銘を受けたノインは、ようやく首を縦に振ったのだった。

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