第10話 この閉ざされた世界の生き方
「……そうか。あいつ、ログアウトできないことを知らなかったのか」
「えぇ、本当にチュートリアルだけを繰り返してた初心者のようです……」
日が暮れ暗闇が街を支配した頃。
ユキの報告に、店じまいをしていたふれぃどさんは唸った。
「そういや、『ログアウトできない』ってゲームマスターが言ってたのは『ステップ』の中央広場だったよな……」
「じゃあ、知らなくて当然ですよね……」
「…………」
「…………」
「……いや、普通気づくよな?」
「……えぇ、私も全く同じことを思ってました」
「なんで気づかなかったんだ?」
「多分……バカだからだと思います」
「そうか、バカだからか……」
「えぇ、どうしようもないくらいのバカだと思います」
なぜレベル30以上のプレイヤーしかいないのか? ――βテスターたちだけがゲームの世界に閉じ込められ、初心者が誰一人入ってこれないから。
なぜランクB以上の武器ばかりしかないのか? ――攻略が進んで、前線メンバーが使わなくなった武器が市場に出回ってるから。
ノインが感じた違和感は、『ログアウト不可』だからなのだ。
「で、あいつは?」
「多分もう寝てると思います。なんかやたらと戦いたがっていましたが……」
「えっ、いや、あいつ1人じゃ無理だろ」
「それがなんと言えばいいのか……あの人、Lv.5でも普通に戦えるんですよ」
「………………は? すまん、ちょっと何言ってるのかよくわからないのだが」
「すみません、私もよくわからないんです……」
自分でもおかしなことを言ってる自覚があるユキはますます頭を抱える。
「……ま、まあ、上手くやってるようで何よりだ」
「これで上手くやってるって言えるんですかね……?」
むしろ上手くやっているというより、振り回されているに近いだろう。
「何はともあれ、もうしばらくは見てやってくれ。多分、ログアウト不可なんて知ったら、内心はショック受けてるだろうからな」
「ええ、それはわかってます……私たちもそうだったんですから」
***
一方のノインはベッドに籠っていた――わけがない。
「んじゃ、行きますか」
肩を一回転させると、夜の森へと歩いていた。
あの昼も夜も変わらぬ風景の真っ白な空間から抜け出したばかりなのだ。じっとしているだなんて出来ないだろう。
「お、早速出てきたな」
やる気満々のノインの前に躍り出たのは、スライム。
【スライム Lv.38】
見た目は初心者向けのモンスターでありながら、レベルは強大。かつてチュートリアルで出てきたのとはわけが違う。
だが……ノインはもっとわけが違う。初心者とはいえ、プレイ時間は50,000時間オーバー。スライムなんてどんなレベルでも相手じゃない。
スライムがノインに向かって突進を繰り出す。
ノインは盾を構える。
「――っと!」
しかし彼は素早く盾を引っ込め、すんでのところでスライムの攻撃を避けた。
レベル差があるとはいえスライムの攻撃は単純。ノインにとってはなんの脅威でもないはず。
ならば、何故避けたのか。
「あっぶな……素早さの数値が上がりすぎてタイミングずれてたわ」
そう、現在ノインはLv.16。通常モードでも素早さが160もあり、Lv.2の時はバフなしバーサーク3rdモードでようやく素早さが174になるのだ。
つまり今の彼はあの頃からすると、常時バーサーク3rdモードに近い攻撃・素早さのステータス値を手に入れているのである。
予想以上のステータス値に思わず呟くノイン。
「……チートかよ」
全然チートじゃない。
彼の感覚がおかしいだけであり、至って普通のステータスである。
むしろ、今までのステータスで格上のモンスターに勝てる彼自身の方がチートだと言えよう。
「うーん、まずはこのスピードに慣れないとな。【バーサーク】」
【名前:ノイン
メイン:ディフェンサー Lv.20
サブ:バーサーカー Lv.12
HP:344/344
MP:60/60
攻撃:288
防御:148
魔功:20
魔防:130
素早さ:290
スキル
【シールドスラッシュ Lv.2】【バーサーク Lv.7】【ブラスト Lv.2】
】
「よし、来いよ」
バーサークモードへとなったノインは、スライムに攻撃を促す。
突撃するスライムに今度はきちんとジャスガし、斬撃を与えた。
『235』
防御のステータスが低いのか、ほとんどのダメージが通ってしまう。
「ふっ――!」
だが、ノインは容赦しなかった。スライム相手だろうと、一切手を抜かずに続けて攻撃を仕掛ける。
そう、彼は師匠に誓ったのだ。『例えどんな相手だろうと
例え敵が弱かろうと――きちんと対等な目線で戦う。
「さあ、全力で楽しもうぜスライムちゃん」
心底楽しそうに、ノインは構えた。
***
第1階層に潜って1時間経過した。
「……そういや、盾だけでも攻撃できるのかな」
ふと思い付くノイン。
盾といえば【シールドスラッシュ】があるが、あれは投げ技なので多発できない。他に武器と言っても短剣くらいしかないので、盾そのものを攻撃武器として使えないかと模索し始めたのだ。
「よっと」
思いっきり飛び上がり、スライムの攻撃を避ける。
「【バーサーク】! 【ブラスト】!」
そしてスライムの頭上まで飛ぶと――足の下に盾を構え、そのまま自由落下する。
「よいしょぉっ!」
『8,445』
地面と盾に潰されたスライムは光の粒子となって消えていった。
【ドロップアイテム
・150ゴールド】
消えたスライムから宝箱が出現する。中身はゴールドのみだったが、今重要なのはそっちではない。
【スキルを習得しました
プレス Lv.1】
「……おぉ、習得できた」
どうやら盾でも攻撃は可能らしい。
「そうと決まれば――試してみるか」
辺りを見回して新たなスライムを見つけると、音もなく獲物へと忍び寄る。
スライムが気づく前に横から盾を構え、すぐさまスキルを発動。
「【バーサーク2ndモード】! 【プレス】!」
瞬間。
ノインは自分の意思なく勢いよく突進を仕掛け、スライムに盾をぶち当てる。
『6,350』
「……やっぱりこの技、潰すっていう戦法がいいみたいだな。2ndモードだってのに、ダメージ量が全然違うし」
ノインの言う通り、スライムはそのまま吹き飛んだだけで、すぐに元気よく動き出した。
「……なら、横からはこう使うべきか」
突進してくるスライムを避け、再び盾を構える。
「【プレス】!」
突撃するノイン。
盾に激突されスライムが飛んでいく方向には、一本の木。
『12,702』
盾と木に潰されたスライムはそのまま消えていった。
「……よし、使い方がわかってきた。もう少し反復練習しよう」
新しい環境、新しいモンスター、新しい技。
何もかも新しい体験に、ノインの気持ちは昂ってきていた。
***
「【プレス】!」
それから更に数時間。
RROの世界で日付が変わろうとしている時刻、ノインは第1階層の洞窟に潜っていた。
洞窟と【プレス】の相性は最高だ。壁や天井がすぐ近くにあるため、大体の場所で最大火力が出せる。
故に洞窟攻略は順調だったが……彼の表情はいまいち芳しくなかった。
【名前:ノイン
メイン:ディフェンサー Lv.28
サブ:バーサーカー Lv.20
HP:504/504
MP:84/84
攻撃:228
防御:440
魔功:28
魔防:380
素早さ:256
スキル
【シールドスラッシュ Lv.3】【バーサーク Lv.7】【ブラスト Lv.2】【プレス Lv.2】
】
「んー……上がらねぇな」
自分のステータスを眺め、ふとぼやく。
現在Lv.24。先程まで順調にレベルが上がっていたのだが、Lv.20を越えた時点で伸びが悪くなり、今ではモンスターを何十体倒してもまったくレベルアップしなくなってしまったのだ。
その代わり、無駄にゴールドは貯まっていく一方である。
「相手はLv.35以上だってのに……1体毎の経験値が低いのか?」
そう、これこそRROの最難関。レベリングである。
いくら相手のレベルが高くても得られる経験値はごく僅か。そう簡単にレベルを上げさせてくれないのが、このゲームなのだ。
初期ボーナスでもらった『経験値ブースト』という得られる経験値を2倍にしてくれるアイテムが3つあるが……ここまで経験値が低いと、あまり効果は期待できないだろう。
「なら、ちょっと敵を集めてみよう。えっと、こうして……」
と、ノインは短剣の柄を使って盾を思いっきり叩きだした。
「……お、来た来た」
洞窟内に響き渡る音。それに釣られるかのようにゴブリンやレッドバットが次々と現れる。
【スキルを習得しました
タウント Lv.1】
敵のヘイトを集めるスキルを獲得したところで、ノインは盾を構えた。
「【バーサーク3rdモード】! 【プレス】!」
『20,546』『20,437』『20,784』『20,214』『20,355』『20,254』『20,744』『20,692』『20,212』『20,952』
連続で表示されるダメージ。個体差によって防御力の強弱はあるものの、すべてのモンスターが消滅していく。
基本的に2万以上あるモンスターのHPも、遂にワンパンできるまで彼は成長していた。
【レベルアップ!】
【名前:ノイン
メイン:ディフェンサー Lv.28→29
サブ:バーサーカー Lv.20→21
HP:504/504→524/524
MP:84/84→87/87
攻撃:228→239
防御:440→458
魔功:28→29
魔防:380→395
素早さ:256→268
スキル
【シールドスラッシュ Lv.3】【バーサーク Lv.7】【ブラスト Lv.2】【プレス Lv.2】【タウント Lv.1】
】
「おぉ、やっとレベルアップした……まあ、これでもまだ少ないがな」
とにかく一歩前進。効率のいい方法は見つけた。
【ドロップアイテム
・3,154ゴールド
・ポーション×3
・雪の花×2
・棍棒×5
・赤蝙蝠の爪×2
・赤蝙蝠の牙×1
・鉄鉱石×4】
一気に表示されるドロップアイテム。どうやら複数を一気に倒すと、まとめて受け取れるらしい。
ゴブリンのドロップアイテムは少し特殊で、武器か物資をドロップする。
これはモノを集め集団行動するゴブリンの特性上、そうなっているのだと言えよう。
「んー、さっきよりかマシになったけど、もうちょい効率いい方法ないかなぁ…………おっ」
と、彼が目につけたのは。
自然な洞窟の中、明らかに人工的に作られたかのような異質なドアだった。
「ボス戦……か」
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