第3話 ようやく本番

 チュートリアルをプレイしてから5時間。


「――ここ!」


 ノインは素早く盾を構える。

 小気味良い音を鳴らし、木製の盾は輝いた。


 ――やっと、できた!


 5時間ぶっ続けで白銀の鎧と対峙し、ようやく……ようやく、一撃をジャストガードすることができた。


 と、喜んでいるのも束の間。



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』


 続けざまに放たれる斬擊にノインは死んだ。



***



「はぁぁ……いや、マジで無理だろ」


 ノインは深い溜め息をついた。


 やっと一撃を凌げた。タイミングを掴むのに5時間もかかった。

 なのに――2撃目にて、即座にノインは死んだ。


 せっかくの努力が無駄になったのだ。


「もういいや。バグじゃんこれ」


 彼はとっくに気がついていた。こんな即死級のモンスターがチュートリアルに現れるはずがないことを。


 ただ――ただ、ヒーローに憧れているノインにとって、何もできずに死ぬだけのはプライドが許さなかっただけなのだ。


 それだけで5時間もプレイし続けたのだ。


 ……しかし、今は違う。


 たった一撃。されど一撃。

 あのレベル差が違いすぎる相手の一撃を凌いだのだ。


 これだけでもちょっとくらいの自慢はできるだろう。


「どうせキャラ作り直せば元に戻るよな。じゃ――【ログアウト】」


 完全にやる気を失くしたノインはログアウトすることに決めた。




 ――だが。



「………………………………あれ?」



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



「……なんでログアウトできないの?」


 意味がわからなかった。


 確かに彼はログアウトコマンド――【ログアウト】と宣言したのだ。

 こうやって宣言することにより、ログアウトすることができる――と、取り扱い説明書にも書いてあった。


 なのに――なぜノインは、またあの真っ白い空間で白銀の鎧と対峙しているのだろう。


「……もしかして」


 嫌な予感がした。


 白銀の鎧が動く。


「これ――チュートリアルが終わらないと、ログアウトできないの?」



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



***



 チュートリアルをプレイしてから20時間。


「右! 上! からの、下!」


 ノインは30秒以上、白銀の鎧からの猛攻を耐えることができるまでに成長していた。


 いや、成長しなければ、生きていけなかった。

 ログアウトしようにも、出来ないからだ。


 ログアウトする為には、チュートリアルをクリアしなければいけなかった。


『手強い相手ね! ……そうだ、サブジョブのバーサーカーの力を使いましょう!』

「……あ、そういえばいたね君」


 猛攻を耐えて1分経過。久しぶりに喋ったノーティスの存在を思い出す。


『バーサーカーのメインスキル【バーサーク】を使えば、一気に攻撃力と素早さが跳ね上がるわ! 防御力が半分になるリスクはあるけど……やる価値はあるわよ!』


 と、ノインは気がつく。ノーティスが喋っている間、白銀の鎧が一歩も動いてないことに。


 もしかして……チュートリアルモードだから、ノーティスが説明している間は動けなくなるのだろうか。


 そしてノーティスが喋り終わった後も、白銀の鎧は動かない。

 つまり、ノイン自身がバーサークモードになるまで動くことがないということだ。


「……ならば、チャンスだ!」


 ノインは即座に盾を構える。


「【シールドスラッシュ】!」


 動かない敵など恐れるに足らず。たった1つの攻撃スキルを使う。


 全力で放たれた盾は着実に白銀の鎧の胴体目掛けて飛んでいった。


 ――いける!


 盾が白銀の鎧に当たる。



『0』


「…………」


 表示されたダメージを見て、ノインは黙って落ちた盾を拾いに行く。


 物事はそんなに上手くいかないらしい。



「あぁ、やればいいんだろ――【バーサーク】!!」


 半分ヤケクソになって叫ぶノイン。


【名前:ノイン

メイン:ディフェンサー Lv.2

 サブ:バーサーカー Lv.2

 HP:40/40

 MP:6/6

 攻撃:58

 防御:36

 魔功:2

 魔防:30

素早さ:54

スキル

【シールドスラッシュ Lv.1】【バーサーク Lv.1】【ブラスト Lv.1】


 すると体に赤いオーラが纏い、ステータスに変化が訪れた。


 そしてバーサークモードになった瞬間――止まっていた時が動き出したかのように、白銀の鎧が動き出す。


「わっ、わっ!」


 慌てて攻撃を避けるノイン。


 だが――素早さが50以上になったノインの動きは、今までよりも体が軽くなっていることを感じる。


 しかも、今までジャスガしていたことにより、ディフェンサーのスキル【ジャスガ時防・魔防上昇】の効果が反映されてることもあり、防御面は全く下がることなく、攻撃と素早さが大きく上昇していた。


 ――これなら、いけるんじゃね!?


 ある程度距離を取ったノインは盾を構える。


「【シールドスラッシュ】!」


 盾は光の軌道を描き――。




『1』


「……ですよねー」



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



***



 チュートリアルをプレイして24時間。


『私も補助するわ!』


 一度説明したら二度目は言わないらしく、1分経過してもバーサークモードになれと喋らなくなった。


 再びノーティスが喋りだしたのは、戦闘開始から2分経過した時だった。


『【バースト】! 【シールド】!』


 ノーティスがウィンドを構える。


【名前:ノイン

メイン:ディフェンサー Lv.2

 サブ:バーサーカー Lv.2

 HP:40/40

 MP:6/6

 攻撃:24

 防御:72

 魔功:2

 魔防:60

素早さ:24

スキル

【シールドスラッシュ Lv.1】【バーサーク Lv.1】【ブラスト Lv.1】


 彼女が補助魔法を使用すると、ほんの僅かだけノインの攻撃と防御が上昇した。


 こんなのであの白銀の鎧に勝てるわけがない。だが――。


『攻撃力と防御力を上げたわ! 少しでも手助けになるはず!』

「……信じてみるか! 【バーサーク】!」


 ノインがバーサークモードになる。

 そして、止まっていた時間が動き出したかのように、白銀の鎧が動いた。



 すると突然、目線上に文字が浮かび上がる。



【宿命之白帝・ティガヴァイスのスキル発動】

【補助魔法無効】


「は?」



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



***



 チュートリアルをプレイしてから1,000時間。


「はっ――!」


 ノインは白銀の鎧の攻撃をひらりとかわすと、懐に向けて拳を叩き込む。


 表示されるダメージ。


『5』


【名前:ノイン

メイン:ディフェンサー Lv.2

 サブ:バーサーカー Lv.2

 HP:1/40

 MP:6/6

 攻撃:240

 防御:108

 魔功:2

 魔防:90

素早さ:234

スキル

【シールドスラッシュ Lv.1】【バーサーク Lv.1】【ブラスト Lv.1】



 僅か――本当の本当に僅かだが、ノインのダメージは通っていた。


 バフは最大500%までということをノインは学んだ。

 今の状態のノインには、メインスキルとサブスキルの効果により、攻撃力・防御力・魔法防御力・素早さの4つに500%のバフが乗っかっている。


 つまり、これが今のノインにとって最大の攻撃力であり素早さだ。


 しかし、即死級のダメージを与える白銀の鎧からどうやってHPを1だけ残せたのか?


 ――その答えは『自傷』だ。


 盾の他に装備していた短剣を使い、ノインは自らにダメージを与えたのだ。


 HP調整を行ってバフが500%ついたことにより、ようやくダメージを与えることが可能となっている。


 この戦闘が開始されてから70時間経過。地味にダメージを与え続けていた為か、相手が疲弊しているのが目に見えてくる。


 もうノインには、白銀の鎧の動きは全て見切っていた。動作によって次はどのような攻撃が来るのか、手に取るようにわかる。


 そして白銀の鎧がよろめいた時――ノインにチャンスが訪れた。


「――!」


 この隙を逃すまいと、肉薄する。


「【ブラスト】ッ!」


 発動したのは、バーサーカーで今唯一使えるジョブスキル。次の一撃を500%にしてくれるというスキルだ。


 懐に忍び込み、ノインは盾を構える。


 完全なるゼロ距離。そして放つはあの攻撃スキル。


 せめて爪痕を残したいと抗い。

 無理ゲーだと悟り。

 ログアウトできないと絶望し。

 クリアするしかないと必死に学んだ1,000時間。



 全ての想いを乗せ。



「――【シールドスラッシュ】ッ!!」


 放たれた盾はそのまま白銀の鎧へと直撃。




『26』



『――!』


 ノインの最後の一撃により、白銀の鎧の動きが止まる。


 そして――。


『――!』

「………………!」


 その場で崩れ落ちる白銀の鎧。


 そのまま動かなくなったのを確認すると、ノインは大きく息を吸い込む。


 そして……力強く拳を振り上げた。



「いぃぃ――よっしゃぁぁぁあああああ!!」



 1,000時間。

 人生でこんなにも連続でプレイしたことはない。


 しかし、この激闘により……無理ゲーだと思っていた白銀の鎧を、ようやく倒すことができたのだ。

 こんな達成感を誰が嬉しく思わないだろうか。


 しかもネトゲ初心者のノインである。嬉しさは500%上乗せされているだろう。


「やっと……やっと、解放される……!」


 思わず涙が零れた。

 それもそのはず、この真っ白い空間に閉じ込められてから1,000時間。その間、何の景色も見れず、気が狂いそうな日々を彼は過ごしていたのだ。


 しばらく涙を流し、やがて落ち着くノイン。


「街に行ったら何をしよう……まずはこの糞みたいなジョブだ。これを変更しよう。二度と見たくもない。

 あ、そうだ。もうみんなもプレイしてるよな、絶対。あぁ、俺みたいな初心者プレイヤーはまだいるかな……いや、まだβテストだからいないか。でも、上級者とやるのって、息苦しいから、やりたくないんだよね。

 いやいやいやいや。俺はこんな強いモンスターを倒したんだ。レベルが大量に上がってもおかしくねぇ。ってことは……マジで俺TUEEEができたりすんのかな? ふひひ――」


 と。


 ぶつぶつと街の計画を立てニヤニヤしていたノインは――あることに気がつく。



 そう……次のイベントが発生しないのだ。


 もう白銀の鎧――もとい宿命之白帝・ティガヴァイスは倒したというのに、ガイド役のノーティスはウィンドを構えたまま、動かない。


 そしてもう一つ。レベルアップもしてない。

 これは絶対にあり得ないことだ。あのスライムを一体倒しただけでレベルアップするような初期ステータスなのだ。1だけでもレベルアップしないのは絶対におかしい。


 バグのせいで処理が遅くなってるのか?――なんて考えていたノインに。




 再び、絶望が訪れる。




「――っ!!」


 白銀の鎧……宿命之白帝・ティガヴァイスの死体はまだ消えてない――否。


 異形の鎧は全て砕かれ、中から何かが立ち上がる。


 新たな白銀の鎧。しかし今までのとは違い、重厚感ある鎧ではなく、動きやすいような鎧。


 現れた新たな敵の頭上をおそるおそる見上げた。





【宿命之白帝・ティガヴァイス(第2形態) Lv.100(Max)】



「………………は、ははは」


 笑うしかなかった。


 こんなにも苦労した1,000時間は――まだ終わってなかったのだ。


 まるで「まだこれからだぞ」と嘲笑うかのように。


「ははは! はははははははは! ははははははははははははははははははは!!」


 狂ったように笑うノイン。

 笑いながら泣いていた。


 さっきの嬉し涙ではなく、もうどうしようもない絶望の涙。


「ははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 白銀の鎧が動いた。


 先程とは比べ物にならないスピードで、ノインに突撃してくる。



 目では追えていたが――ノインはもう避ける気すら起きない。



 彼の心は完全に折れてしまったのだから。



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』

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