第4話 無理ゲーの果てに

 チュートリアルをプレイしてから5,000時間。


 地獄に行ったらこんな気分なのかな――とノインは座りながらぼんやりと考えていた。


 隙だらけのノインに容赦ない一撃。



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



「…………」


 また第1形態からスタートしようが、戦意喪失して尚も攻撃されようが――ノインはもう動じなかった。

 ……いや、正確にはもう動く気すら起きなかった。


 ここはゲームの世界。どんなに攻撃されようが、痛みは感じない。だから、眠っている時に殺されようが何事もないのだ。


 自害したくてもできない。死ねないしログアウトもできないしクリアもできないノインは、ただただ、ひたすら白銀の鎧の一撃をぼんやりと見つめてるだけ。



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



「……しかし、こいつも飽きないよな。何回も何回も」



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



「動かない俺を倒して、そんなに楽しいかね?」


 ノインは白銀の鎧が不思議で仕方なかった。


 いや、相手はNPC。感情なんてないのだから、ただひたすらにノインを殺し続けても不思議ではない。

 だって、そうプログラムされているのだから。


 しかし、完全に精神が壊れたノインはそんなことすら考えられず、ぼーっと眺めるのみ。



 もう――戦う気など、起きない。



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



***


 チュートリアルをプレイしてから7,500時間。


「よくよく見ると、剣士にとってすげえ理想的な動きをしてるんだなお前」


 ふと、ノインが気がつく。


 動きの一つ一つに無駄がない。まるで剣士のお手本のようだ。


「でも、やっぱり重そうな鎧をしてるだけあって、動きは読みやすいよなー……ほら」


 と。

 ノインは座りながら、白銀の鎧の攻撃をいとも容易くジャスガした。


「ま、その為の第2形態だもんな。隙なしって感じだ」



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



 ジャスガを続けることなく、ノインは殺される。


 この日を境に、ノインは白銀の鎧に話しかけるようになった。

 もちろん、ただのプログラムなので何も返事はない。ただ、容赦ない一撃が来るだけである。


 しかしこの何もない真っ白い空間に閉じ込められたノインが会話できるのは白銀の鎧だけだった。


 動きを一つ一つ見て、感心したり誉めたり、時にはダメ出しなんてしてみたり。


 だが……そうまでしてでも、ノインは未だ何かしようとは思わなかった。


 とりとめもない雑談をしながら、白銀の鎧との時間がただただ過ぎ行くのみである。



***



 そんなノインが再び動き出したのは――チュートリアルをプレイしてから10,000時間経過した頃だった。


「……なあ。なんで何度も攻撃してくるんだ?」


 ノインはふと気になって起き上がる。


 白銀の鎧の攻撃を見もせず、体で覚えたタイミングだけでジャスガした。


「俺はな。『何をしてもどんくさい』ってみんなから言われてるんだぜ? ネトゲもやらなかったわけじゃない。迷惑をかけると思って、やれなかったんだ」


 続く連撃を冷静にジャスガして捌く。


「だって俺はエンジョイ勢。別にガチでやる気はないからさ、みんなと楽しくやりたかっただけなんだ。なのに――」


 目線を落としたノインの隙に、容赦ない一撃。



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



「――みんな、言うんだ。『下手だから一緒にやりたくない』って」


『この下手くそ』

『普通はできることを、お前はできてない』

『まだ初めて2日目くらいのプレイスキルだな、お前』

『はっきり言って、才能ないよ』

『ざっこ。辞めれば?』

『つかえねー。辞めちまえ』

『お前とはもうプレイしないわ』


 それはノインのトラウマの1つ。

 長らくネトゲから離れていた原因。


「おかしいよな。俺はみんながミスすると笑って過ごすのに……みんなは俺がミスすると徹底的に叩くんだ」


 悲しかった。

 ただただ、楽しくプレイしたかっただけなのに……。


「『お前は名前負けしてる』って……実名なんて、関係ないのに。そんな酷いこと言ってさ、みんな離れてくんだ。俺が弱いことだって悪いんだけどさ。そんなこと言われ続けてたら、やる気がなくなるのも当然だろ?」


 ノインは白銀の鎧に語りかけるが――ただのプログラム。


 相談に乗ってくれるわけでもなく、再び復活したノインを全力で殺しにかかるだけだ。



 ――だが、その白銀の鎧の一撃こそが、ノインを支えてくれた。


「でも、お前は違う」


 タイミングを見計らうことなく、感覚だけでジャスガする。


「お前はいつも全力なんだ。例えどんな時でも。飽きもせず、俺に攻撃してくれる。全力を尽くしてくれる」


 白銀の鎧の攻撃をそのまま捌き続け、語り続けた。


「初めてだよ、こんなに俺とプレイしてくれるのはさ。例え敵キャラだとしてもさ、すごく嬉しいんだ」


 ノインの体勢が一瞬崩れる。白銀の鎧はその隙を見逃さない。



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』



「……お前の第1形態を倒した時、なんで嬉しかったと思う?」


 もう何千時間前の話だろうか。

 懐かしむようにノインは目を細める。


「だって、お前はいつも全力だから。だからこそ、嬉しかったんだ。全力で相手してくれるお前を倒せてさ。今までの人生の中で、誰よりもお前を尊敬してるんだぜ」


 ノインは白銀の鎧との間に情が芽生え始めていた。

 魂の籠ってないプログラムなんぞに情を持つなど、端から見れば狂っている他ないが。


 白銀の鎧こそが、ノインとっての第一理解者であることは確かだった。


「なぁ。これからも俺を見放さず、こうして相手してくれることを約束してくれるならさ。俺がお前を倒せるまで、ずっとこうしてくれるならさ」


 白銀の鎧は隙だらけのノインに肉薄する。



「俺もお前の期待に応えたい――お前に勝ちたい」



【ノイン

HP 0/40

MP 6/6】


『You Are Dead』




 ノインは再び武器を構えることを決意した。


 期待してくれる友を――いや、師匠を二度と裏切らない為に。



***



 ――そして。



「……師匠。これで最後だ。最後の戦いにしよう」


 チュートリアルをプレイしてから、50,000時間が経過しようとしていた。

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