Waiting for you

KMT

第1話「待つ側の人間」



    KMT『Waiting for you』




 男は待つのが仕事。誰よりも先に行動を起こして、後から誰かが続くのを待つ。それは人生において必然だと、僕は思う。


 僕は待つのが大好きだ。みんなは何言ってるんだと笑うけど、どうしてかなぁ。待つってすごく大事なことだと思う。それは、僕の物語を見ればわかることだろう。




 そう、それは彼女と出会った時から始まった。


「ハァ……ハァ……」


 僕の名前は北山航成きたやま こうせい。どこにでもいる普通の高校生だ。特に明記する特徴はないけれど、強いて挙げるなら昔から遅刻癖が酷かった。


 何か待ち合わせがあると、いつも予定時間を超えてしか辿り着けない。そして待たせた人に怒られて、ペコペコと頭を下げるのがお約束。寝坊したり、信号に連続で引っ掛かったり、道中で困ってる人を助けたり、理由は様々だ。

 どれだけ早期行動を心がけても、時の神様に呪われた僕の体は、約束された時間の遥か向こうへ運ばれてしまう。


「ヤバい……ヤバいよぉ……」


 今日も元気に遅刻している。しかも、よりによって修学旅行の集合時間に遅れてしまっている。今は車から降りて、決して早くはない徒歩で校門に向かっている。

 途中まで親に車で乗せてもらって登校していたのだが、道路で交通渋滞という名の落とし穴が僕を巣食った。逆に時の神様は、早く家を出た僕を救ってくれなかった。


 あ、分からなかった人に説明しておくと、今のは「巣食う」と「救う」をかけたシャレだよ。


 ……どうでもいいか。




「遅れてすみません!」

「遅いぞ! どれだけ待たせるつもりだ!」

「本当にごめんなさい!」


 集合時間を30分近くも超えてしまっていた。案の定、先生もクラスメイトも顔を真っ赤にして、最悪の旅行のスタートを迎えさせた僕を睨み付ける。僕は頭を下げ、誠心誠意の謝罪を示した。

 もちろん、こんなことで許してもらえるようなことではないと、自分が一番理解している。




 でも……


「先生、私が注意し足りなかったことにも非はあります。だから、北山君を許してあげてください」


 彼女は僕を許してくれた。クラスメイトの山下茜やました あかねさんだ。彼女は僕を責めるクラスメイトと先生の間に入り、うまく取り繕ってくれた。


「……わかった。北山、早く座席に座りなさい」


 僕は申し訳なさと感謝で重くなった心を引きずり、バスの席に座った。




 後から聞いた話だけど、山下さんは僕が来るまで待つように先生達にお願いしていたらしい。他の子は先に出発しようって言っていたのに、彼女だけは僕が来ることを信じてくれていた。


 彼女はとてもしっかりした人間だ。学校の誰もが認めるほどの人徳があって、悩める生徒には必ず救いの手を差し伸べる。心に抱えられないほどの信頼を得ている。「完璧」という目的地への一番の近道を知っているような立派な人間だった。


 当然人との約束はしっかりと守るし、僕のように遅刻なんてしない。




 それに、その……すごく可愛いし……。


「山下さん」

「なぁに?」

「遅れてごめんね。あと、ありがとう……待つようにお願いしてくれて」


 バスの中で、僕は隣に座る彼女に頭を下げる。息を切らしてやって来た僕を、彼女は笑顔で迎えてくれた。あの時の笑顔は、何物にも変えられないほど美しいものだった。


「ううん、大丈夫だよ。せっかくの修学旅行だもん。みんなで一緒に楽しみたいからさ」

「山下さん……」

「でも、今度から気を付けるようね」

「あ、はい……(笑)」




 そして山下さんは、僕に飛びっきりの笑顔を向けてくれた。


「京都、楽しみだね」


 強く胸を打たれた。こんなに遅刻したことをあっさり許してくれるなんて。他のクラスメイトとは違って、誰にも到達できない領域の優しさを、彼女は持っていた。


 そんな彼女の優しさを、僕は忘れたくない。これ以上期待を裏切るわけにもいかない。変わらなくちゃ、自分という堕落した人間を。


「山下さん!」

「ん?」


 僕は山下さんの澄んだ瞳を見つめた。彼女の優しさが溢れた心の、1㎤ごとに言葉を敷き詰めるつもりで、僕は高らかに宣言した。


「僕、もっとしっかりした人間になるよ。もう遅刻しないし、みんなを失望させたりしない。のろまな人間を卒業して、迅速な行動ができるようになる。待つ側の人間になる。約束するよ」

「北山君……」


 山下さんは朗らかに微笑んだ。「お前には無理だ」とか「なれるものならなってみろ」とか、馬鹿にする言葉が出てくるはずがなかった。


「偉いね、その調子だよ! 何事も気持ちから始まるから。私、北山君が変われるように応援する。頑張ってね!」


 山下さんは誰に対しても平等に優しく接し、目の前のことに対して嘘偽りのない気持ちを返す。僕が今の現状と真反対で、限りなく不可能に近い夢を語ったとしても、彼女は真摯に応援してくれるのだ。


「ありがとう! よーし、頑張るぞ!」


 山下さんが応援してくれるなら百人力だ。僕は幼稚園児のようにはしゃいだ。決意に満ちた僕の足は、バタバタ動いて止まらなかった。今すぐバスを追い越して、目的地に先回りして待ちたがっているようだった。


 この日から、僕の理想は決まった。誰よりも早く行動し、後から来る者を待ってあげる。そんな人間になるんだ。


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