第10話







その後すぐに魔王から受け取った魔力回復のポーションを飲むと、僕は倒した四天王たちに〈蘇生リザレクション〉をかけにいった。


ルドリカなんかは魔王ガウスでも蘇生出来ない死に方だったが、僕には完全に蘇生する事が出来た。


「だからアンタが魔王やって、ほんまに……」

ルドリカは未だに化け物を見るような目で僕を見ていた。



リュースは文句を垂れながらも、僕たちが仲間に入る事を受け入れてくれた。


「まあメティナ様とガウス様が言うんだったらよ。っていうか、お前がマジに惚れるなんてな……笑えるぜ」



ガウスはメティナの言いなりになり、僕とメティナが婚約してくれる事を2つ返事で承諾してくれた。『娘が選んだ相手だから』と。


ユシアは、世界を救う使命から解放されて薬と酒を必要としなくなるくらい穏やかになっていった。僅か3カ月程の間で四天王の資格も取得し、自分をこき使った人間への復讐心も重なってか素晴らしい働きぶりをみせた。


そしてそんなユシアの活躍により、四天王は特別配当手当も年に3回でるようになった。


ユシアはうなぎのぼりと言っていいほど順々に成長していき、副魔王に就く事になった。冒険者をしている時の評価なんて結局なんのアテにもならなかった事を証明したようで、僕は凄くうれしかった。


ユシアのおかげで四天王の業務形態は良くなっていく一方だった。



「薬と薬草を買い占めて勇者に転売するのよ、あと四天王全員で勇者と戦ったほうが良いわ」

帳簿をつけながらユシアはぴっちりとした髪を指で整える。


「それはユシア君、浪漫が無いというか、効率主義すぎないか?」

「ガウス様は黙ってて、浪漫で食べていける程この世界は優しくないのよ」


副魔王派閥と魔王派閥が今にも生まれそうになっていた。


だが、そんな中で実はユシアがガウスに気があるという噂が城内で広まっていた。

まあそれは噂じゃない、事実だ。


僕は自分の四天王証明書を手に取ってみてみた。

なんの変哲もない普通の紙切れだ、僕はあまりこれが好きじゃない。

だってただの物差しに過ぎないからだ。


「ユシア。 ユシアはこれでよかったんですか?」

人間でなくなったユシアがどう思っているのか、純粋に気になったから聞いてみた。


座っていた椅子から立ち上がって、最近になってかけ始めたメガネを軽くあげてユシアはこたえた。


「ええ、これでいいのよ。例え時代が変わっても人間の愚かさは変わらないわ」


「僕たちは世界を裏切るんですよ」

「違うわ、愚かな人間たちから世界を救うのよ」

そういうとユシアはメガネを外して言葉を続けた。


「人間なんて所詮サルと変わらないのよ。野生なのよ。自分たちを神さまだとでも思い込んでいるのかしらね?人を悪と呼ぶのに結局自分たちも本能がありもしない縄張りを求めて争い続けるし、みすぼらしい欲求を満たすために悪に簡単に落ちるじゃない」


「私はこうなってよかったって思ってる」


ユシアの瞳は底がもう見えなくなっているほど、深い色が幾重にもかさなっていた。


「私は本能に忠実なだけよ。私の居場所を奪った奴らの血を一滴残らず根絶やしにしてやるの。それが私の復讐であり、それが私の生きる意味なの」


そう言ったユシアの口はほころんでいた。



ルドリカとの戦いで壊れた2階の広間はメティナの要望のもと、随分とファンシーに可愛らしく改装された。ピンクの壁、ハートのタイル……。魔王部屋の方向を指し示す矢などが飾られて、見違える雰囲気になり、城の旗も一新され、旗には赤い四つ葉のクローバーが刺繍された。



はためく旗を眺めると、どこかメティナの瞳を思い出す。


風が僕らを撫でた。

式場には、スーツを着たリュース、魔女帽を脱いでその手に持つルドリカ、控えめな青いドレスを纏ったユシア、寂しそうな顔を浮かべるガウスが並んでいた。


僕とメティナは手を繋いで、お互いに歩幅を合わせて前へ、前へと進んでいく。

階段を前に一呼吸止まって、彼女の手を取り、ゆっくりと一段一段登っていく。


僕らはいつ巡り合ったんだろうか?いつ惹かれ合って、いつ落ちたんだろうか?

星の引力の上に立っている事に普段気づかないように、知らず知らずに、僕はメティナに真っすぐにおちていた。


お互いに見つめ合った僕らにリュースが問う。


「新郎グラン、あなたはメティナを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、憎めるときでさえ、妻を愛し、敬い、慰め合い、共にその命果てるまで愛と真心を尽くす事を誓いますか?」


「はい、誓います」

メティナにもそれが問われる。

「はい、誓います」


「では、指輪の交換を」

リュースから指輪を受け取った僕は、その指輪を今一度眺める。


赤黒い輝きが、強く優しい眩しさをはなっていた。中に重力を閉じ込めた太陽ような宝石が付いたその指輪。


僕はレッドダイアモンドの指輪をメティナの左手の薬指にはめた。


メティナは笑顔だった。緊張している僕とは正反対で、とても落ち着いてる様子で、赤い衣装のせいか普段は子供みたいに思えた彼女が急に大人になったように見えた。


白い髪が風に凪がれて、それを直すように髪をかき上げると、日差しに反射してレッドダイアの指輪はピンク色に輝いた。

メティナによく似合っていて、とても美しかった。綺麗だった。



メティナから僕に贈られる指輪は、濃く、きらびやかな黄色い宝石がはめられた指輪だった。


赤い糸が風にそよいで、上へ上へとふわふわと上がっていくのが横目に見えた。

おそらくルドリカだろう。


「では、愛を捧げる誓いの口づけを」

優しい顔をしたリュースが、そう言って一歩後ろに下がった。


メティナの白い尻尾はもう尖ってはおらず、丸み帯びてハートの形をしていた。

ゆらゆらと揺れる尻尾が僕の腕に絡みつく。


メティナの唇へと僕の唇を運ぶ。鼓動が高鳴って緊張と高揚が混ざって変な感じだ。



だが唇が触れる寸前で、メティナは僕から顔を背けた。


静寂が辺りを包んで、聞こえたのは風の音だけだった。

「ちょっと恥ずかしいわ」


そう呟いて顔を赤くしたメティナは、その背に生えている、薄く白い羽で僕らを隠すように影を作り目を閉じた。



柔らかくて、あたたかかった。


唇を離すと共に、爆発音が空に鳴り響く。

見上げると、空に浮かんだルドリカの赤い糸が次々と爆発して綺麗な火花を散らしていた。


誰かに祝って貰って、尊ばれて、そんな小さな出来事が僕を満たした。


「愛してるよ、メティナ」

風にそよぐメティナの髪を首元で抑えてみる。


綺麗だった、それしか言葉が見つからなかった。


「アタシもよ、グラン」

素敵な笑顔で、真っすぐなその瞳で、僕を見つめ続けてくれるメティナに、ずっとずっと照らされていたんだ。

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