第9話







「グラン話を聞いて」

ユシアに声をかけられる。彼女の目はもう穏やかで、いつもの凛々しい眼差しに戻っていた。


「どんな話ですか?」

僕を見て心配そうにしていたが、何も聞かずにユシアは話をつづけてくれた。

「メティナを信じる事は私には出来ない。でもグラン、やっぱりあなたになら裏切られてもいいわ。だからあなたを信じる」


意外な返答だった、ユシアが妥協した所を初めて見た。彼女は今まで妥協した事なんてない完璧主義の人間だったのに。


「わかりました、でもいい作戦があります。ユシアは僕の指輪を盗りましたよね?」

ユシアは親指を一瞬隠すようにしたが、諦めて頷いた。


「ごめんなさい」


「作戦ですが、メティナをユシアに惚れさせるんですよ」

それを聞いたユシアはあっけにとられていた。軽く彼女のほっぺをつまんでみる。するとすこし口を歪ませてユシアはこたえた。

「いい案ね、確証は完全ではないけど、高める事が出来るのね」



メティナは〈魅了の矢サヴァンアロー〉をユシアに向けて放ち、ユシアの指輪はそれを弾く。翻る矢の弾道が放物線を描いてメティナの胸に返り突き刺さった。


メティナの右目の瞳の中には赤い星が3つ、輪を囲むように咲いた。彼女は苦笑いしながらすこし照れてユシアの視線から顔を反らす。

「アタシが好きなのはグランよ、まあユシアも好きだけど、グランが一番なのよ。忘れないでね」


メティナは僕とユシアの2人の下僕になったのだ。


「ここからはシンプルです、3人で魔王を討ちましょう」

「全員でって事ね、私もグランも、メティナも魔王を討つ」

「アタシはどうなっても構わないわ」


ユシアはゆっくりと僕へ近づくと、止血包帯を取り出してそれを僕の耳に優しくていねいに巻いてくれた。

その後ユシアは魔法反射の指輪を僕の親指へとはめて返した。


「グランを見てると亡くなった兄さんを思い出すのよ、良い兄だったわ。グランが人間じゃなくても良い奴だって私は信じてる」


ユシアの瞳は例えるならやはり深い海だ。きれいでいて、自分が沈んでいくのが怖くなってしまう。



「あの扉が魔王部屋に繋がってる。準備は良い?」

メティナは陽気にそう言った、不自然すぎたがそれが僕たちを奮い立たせた。


僕が深く息を吸い込むと、2人も同じく息を整えた。深く青い扉、それを囲む砂のような色の壁が扉を妙に浮かせていた。

存在感のあるその扉を僕は両手で開いた。その重い扉は軽い音を軋ませて僕らを通した。



白と灰色の規則正しくならんだ床のタイルを踏みしめて、玉座に君臨するガウスのもとへと辿り着く。


玉座におわす魔王ガウスは、星の尾のような髪をなびかせて口をひらく。

「よくぞ辿り着いた勇者たちよ。我が絶対の力を超えられるものなら超えてみなさい」


自身と同じ程の丈の巨大な大剣に片手を添え、黒い角を被ぶり、青い髪、赤い目、透けるような白い肌に照る明かりを彼はまとっていた。


魔王ガウス、彼は礼儀正しく、丁寧にお辞儀をした。

「我が名はガウス、この城の主だ」


ユシアは彼に2刀の剣を差し向けて名乗りを上げる。

「私と我が兄が受けた苦悩と泥濘の恨み、そしてその罪の清算……曲がりなりにも償ってもらうわよガウス」


魔王ガウスはアゴに手を当て、ユシアとメティナを眺める。

「ラウトルフィアの生き残りか……あの襲撃は我々ではなく、人間が起こしたものだ」

魔王はそう言った。

僕が知る限りそれは事実だ。


「私はそうは思わない」

ユシアはそう言った。


「ならメティナに聞いてみたらどうだ?」

魔王ガウスの問いにメティナはこたえる。


「父の言う事は事実よ。そもそもラウトルフィアを襲撃したのは魔族ではなく、人間よ。証言をした被害者は敵国に雇われていたはずよ」


「でっちあげで、自分たちはやっていないと言うのね?」


「ああそうだ。尋ねるが君は……見たのかね?魔族に襲われていた自分の小国を。人間が人間を襲っていたはずだ」


それを聞いたユシアの瞳孔は開ききっていた。彼女だけ時が止まっていた。ぴくりともしなかった。


「やらせという奴だよ。悪は証拠を作る。煽られた馬鹿はなんの疑いも持たず確証があるからといって、それを事実だと簡単に思い込む」


魔王が続ける言葉をまるでユシアは知っていたかのように、驚きもせず、たじろぎもせず、ただただ聞きいっていた。


「広まった噂が真実にはならない、そう思う者が、それを信じる馬鹿がいるだけなんだ」

魔王のその台詞を聞いたユシアはうつむいた。


「メティナ、何を遊ばれているのだ……〈解呪ディスレガード〉」


ガウスから飛んだ青い光がメティナを包むと、彼女は僕を黙ってみつめる。もうメティナの瞳の中に赤い星は見え無かった。メティナの魅了状態が解かれたのだ。


メティナの目は潤んでいった、今にも溢れそうだった。


メティナは少しずつ、後ずさりして僕から離れていく。後ろへ、後ろへ、まるで僕に謝っているように少しずつガウスのもとへと足を運んでいく。


僕の心の中に虚無が生まれていく感じがした。


我ながら最低だったと思っていた。メティナ の事を好きだとは一度も言わなかったし、彼女の想いにあやふやな返答しかしなかった。そもそも初めは、いなくなった仲間の埋め合わせくらいにしか考えていなかった。

道具ぐらいにしかメティナの事を見ていなかった。


彼女が潤むと僕は痛む。

矢が胸を射ったような痛さだった。


「それでいいんですメティナ。変わらない関係なんて無いんです」

そう放った僕の矢はよわよわしく震えていた。


メティナは足を止め、僕をみつめ、矢筒から矢を取り出す。おそるおそるだが、覚悟を決めた顔だった。

「アタシはグランの事が好きじゃないの、全て偽物の好きで、ただそれだけが事実だったわ」


ふるえながら、溢れながら、そう喋ったメティナに向かって、僕は黙って何度もうなずく事しか出来なかった。彼女の矢はとても弱々しかったはずなのにとんでもなく痛かった。


僕のもろくてみにくい悪の心に突き刺さったのだ。



「でも!アタシは!グランに!あなたに好かれたいって!好きって言って欲しいって心の底からそう願ってる!」


そう叫んだメティナは矢を逆手に持って大きく振りかぶって、自分の胸に自ら矢を突き差した。


「自分の気持ちを認めたいの!〈魅了の矢サヴァンアロー〉‼︎」


メティナの大きな胸にえぐりこまれた〈魅了の矢サヴァンアロー〉が、赤黒く輝いていく。


メティナの右目の瞳には赤いハートがじわじわ滲んでいって、その瞳に僕を映した。


「アタシはアタシを好きなグランが好き!あなたに好きって言って欲しいアタシが好き!それってつまりは、グラン……あなたの事が好きって事になるのよ!」


高らかにメティナはそうさけんだ。僕に向かって。僕の悪い心に向かって、真っ直ぐに想いを届けたのだ。


貫かれた気分だった。

僕の悪を撃って、殺してくれたような気分だった。

清々しかった。痛くて、辛くて、悲しかった僕の心は胸を叩いた。


「そうはなりませんよ」

気づけばそんな一言が口からこぼれていた。

笑みも僕の唇の端からこぼれてしまう。

メティナにはきっと、僕の白い歯が見えているだろう。


彼女の瞳の赤い星が滲んでいくように、僕の心に高揚感が染みていく。


高鳴っているんだ。高揚しているんだ。生きているんだ。

満ちて、焦がれて、胸を叩く脈が首筋から頭に向かってのぼっているんだ。


これが好きって気持ちなんだ。



そんなことに気をとられている間にガウスが僕に向かって大剣を振り下ろしてきていた。ガウスは以前にも増して思ったより早くなっていた。


思わず叫び声を上げると、それをかき消すように剣を打ち鳴らす音が聞こえた。


ユシアが2刀でガウスの大剣をそらすようにいなしたのだ。いなしてからガウスの腹に鋭い2連撃を踊るように叩きこんで彼を押し戻した。


少し後ろに引いたガウスは大剣を構えてユシアに語った。

「1対3でも負けはしない。ユシア……君の復讐譚なんてありもしないし、そんな信念の無い君に私は負けはしない」


叩きつけられた鋼が、タイルと怒りを砕く音を渡らせる。ユシアは勇者の剣に反射した自分の顔を覗き込んでから、ガウスをにらんでこう言った。


「確証なんてあるのかしら?それに私はあなたを信じない」


ユシアのセリフを遮るように、メティナの放った矢が霞みを裂いてガウスに飛んでいく。

ガウスはいとも簡単にそれを避けてみせた。


だが、だ。彼女は、ユシアは速いのだ。


やはりユシアは隙を逃さない。振った剣につられるように軸足が滑るように流れ、回転する。


挟み撃ちだった。2刀の流星が流れる弧を描き、空を滑るような水平のギロチンが放たれる。


だがガウスはそれを寸前で避けて見せた。まるで余裕を見せつけているようだった。


ユシアの瞳に迷いは無かった。

「信じる事とは、それ以外の全てを疑う事!信念なんて必要ないのよ!」

ユシアのその言葉が僕たちを鼓舞する。


流れる白髪。つむじ風を巻き起こすほどの一矢を放ったメティナもそれに応えるようにもう一本矢をつがえる。


メティナは全てを捨ててでも一緒に戦ってくれていた。


ガウスがそんなメティナに襲いかかった。大剣を軽い杖のようにないでみせ、その衝撃波でメティナを吹き飛ばす。ユシアがメティナの名前を叫ぶと僕よりも早くユシアはメティナのもとへと駆ける。


ユシアを最前衛にするようにメティナを護る陣形を組んで、まるで未来への一本道を塞ぐように3人でガウスに立ち向かう。


「面白い!そういうつもりなら本気でいかせて貰うぞ!グラン君!〈無影ポラリゼーション〉‼︎」

ガウスはそうさけんだ。


ガウスの掲げた大剣を中心にして、空間が球のように曲がってうねって歪み始める。


彼は間違いなく重力系の大魔法を放つつもりだ。


音が遠のいていく。僕の影すらもねじれてガウスの大剣にすいこまれていく。

次第に光と空間を呑むような透明を纏う闇が姿を現す。


音が無くなった静かな世界。

影を歪ませて吸い込むその光を目の前にして、僕は終わったのだと感じた。


「お前たちを滅ぼす事で私の復讐は終わりを告げる!」

剣を差し向けるユシアは、ありもしない復讐と終わらない憤りに魅了されていた。


僕は手に持っている折れた杖を投げ捨てる。

「ユシア!僕に剣を貸してください!」


ユシアから勇者の剣を受け取ると、心が胸を叩き始めた。

まるで飛び出したいかのように。

いいんだ、これでいいんだ。これで全部上手くいくかもしれないんだ。


叩く鼓動はやがて殴りつけられるような感覚に変わって、それが伝って首筋から冷えた血が頭に上がっていくのを感じた。


自分自身で心と頭を切り離すように、拒否反応を起こす体と考えを無視する。

まるで頭が自分自身の体でないと感じたがっているように。


それが必要なんだ。この感覚が今、必要なんだ。


握った勇者の剣は地に落ちたがっているかのように重かった。柄は空に飛んでいこうとしている僕の考えを離さないように、しっかりと手に絡みついてくる。


僕はメティナと一緒に居たい。

今まで裏切らせてきたメティナが、魅了が解けても、例えその先に未来が無くとも、僕を信じてついてきてくれるという事実がそこにあった。


突進と共に剣が肉を貫く。


ユシア、すまない。


装備と骨の間を抜けるようにして腋に差し込まれた剣は、海に沈むいかりのように深く、深く、重く深く沈んでいく。


驚きが混ざるユシアの叫び声が遠く霞むほどに僕は集中する。心臓に届くように、剣でユシアの中をえぐる。


「君の復讐は終わらない。ユシア……恨んでくれて構わない。 今は少し眠っていてくれ」



「私は……また失敗するのね────


僕がユシアの腋に刺した勇者の剣を引き抜くと、そこから僕たちの痛みが溢れでていった。


ガウスは〈無影ポラリゼーション〉をとりやめて、かわりに即死魔法をかけてユシアを眠らせた。


「せめて安らかに眠れ、勇者よ」

再び大剣を構えたガウスが口を開く。


「一瞬本当に裏切られたのかと思ったぞグラン君」

僕は自分が自分でなくなったかのように軽くこたえる。

「娘が居るなんて聞いてませんでしたよ」


メティナは目を丸くしてただ茫然と突っ立っていた。

「どういうことなの……?」

メティナのその言葉が静寂をつくった。


ガウスが僕を黙って見つめていた。


「魔王ガウスよ!僕たちをあなたの仲間に入れて頂きたいのです!」


僕はガウスにひざまづいて、首を垂れ、祈る。

重い沈黙を破ったガウスは、おかしそうに笑った。


「今度こそ私に忠を尽くせるか?」

「はい」


絶えたユシアから溢れ、流れでた痛みが足元を這って、どんどんと溜まっていくのを僕は眺めていた。


魅了されていたのはユシア、君だけだったんだ。



「いいだろう、丁度抜けた仲間の補充が必要だったのでな」

魔王ガウスはそうこたえる。


「ユシアを生き返らせてあげてください」

僕がそう言ってガウスの目を見ると、ガウスはまるで諦めたかのように、子供が言う一生に一度のお願いを聞く親のような顔をしていた。


「いいだろう」

ガウスはそう言いながら、ユシアのもとへと歩む。彼女に永遠の命を与える魔法を唱え、ガウスは絶えぬ命をユシアに与えた。


ユシアは不死者アンデッドとなったのだ。


これでよかったはずだ、きっとこれで正しかったんだ。


うっすらと目を開けたユシアは、ぼんやりしているようで、ただひとつ事実があるとすれば、それはユシアがひどく落ち込んでいたという事だった。


魔王ガウスはその口を開く。

「歴史というのは都合良く歪曲わいきょくして伝えられる事がある。小国ラウトルフィアは豊かな資源と、古代魔道具が眠るダンジョンが近隣にあった為、隣国バルドラグ人がそれを妬み全てを奪う襲撃をしたのだ」


横たわるユシアは魔王ガウスの青い髪をその瞳に沈めていた。

「君も全くその噂を聞かなかった訳じゃないだろう」


それを聞いたユシアは大きな溜息をついた。

そんな落ち込んだユシアをガウスが抱きかかえた。


ユシアは自分の不完全さをぬぐうように努力を重ねていたのだ、ずっと今まで、偽物の復讐の為に。

それがついえた今、ユシアの瞳から光は消えていた。まるで深い底にユシアが沈んでいるように見えた。


ユシアはゆっくりとガウスにこたえた。

「初めから復讐ですらないと私自身感じていた。ただ憤りを抑えられなかったの、ただそれだけなのよ。 ……私の通って来た道は、私の人生は失敗だった」


ユシアの瞳の海が波うっていた。大きくゆらいでいた。


体に力をいれずにだらんとガウスに抱かれているユシアはまるで人形のようだった。その瞳すら作り物のように感じるほど、生きる気力が彼女から抜けてしまっていた。


「君は、ユシアと言ったか」

「ええ」


ガウスは凛々しい声で続ける。

「失敗が成功の為にあるのではない、成功が失敗の為にあるのだ」


じっとユシアとガウスは見つめ合っていた。まるでそこだけが2人だけの世界になっているように僕には見えた。


「成功なんて失敗を彩る小さな飾りだ。例えるならこの城の旗と同じだ。 ユシア、君の辿って来たここまでの道のりはきっと自分では成功とは呼べないのだろう」


ユシアは顔を手でおおった。肩をふるわせてすする音を必死になって抑えていた。


ガウスはそんなユシアを見て優しい顔をして更に語り続けた。

「だが、それを彩る飾りを見付ける時が、いつか必ずやってくる」


優しい声だった。ユシアにはガウスの顔は見えていないが、きっと想像できるだろう。

魔王ガウスがどれだけ優しい顔をしているのかを。


ガウスの腕に抱かれたユシアはいつしか自分の顔を覆っていた手を外していて、彼の顔を食い入るように見上げていた。


夜空にのぼった星を見上げているような目だった。


「結果に多大な利益はついても、結果自体に価値なんて欠片も無いんだ」

ガウスがそう言うと、ユシアは顔を軽くしかめてこたえる。


「でも私の理想は、私にしかなりえないもの。それが私の成功で、私の望む結果なの」


ガウスはユシアの髪を撫でた。透き通る金の糸のような細い髪の1本が、目をくすぐってユシアはそのまぶたを軽く閉じた。


「ユシア、ありのままの君こそが完璧なんだ」

ガウスはとても優しくそう言った。

ユシアは何か言いたげだったが、ガウスと目が合うと顔を背けた。


「ユシア、私と一緒にこの世界を変えないか?私と共に、その飾りをみつけないか?」

そんなガウスの問いを聞いたユシアの瞳に、赤い星が生まれたような気がした。


ユシアは大きく息を吸い込んで、ガウスの腕から離れて自分の足で立つと、すぐに凛々しい顔つきになった。


「バルドラグ人を滅ぼしてもいいのかしら?」


「かまわないさ!」

大きな声でガウスはユシアにそうこたえた。


ガウスがユシアに手を差し出すと、ユシアはその手を握り返した。


「一滴残らず私と兄さんに苦痛を与えた奴らの血を搾り取って、枯らしてやるわ」


いつもピッチリとしたユシアの髪型が戦闘で少しぼさぼさになっていたが、彼女は気づいても整える事はせず、どこか晴れやかな表情をしていた。


「グラン、あとで覚えておいてね」

急に僕に話しかけたユシアの目つきは、完全に不死者の眼光だった。


生気を吸い取るようなその青い瞳には、やはり赤い星が映っているように見えた。


「グラン!良かった!なんだかわかんないけど全部上手くいったの⁉」

揺れている。いや笑顔になったメティナが、僕の肩を揺すって、僕に話しかけてきている。


僕はメティナの手を取って、握りしめた。


「魔法が解けてもグラン、あなたの事、アタシ好きよ」

「しってますよ、まあ僕は魔法にかからなくてもメティナの事が好きです」


咳払いが聞こえた。ガウスだ。ガウスから圧を感じる。重くて強い圧だ。

「仲間にするとはいったが、メティナをやるとはいってないだろう?グラン君」


「僕はメティナをただ利用していただけですよ、別に僕は彼女の事を好きじゃありません。それが事実です。」


「ほほう?君の瞳の中のソレは君自身では見えないのか?」

ガウスは大剣を手にとって僕に向かってくる。


白い影だ。白い影が一瞬にして僕とガウスを通り過ぎた。


白い光を纏い空を駆けてガウスの後ろに回ったメティナは、筒から抜き取った矢先を軽くかんで弓をつがえ、僕にむかって放つ。


「〈魅了の矢サヴァンアロー〉!」


ガウスより矢の方が早かった。矢は旋回しながら流線の孤を描いて僕に辿り着く。


瞬間、親指の魔法反射の指輪が黒く輝いて、白い矢を弾き返した。


とんでもない速さで跳ね返った〈魅了の矢サヴァンアロー〉はガウスの胸のど真ん中に深々と突き刺さった。


メティナがガウスを叱りつける。


「お父さん、アタシはもう大人なの。自分の相手は自分で選ぶわ、口出ししないで」


「は、はい……」

魔王の威厳を失ったガウスは、すぐに正座をして僕に謝るようにメティナに命令された。勿論僕は、快くその謝罪を受け入れた。


親子なのに魅了魔法が効くのか?

「親子じゃないのか?」


「言ったでしょ、義父なのよ、血は繋がってない。だけどアタシのお父さんなの」


確かにそんな事を言っていたな。完全に忘れていた。



全てはこれから上手くいきはじめる。

きっとそうなる。



僕は自分の親指の魔法反射の指輪をゆっくりと外した。

今思えば、この指輪が全ての始まりだったように思えた。


僕はメティナにひざまづいて、彼女の左手を軽くとった。


「な、なに?」


たじろいだ彼女は可愛かった。


メティナの左手の小指に、優しく、丁寧に、輪に糸を通すように指輪をはめる。

すると彼女はおとなしく、真剣な目つきになった。


そして僕は彼女の指先に口づけをした。



「メティナ、僕の胸に〈魅了の矢サヴァンアロー〉を撃ってくれないか?」

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