第5話







「メティナ様⁉てっきり死んだかと……」

シワひとつない黒いスーツの女は、目を丸くして僕たちをじっとみていた。

スーツの女はネクタイを軽く締めて、慌ててメティナにおじぎをした。


僕らは城の中へと忍び込んでいた。

メティナが実は生きていて、僕とユシアがメティナに魅了され、捕虜になったという形でスーツの女に奇襲をかけるという作戦だった。



「少し取り逃したのよ、これからガウス様に会いにいくわ」

メティナの演技は素晴らしく上手だった。

不自然さの欠けらすら見えない。

右目の瞳の中を見られないように尻尾をつかって隠したり、まばたきしてからよそ見をしたりと、スパイとして尊敬できる技を多彩に持っていた。


「その……勇者どもを下僕に迎えられたのですか?」

スーツの女は未だに戸惑っている様子だった。


「ええ、そうよ」


スーツの彼女は僕に近づいてきて、僕の顔を覗き込む。

彼女はアゴを突き上げて世の中を舐めた子供のような笑みを浮かべて口を走らせる。


「落ちぶれたもんだな、マジに惚れたのか?」

新しい遊び道具を見つけたような喋り方だった。


「そうですよ」


「……おい、右目をよく見せろ」

スーツの彼女が僕の胸元を掴んで手繰り寄せたと同時に、笑みを浮かべていた顔が嘘のように歪んでいく。


スーツの彼女の背には矢が突き刺さっていた。

メティナがスーツの彼女を矢で射ったのだ。


「メティナ……様?」

驚きと痛みが混ざり合った色を重ねていく。

そんな色が混ざった彼女の瞳が向かう軌道は、メティナから僕へとうつる。


すがるように、怒るように、悟るように……僕の目を見据えるスーツの彼女の瞳には裏切者が反射していた。


すかさずユシアが剣を抜いてスーツの彼女の喉元にそえる。


「この世界に救いなんてないのよ、何か言い残す事はあるかしら?」

スーツの彼女が固めた拳は、花が咲くようにほどかれた。

それは彼女が諦めたという事実の確証になった。


スーツの彼女は後ろにいるユシアに向かって答えを返す。

「あたしたちは失敗なんかしてない。ただ全て押しつけられたんだ、お前にわかるはずもないが」


彼女がそう言うと、ユシアは最後までそのセリフを黙って聞いていた。

その言葉を信じるように、ユシアは目を瞑ってトドメをさした。



「リュース……ごめんなさい」

メティナは、眠りに付いたスーツを来た彼女……リュースの目をゆっくりと閉じさせると、ユシアと同じく目を瞑った。



「もっと早く殺しなさいよ!メティナ!」

ユシアがメティナを責め立てる。


「やめるんですユシア!」


「頭ではわかってるけど、体が上手く動いてくれないのよ!」

メティナも僕もユシアに共鳴するように怒鳴る。



小刻みに震えはじめたユシアは、メティナをにらみつけながら酒を口に運んだ。


「ユシア、それは終わってからにしてください」

砕け散る音が、天上まで突き抜けて静かな空気を運んだ。

僕に返事をするように、床に叩きつけられた酒瓶が割れた音だった。



髪を掻きむしったユシアは、階段に座りこんでうつむく。


「私のせいよ、ごめんなさい。 裏口から城に入ればこんな失敗は起きなかった」


「結果論ですよ、それにこれは良い結果です」



「私はそうは思わない」

そう言って大きくため息をつくユシアを見て、メティナが声を上げた。


「これからの最前衛はアタシが行くわ」


「そうですね、そうしましょう」


僕たちの案にユシアは乗り気じゃないようだった。

無言のまどろみを切り裂くようにユシアは来た道を引き返す。


「ごめんなさい。私は……抜けるわ」

ユシアが投げた突然の一言を理解するのに、幾ばくの時間がかかった。

「え?」


「城の外で。いえ、もういいのよ……帰らせて欲しいの」

そう語るユシアは、まるで生きる意味を失ったと言わんばかりのやさぐれた目つきだった。


「君の居場所なんて、はなからどこにもないでしょう」


「グラン?ひどいわ!なんでそんな事を言うの?」

メティナが僕の肩を強く押してそう言った。


「事実です」


それを聞いたユシアは何度も軽くうなずいて、ため息をつく。

「私はきっとまた、失敗すると思うの。迷惑になんてなりたくない」


ユシアはまるで、失敗を責めてくれと言わんばかりの態度だ。

その背で、その声で、纏ったその風で、私を責めてと訴えかけてくる。


「小さな失敗ですよ、ユシアは今までずっと凄い前衛だったじゃないですか」


「小さな失敗はやがて大きな失敗に繋がるのよ、それを0に近づける努力を怠るのは駄目な事よ」


「失敗なんて誰かが拭ってくれますよ。そもそも失敗なんて誰かに押し付けてしまえばいいんです」


「そんなの無責任よ」



後ろへと歩みを進めるユシアの手をひっぱって、僕は無理やり階段を上へと登った。

ユシアは抵抗しなかった。


まるで全てがどうでもよくなったかのように。

僕に流されるように。

まるでどこかへ落ちていくように。


ユシアは僕についてきてくれた。

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