第3話





虚しい反響音が響いた。

それとともに瓦礫がれきの破片が散らばった。


その音は壁に弾かれた剣の鋼を伝って静かな空を震わせていた。


「ふざけんなよ!力じゃ勝てないからって?2刀流で手数を増やすって?」

ジェイクは冷めた目つきでユシアを眺めながらそう愚痴を吐いた。


「お前のせいだぞユシア!強い武器を2つも使ってる癖にどうして俺より敵を倒せないんだ?」

つづけられるジェイクの怒声は、壁を抉る音を塗りつぶしていた。


ユシアは降ってくる壁の拳を流れるようにかわしながら答えた。

「ごめんなさい、全部まだ上手く出来ないの。これでも練習はちゃんとしてるの」


ジェイクは小声でつぶやく。

「キツイな、お前みたいなのがいると……2刀流を使う奴がいるだけで戦いづらくなる」


追い打ちをかけるようにレイカが口を開く。

「アタッカーの役割をこなしたいの?向いてないわよあなた」

ジェイクに同調してユシアを責め立てる。レイカはいつもそうだ。


流暢りゅうちょうに喋りながらも彼らは動く壁を斬りつづけていた。


本気を込めて振り切ったジェイクの一刀が巨壁に弾かれる。

返ってくるのはジェイクが振った剣が虚しく弾かれる音だけだった。

ジェイクは頭を掻きむしりながらユシアを再び怒鳴りつけた。


「さっさと倒せよ!お前がいるだけでキツいんだから」


その怒声を弾くようにユシアは回った。

端におもりを付けた車輪のように2刀を広げてリズム良く回転する。

回り続けるユシアが沿うように壁を斬りつけて流れ滑っていく。


壁の腕が輪切りになって崩れて滑り落ちた。まるで慣れた手つきでバターをスライスしてるようだった。


そんなユシアをにらんでジェイクは震えていた。

「なんで俺がハンデを背負って戦わなきゃならないんだ、ふざけんな……」

そう言いながらジェイクは地に怒りを込めて蹴りを放った。


震えながら荒んだ息を整えたジェイクは、再び剣を構える。

ジェイクがもう一度、動く壁の頭に向かって剣を振り下ろすと高い音を上げて虚しく弾かれた。


「お前らも攻撃しろよ!」

一段とジェイクは声を張り上げて怒鳴った。その怒声の力のこもり具合は剣を振るよりも強かった。



壁を支える足が白く凍てついてく。

レイカが魔法を撃って壁の足と大地を氷でつないだのだ。


覆った白い氷が、割れたり弾けたりする音が鳴って、壁の動きが鈍く衰えていく。


当然ユシアがその隙を逃す訳もなかった。

空にとけるように飛び上がったユシア。

自由落下したユシアが牙を突き立てるようにして壁の頭に剣を2本穿つと、急に時が止まったように壁は崩れだした。


全てだ、壁は全て崩れて瓦礫になった。



「キツすぎるな2刀流がいると……ふざけて戦うのもいい加減にしろよ、ユシア」


そう呟いたジェイクはユシアをにらんだ。

ジェイクは見えないように、気づかれないようにユシアに向かって拾った瓦礫を投げつけた。

瓦礫が膝の裏に当たって鈍い音を立てると、ユシアは低く微かな悲鳴をこらえた。



「使うな2刀流を……つまらん」

ジェイクは声には発さないが口だけ開けて『雑魚が、死ね』と背を向けているユシアに吐き捨てて中指を立てていた。




「メテオゴーレムを討伐されたようですね、助かります!お疲れ様でした勇者様」


「みなさんランクアップされましたよ」

受付嬢がそう言うとジェイクは舌打ちで返事をする。


「グランさんは、ダイアからレッドダイア」

「レイカさんは、オパールからブロンズ」

「ユシアさんはブロンズからシルバー」

「ジェイクさんもブロンズからシルバー、おめでとうございます!」


嬢に返事を返すようにジェイクはカウンターを思いきり殴りつけた。

響いた振動で揺れた瓶が高い音を鳴らした。

辺りが静かになるとジェイクは引きつった顔で口を開いた。


「こいつがシルバー?ギルドマスターを呼んでくれ」

ジェイクはユシアに後ろ指をさして、ギルドの受付嬢に抗議をし始める。


ギルドマスターなる人物が出てくると、ジェイクは急かすように足を震わせる。

「何か問題でも?」

ギルドマスターがジェイクに問いかけた。


「大問題だ、ユシアは常に足を引っ張ってる。審査しなおせ2刀流なんだぞ?アイツのランクを降格させろ」

がなり立てるジェイクは、ユシアが居るせいで自分の力が発揮できなくなっているとギルドマスターに必死になって説明していた。



僕たちは応接室に移動させられた。

向かいの席にはギルドマスターと受付嬢が並んで座っている。

ギルドマスターがユシアに尋ねる。


「あなたがユシアさんですか?」

「はいそうです」


「レベルを確認させていただいても?」

「ええ、レベルは16です」

ユシアは冒険者証を机に滑らせてギルドマスターに見せる。


「16……ふむ、これは流石に再審査しなければいけませんね」


降格処分は明らかに不相応な対応だ。

むしろ、降格されるべきはジェイクの方だ。

僕はマスターに話しかけた。


「ユシアはこのパーティで一番活躍しているんです、レッドダイアの僕よりも」


「と言われましても……出生地や職業柄もありますし、何せレベル差がジェイクさんと離れすぎている」


「全て関係ないですよ。彼女は軽装で盾役と斬りこみ役の2つの役割を完璧にこなしてますし」


手が重なった。

ユシアが僕の手を上から抑えるように置いたのだ。

ユシアは僕の目を見て軽くうなずくと口を開いた。


「ありがとうグラン。でも私は、何1つ完璧にこなせていないわ。降格してもらって構わない」

ユシアの晴れ渡る青い瞳はジェイクやレイカのそれと違って雲ってはいなかった。


「ユシア、それでいいんですか?」

ユシアは僕の肩を抑えて、怒りを鎮めてと言わんばかりに穏やかな顔をしてみせた。


「ええ、数や肩書きで私が変わる訳じゃないもの、変わるのは私をみる皆の目よ」

ユシアはそう語ると、降格手続きの用紙に名を書きはじめる。


「さっさと手続きを済ませてくれよ、俺はこの後用事があるんだ」

ジェイクはそう言いながら、足と腕を組んで不満そうな態度をあらわにしていた。


結局ユシアはランクの降格処分を受ける事になった。

ユシアの降格の手続きが済むと、ジェイクとレイカはすぐさま酒場へと消えていった。


酒場に行く事が用事?ふざけてるのはどっちなんだろうか。

冷ややかな苛立ちが、僕の背中を覆っていった。


白い海の底から、血で出来た氷山が浮かんでくるような、そんな怒りが登ってきていた。


「僕もやる事があるからいくよ」

「うん、じゃあね。宿で」

ユシアと別れると、僕はギルドへともう一度足を運んだ。



「いくらなんでも、降格はおかしいでしょう!わかりますよね?」

受付越しに、ジェイクの怒りが伝染したように怒鳴ってしまった。


「そう言われましても、ジェイクさんがゴーレムを倒したんですし」

「ジェイクが?」


「ええ、ユシアさんが毎回自分の手柄にしているのも確認済みですし、処罰が無いだけ良いほうだと思います」


「逆ですよ、再審査してください」


「いえ、そういう訳には……審査したところで、恐らくですが見逃されていた処罰が下る形になるだけかと……」



「ジェイクは嘘をついてるんです」


「いえ、レイカさんからもジェイクさんと同じ事を聞きましたし、他の方々からもユシアさんの噂を聞いているので」


「噂?どんな噂なんです?」


「その……グランさんに言い寄ってランクを上げてもらっているとか、嫉妬のあまりジェイクさんに嫌がらせをして戦闘を邪魔してるとか」

「それは事実じゃありません。でっちあげです」


受付嬢の表情と態度はだんだんと迷惑客を相手にするようなものに変わっていく。

「でも実際あんな低レベルで、しかも最前衛で今まで死なずにシルバーまで上がってきたなんてありえませんよ」


「彼女の努力の結晶です、本来ならユシアは僕より高いランクでもおかしくない」


真剣に話す僕とは違って、受付嬢は冗談を聞き流すように笑って答えた。

「グランさん、現実的な話をしてるんですよ?どう考えたって不正以外ありえないじゃないですか。グランさんですから話しますけど彼女の故郷は────


「やめてください、もう結構です」


ゴーレムの方がまだ柔らかい。

いきどおりって奴が血を煮詰めていた。

でも僕にはどうしようもなかった。

たぎった血を冷ます事さえ罪深く感じる程に、憤っていた。



「お帰り」

宿に着くとユシアは今日も剣を研いでいた。


「ただいま」

「悪い事でもあったの?」


「いや、むしろなにもなかったんです」


「心配してるの?ガウスなんてなんとかなるわよ。だってあなたがいるんだもの」



「……プレッシャーになっちゃったかしら?」

ユシアは苦笑いしながら僕が入って来たドアを閉めた。


本当に世界を救う事なんて出来るのだろうか?

救済や浄化とは悪魔のような人間たちにこそ執行されるべきではないのだろうか?


世界を救ってその先に何があるのか?

僕には何も見えなかった。


「グラン……私たちも一緒に呑まない?」

「ええ、付き合いますよ」


「今日は一緒に呑んでくれるのね。うれしい」

そういうと彼女は酒瓶を空けて、カップに注いでくれた。


安物の酒だ。

ヤバい物は飲むと目が悪くなると聞く。

これは多分そんな物じゃないと思うが。


久々に酒を口につけると酷く苦い。

こんなにも不味いものがこの世にあるなんて。

溜息を吐くと同時に深呼吸をする。


だけどそれでも体を焦がすイラつきは出て行かなかった。



ここは現実なんだろうか?

自分が生きてる世界と皆が生きている世界が別の世界だって、きっとそう感じているのは僕だけじゃないはずだ。


頭で考えてる自分と、体を動かしてる自分が切り離されてしまって、まるで別人の体の中に入ってる。

そんな感じがずっと続いていた。


雨が道を叩く音がやけに耳の奥まで入る。

それが頭痛になりそうなくらいうるさく感じる。



「お兄ちゃん……」

ユシアはそう言って僕の腕に抱きついてきた。

「ユシア、くっつかないでください、熱い」


「確認済みですし」

ユシアを引っぺがす。


処罰が無いだけ良いほうだと思います

「うるさいな!お前にわかる訳ないだろ!」


怒鳴り声が響いた。


「どうしたのグラン?」

驚いたユシアがそう言って僕を見つめる。


手柄をいつも横取りしているとか

「え?」


キツすぎるな2刀流がいると

「大丈夫?」

ユシアは心配そうに、僕をみていた。


なんで俺がハンデを背負って

「ああ、大丈夫だ」


ふざけて戦うのもいい加減にしろよ……。

「ふざけてるのはお前だろ!自分に向かって言っているってわからないのか!」

白い怒りが頭の中を塗りつくしていた。


「お前はユシアを見下して!その見下してる奴が本当は自分より優れてるっていう事実を認められないクズなんだ!」


「ちょっとグラン!大丈夫?」


なんで誰もわからない?

ジェイクはくだらない劣等感でユシアを痛めつけているって

「おとしめてるって!なんで誰もわからないんだ!」


揺れた、いやユシアが肩を掴んでゆすっている、僕をゆすってるのか?


「しっかりして?」


「はい、大丈夫ですよ」

僕は息を切らしながらそう答えた。

「大丈夫じゃないよ?」

心の底から心配しているのか、ユシアの声はいつもより頼りなく聞こえた。


喋っていたのは僕なのか?

独り言をずっと言っていたのか?


さっきまで嫌な記憶がずっと頭の中に浮かんでいた。


僕は正気なのか?

さっき聞こえた声は自分の声だったのか?

僕は一体誰と喋っていたんだ?


僕は大きく息を吸い込んだ。


きっと酔いすぎてるんだろう。

僕は顔を軽く洗ってから、また部屋に戻った。


冷たい水で顔を引き締めるとスッキリした気分になった。



「全て終わったらユシアはどうしたいんです?」

唐突にユシアに聞いてみる。


剣に一筋のユシアが、復讐を終わらせたら次に何をしたいのか。

純粋に気になったから聞いてみた。


ユシアは軽く笑うと、困った顔を隠して少し黙り込んでから答えた。


「全部終わったら私に価値が無くなってしまいそうで、そんな事考えたくない」


「そうですか、ならどこへ行きたいとかありますか?」


ユシアは口に手を当てて、少しうつむいてから僕を見つめると微笑みながら口を開いた。


「小さい頃に、本当に小さい頃よ?まだ家族が居たころよ、笑わないでね?いい?笑っちゃダメよ」


「はい、約束しますよ」


「お姫様になりたかったの私、王子様と結婚して、お城でずっと一緒に暮らすの、だから行きたい場所なんてないわ」


笑ってしまった。

不意打ちだからこれは仕方ないだろう、予想を裏切って来た。


「グランもそういう所あるのね」

苦笑いしながらも、ユシアの声は楽しそうだった。


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