第2話






受け継いだ品を確認する。

すると朱色の瓶がポーチの内ポケットに入っていた。

僕はそれを手に取ってユシアに見せた。


「ジェイクが秘薬を隠してたみたいです」


ユシアは道に落ちていたコインを拾ったような笑顔をして答えた。

「大切にしまっておいたから、忘れちゃったのね……仕方ないわよグラン」

「僕は別に気にしませんよ」


僕たちは魔王を討ち滅ぼし、世界を救わんとする勇者の一党。

今となっては2人だけになってしまったが、それでも僕たちは進む事を諦めなかった。


ずっと不安だった、怖かった。

初めは魔族が嫌いで嫌いで仕方がなかったが、勇者一党に入ってから、人間を嫌いになるまでに長い時間はかからなかった。


単純だった。人間は愚かだった。

名声と利益に囚われた者は、鋭くその知恵を働かせる。

劣等感と理想の谷の底に落ちた者は、他人をおとしめて自分の能力を高くみせようとする。嘘だって平気でつく。


劣等感が強い人間は格別に嫌いだった。

彼らは決して言い返さない他の人間を見下したり、見下している人間が自分より成功した時に引きずり落さんと手段を選ばないからだ。



こんなやつ生きてちゃいけない。

心の底からそう思った。

魔物や魔族の成す、悪とよばれている事なんてちっぽけにみえた。


僕は正直な所、人間になった事を後悔していた。

自分が選んだ道が正しい道でない事を、後から知ったような不安に囚われ、毎日眠れない日々が続いた。


眠れないというのは辛い。

毎日がぼやけて、影がずっと目にまとわりついているような感じだ。

頭がぼうっとして、よどんで、繰り返される毎日の中、昨日の記憶すら怪しくなってしまう。


唯一の仲間であるユシアと共に魔王城へ向かう僕らの旅路はもうすぐ終わりに辿り着こうとしていた。


足取りは決して軽くはなく、節制の旅路での疲労と命の危険が、僕たちの神経をすり減らしていた。丁度その限界が近づいた頃だった。


影が僕らを上から照らした。

白い光だった、白い光が落ちてきていたのだ。


僕らの前に舞い落ちたのは、明らかに露出性癖がある白髪の女性だった。



「来たわね勇者共!アタシの魅了の力を超えられるものならやってみなさい!」


そう名乗りを上げた白髪の彼女は、布のような薄くて白い羽をはためかせ、先の尖った鎗のような白い尻尾を僕に向ける。



降る星よりも早くユシアが僕の前に盾になるように陣形を組み急いだ。

ユシアは2本の剣を白髪の彼女に突き向けて名乗りを返す。


「何故そう言い切れるの?2対1よ、あなたの勝利に確証などないでしょう?」


白髪の彼女は筒からぬきとった矢先を軽くかんでから弓をつがえる。

「愚かな勇者共が!アタシの虜になりなさい!」


「〈魅了の矢サヴァンアロー〉!」

引いた弓につがえられた矢が、赤黒く輝いていく。


僕は知っていた。

入れ替わりで入った新しい魔王の四天王は、魅了系統の魔法の使い手だと。


魅了状態になってしまうと、魅了された者は術者の言いなりのしもべになってしまうのだと。


魅了魔法は、いうなれば洗脳や支配をつかさどる厄介な魔法属性だと。


だけど無策でここにきた訳じゃない。

僕のいる意義だった。ユシアの腕をひっぱって入れ替わるように前に出た。


矢より僕の方が早かった。

黒い輝きが辺りを照らす。

親指につけている魔法反射の指輪が、彼女の〈魅了の矢サヴァンアロー〉を一直線に弾き返した。


跳ね返った矢は直線を素早く描いて、撃った本人の胸のど真ん中に深々と突き刺さった。


すると彼女は物凄いにらみをきかせて叫ぶ。


「ひ、卑怯者!」


ユシアはひるんだ隙を逃さなかった。

重心を利き足に寄せて一瞬にして素早く剣閃の間合いに踏み込む。

ユシアが2刀で白髪の彼女を斬りつけると、赤いしぶきがきりのように舞い散った。


「止まるんですユシア!」

叫ぶのが少し遅かった。

倒れた彼女の脇腹に切り込まれた跡からは、僕らと同じ痛みが流れ出ていた。


斬りつけられた白髪の彼女は、あおむけになって倒れる。

そして僕に向かって手を差し伸べるような仕草をしながら、口を開けた。


「名前を……教えて欲しいの」

いまわの際に放った白髪の彼女の言葉がそれだった。


「僕はグランだ」

「グラン……雑魚にしては良い名前じゃない」

満足そうな笑みを浮かべて彼女は目を閉じた。



「クソっ!何でアンタなんかに」

かと思うと、急に目を見開いて僕をにらみつける。

倒れた彼女のその右目の瞳には、小さな赤い星がじわじわとにじむように生まれていく。


にらむ彼女の目は少しずつ緩んでいき、口の端が徐々に上がっていって顔がどんどん赤らいでいく。


「アタシは……メティナ」

白髪の彼女は聞いてもいないのに自分の名前をそうこたえた。



「グラン、私が後ろへ下がらなければならなかったのに、ごめんね」

そう言いながらユシアはピッチリとした髪を更に整えながら、うつむいていた。


「気を抜いていた訳じゃないの」

ユシアと目があうと、彼女は申し訳なさそうに目線をそらした。


「確証なんてあってないような物だと思いますよ。しかも相手が手練れだったんです、仕方ないですよ」


「でも、言い訳なんて良くないわよ、そんな事ばかり言ってたらいつまでたっても成長出来ないもの」

ユシアは赤く塗られた剣ふちを拭いながら『こんなんじゃ駄目だって怒って欲しかった』と背を向けてつぶやいた。

そこが彼女の良い所でもあり、悪い所でもあった。



「早く立ってください」


そう言いながら僕は杖でメティナを小突く。

メティナは僕によりかかるように、弱々しく立ち上がった。

メティナは何か言いたげだったが、目が合うと顔を背けた。


「魅了なんて邪道。本物の愛を知らないからそうなるんです。 ガウスの城まで案内してください」


メティナのあごを掴んで振り向かせる。

メティナの顔は軽く湿っていた。

目を細め唇を噛みしめ眉を尖らせ、表情はぴくぴくと軽くひきつっていた。


「こんなの卑怯よ……」

抜けるようにメティナがつぶやく。

すると急にメティナがうずくまった。

両脇に手を当てて小刻みに震えはじめる。彼女の顔を覗くと、眉を細めながらにらみ返して来た。


「痛くって動けないの、治療してもらえるかしら?」

声はかすれていた。

いくら魔族といえど、この傷では流石に長くはもたないのだろう。


「我慢してください」

僕がそうこたえると、メティナの息は次第に荒くなっていく。


「お願い……多分死んじゃう」

「それでも無理なんです」

「資源は片道分しか無いのよ、あなたに使う訳ないでしょう」


そう言ってユシアはメティナに再び剣を向けた。

「いいから城への入り方と、中がどうなっているのかを喋って」



メティナが言うには、城に入るには東の裏口が最適だそうだった。

「でも罠が仕掛けられているわよ」


「そう……ありがとう──」

最後の忠告をするメティナに向かって礼を返すごとくユシアは逆手にもった勇者の剣を振りかぶる。


ユシアの怒りと勇者の剣がメティナの胸を貫いた。

くぐもった唸り声を震わせながら貫かれた胸を押さえてメティナは絶えた。


メティナの目は最後まで僕に引かれていた。

だが、その瞳の中に怒りや恨みの色は欠けらも見えなかった。


「彼女に城の中を案内させようと思っていたのですが」


「ごめんねグラン、私は愛の下僕なんて信用してないの。それに正面から攻めた方が確実よ。だって全ての敵を倒してしまえば挟まれないもの」


ユシアはそう語って剣を額にあてて目を閉じた、祈るように。

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