異能と万年筆
見る
読む
記述する
まだ見える
まだ読める
あぁ頭が痛い…雑音だ。
「――せい!先生!」
「もう少しで…もう少し読めれば最高の作品ができるはずなんだ!」
視界の中は既に言葉で埋め尽くされている。誰もが知る様な陳腐な表現から、俺も聞いたことがない様な訳の分からない言葉まで様々だ。
情ちゃんは全く素晴らしい力を授けてくれたものだ。
あの日本とこの世界、視界に映る事象の数だけで言えば圧倒的に日本が勝ることは疑いようがない。
しかし、一つ一つの美しさでは、日本はこの世界の足元にも及ばないのだ。
「ここまでのものがあれば…親父を超える作品ができるかもしれねぇ…もっと…見ねぇと――」
「先生、先生ってば!もう…戻って来てください!廃人になっちゃいますよ!」
「あぁ煩い!邪魔するんじゃねぇ!」
「このっ………いい加減にしてください!
てやぁっ!」
「あ?っ痛ぇ!サラお前何しやがる!」
「先生を正気に戻すためです!」
不意に手の中から飛び出したサラが、自分のグリップで俺の横っ面を張り飛ばした。
同時に視界を埋め尽くしていた文字達は消え、世界に再び色が戻って来る。
「何しやがるはこっちのセリフですよ。先生あのままやってたら死んでいたんですからね!全く説明も聞かずに突っ走るところは変わりませんね。」
「変わらないってお前に何が分かるんだよ!」
「分かりますよ。わたし以外のペン使って結局壊したこと何度もあったでしょう?あれのほとんどは先生が使い方を理解せずに適当に使ったからです!」
「え…本当?サラが嫉妬して壊したとかじゃなかったの?」
「そんなわけ無いでしょうが!怒りますよ!」
もう怒っている様に見えるがそれは置いておく。
たしかにやけに俺が使うペンは壊れやすいと思っていた。その原因はそういうことだったのか。
筆圧が強いのか持ち方が悪いのかと色々試していた自分がどれだけサラには滑稽に映っていたのだろう。恥ずかしい。
「……で、俺が悪かったのは分かったからちゃんとこの力について説明してくれ。」
「ほんとに反省してます?その割には態度が変わりませんねぇ。もうちょっと教えを乞う姿勢があるんじゃないですか?」
「面倒臭い彼女かお前は!」
「いやん彼女って…わたしは先生のど・う・ぐ・です♡」
「語弊をうむ発言は控えろ!頼むから早くこの力について教えろよ!」
「教えろ?」
「教えて……下さい!」
「仕方ないですねぇ…それじゃ、少し長くなるのでそこに座って下さい。」
―――――――――――――――――――
「それではいきますよー?準備出来ました?」
「おう、いつでも良いぞ。」
サラの長い説明の後、ようやくこの力の正しい使い方を試すことになった。どうやらさっきまで俺がやっていた事は、この力の最初の段階でしかないらしい。
最初であんなことになるとは、次に進んだらどうなってしまうのだろうか…。
「いきますよ。先生、力を起動するフレーズは決めましたよね?」
「決めてるよ。よし……いくぞ。[読み取れ《リーディング》]」
さっきと同じ、本がめくれる音と共に視界が切り替わる。
モノクロの世界の中で、俺はサラの説明を思い出した。
「まず、先生が先ほどやっていたことについて説明します。
視界に文字が映っていたでしょう?それは、先生の見た事象がもつ「要素」です。
例えばあそこに転がっている石、剣の様に見えますね?つまり、あの石には「剣」の要素があるんです。
無機物であればその形や色、性質などが「要素」に該当します。
生き物であれば、行動様式、所属団体、あるいは持っている知識なども「要素」になり得ますね。
先生の力は、その要素を読み取ることから始まります。」
まずは、サラが例に挙げた石を「読む」。すると視界に文字が浮かんでくる。
[石][薄灰色][硬い][脆い]………
…………[剣の様な形]……
見つけた。これが今回、この石から取り出す「要素」。
慎重に、その文字だけに集中する。他の要素は思考から排除し、見過ぎないように注意する。
するとその文字だけ色が変わり、自分の視線で動かせるようになった。
「それで第一段階は終了です。次は、選び出した「要素」を他のものに移し替える作業です。」
視線を手元に落とす。俺が今手に持っているのは、同じくその辺で拾った石ころだ。
初めて自分の本にサインをした時のことを思い出した。どこから書き始めるか、このペンで大丈夫か、筆圧は問題ないか、綱渡りをしているような感覚だったのを覚えている。
その時の感覚と同じものを感じながら俺は慎重に、浮かんだ文字を手元の石に移動させる。
石に触れた瞬間、文字は消しゴムで消したかのように視界から消えた。
それと同時に、石は微かに光って形を変え始めた。丸っこい形から段々と、「剣の様な形」に変わり始める。
「それでは最後の仕上げです。先生、お願いします。」
「おう。……いくぞ、[書き変われ《リライト》]!」
視界が光に埋め尽くされる。たまらず目を閉じた。
「やった!先生、成功しましたよ!」
サラの嬉しそうな声が聞こえる。
それを聞いて目を開けた俺の手には丸い石ころではなく、石で出来た剣が握られていた。
不恰好だし、斬ることも出来ない。まさしく「剣の様な形」でしかない石ころだが、これは紛れもなく俺がこの力で作り出したものだ。
「これが先生に授けられた力です。名前はありませんので、今から付けることもできますよ。」
「名前か……俺はネーミングセンスが無いから、サラが決めてくれねぇ?」
「いえいえ、力を持っているのは先生なのですから先生が決めて下さいよ。」
「あぁ?なら……いいや。そのまま「リライト」って事にしとくよ。」
素っ気ないふりをしているが、俺はかなり興奮していた。なにせ、日本ではこんな魔法みたいな事は想像上のものでしかなかったのだ。
そんな力が今、俺の手の中にある。その事実にテンションが上がらないわけがないだろう。
「ふふっ……リライト…超能力か…」
「先生?ニヤニヤしてるところ悪いですが、雨降りそうですよ?」
「おい嘘だろ」
「ほんとです。ほら、上に雨雲。」
言われるがままに上を見上げる。
分厚い灰色が俺の上に横たわっていた。
「サラ」
「はい先生」
「山、降りるぞ。」
「どこまでもお供しますよ!」
外套を被り、全力で山を降りる。標高が下がれば雨風を凌げる森もあるだろう。
無ければ死ぬ。だがそんなのは御免だ。ここまで来て死んでたまるもんか。
「おいサラ!お前、俺が上に投げたらそこから周り見られるか?」
「えぇ?出来ますけど……投げるんですか?このわたしを?先生の愛する道具であるわたしを?」
「道具なら役に立てってんだよ!ほらいくぞ?」
「待ってくださいまだ心の準備が――」
「問答無用!そぉりゃっ!」
「きゃぁぁぁぁ………」
サラの悲鳴がフェードアウトしていく。
これで何か見つかればいいが…。
「ぎゃん!」
「おっと悪い。傷とか付いてないか?」
「付喪神使いが荒い先生ですね……」
落ちて来たサラを掴みきれずに落としてしまった。恨みがましい声を出されたが、生憎俺に上空から落ちてくるペンを掴める程の動体視力は無い。
許せサラ。反省も特にしてないが。使えるものはなんでも使わねば生きていけない世界なのだ。多分。
「で、何か見つけたか?」
「はい、正面の岩陰で見えませんが、あちらの麓の方に集落の様なものが見えました。雨風くらいなら凌げそうです!」
それを聞いた俺は、便利なレーダー、いやサラを連れてそこまで行ってみる事にした。とにかく屋根が欲しかったのだ。
だが俺は失念していた。
この世界に、人間以外の知的生命体がいる可能性に。
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