あるいは全くもって雑な導入  2





「おーーい。――――のこと、分かるー?」



 ………?


「おーーーい。――…あ、違う。私のこと、分かりますかー?」



「………あぁ?」


 目を覚ましたら、目の前に誰かいた。

 流れる水の様な銀色の髪に空色の瞳。俺が追いかけていた蝶を思わせる優美な衣装。鈴を転がすという表現すら安っぽい、聞いているだけで安らぐ声。

 うむ、まず間違いなく俺の知り合いではない。

 誰だこいつは。なぜこんなに馴れ馴れしいんだ。いや待て。そんなことよりも、


「ここは何処だ?俺はなんで生きてる?あの穴に落ちた時に俺は…」

「え?あなた生きてませんよ?もう死んでます。」

「…は?ならこうして話してる俺は一体」

「ん。」


 そいつが俺の下あたりを指さす。


「なんだよ。」

「見ろっつってんのよ。」


 下を見下ろして自分を確認しようとしたら、


そこには何も無かった。

 俺の体が見えるはずの所には何も無く、ただ床材の真っ白なタイルが見えているだけだった。さっきまで確かに鼓動していたはずの心臓も、お気に入りの万年筆を握っていた手も、聳え立つ雄のシンボルさえも無い。


「…は?」

「なんで…何なんだよこれ?どうなってるんだ?」

「どうなってると言われても…死んでる、としか言えないわねぇ。」

「そうじゃねぇんだよ!何がどうしてこうなってるのか、最初から説明しろってんだよ!」


 既に正気を失っていてもおかしくない状況で、俺はどうにかその言葉を絞り出した。それは多分、これが全て夢かもしれないという希望的観測もあったからだろう。

 行き詰まった小説のインスピレーションを得るためにただ外に出ただけ。

 暫くしたら俺は目を覚ます。そのはず。


「なーんて、思ってるでしょ?無理よ。」

「……。」

「いやね?一応私のミスでもあるのよ。あのゲートをまさか肉眼で視認できる人間がいるなんて思わなくってさー。」

「…その、ゲート?ってのは何なんだ?」

「ゲートはゲートよ。名前の通り、私が通るために開けてたの。」


 恐らく、俺が入った穴のことだろう。下手なCGやゲームのテクスチャバグの様なあの変な穴。


「下手とかバグとかよく言ってくれるわねぇ。アレ開けるのに実はとんでもない労力使ってるのに。」

「ほう?その労力のお陰でどうやら俺は死んだらしいがその辺はどう説明してくれんだよ?」

「せっかちねぇ。私が通るためって言ったでしょ?ゲートは元々情報以外は通さないのよ。」

「情報?」

「ええ。データって言った方が分かりやすいかしら?だから基本的には私みたいな高位の情報生命体が通るためのものなのよ。というか、私以外が通ったら存在丸ごと分解されて消えちゃうはずなのよ。」

「え…分解?」

「そう。生身の肉体なんか持ってる低位の人間とかは特にね。」

「誰が低位じゃこらぁ!」

「そんなこと言えてる時点でおかしいのよ!普通なら魂も残らないのに!」


 情報生命体とかいう変な単語が出て来たが、多分読んで字の如くだろう。俺が見ているこの絶世の美女すらも視覚情報だけで本体が無い、みたいな。


「まぁ、そんな感じと思ってくれれば良いわ。」

「ふぅん…ってさっきから思考に返事してんじゃねぇよ!」

「あのねぇ!あんたの思考だって魂から出力される情報なのよ!私には言葉も思考も区別付かないの!」


 さらっととんでもない事を言われた気がする。あれ?もしかして思考全部読まれてる?

 なら最初こいつを見た時に考えた事も?


「中々褒めてくれたわよねぇ…。あんな褒め方されたの初めてよ?」


 よし、死のう。


「もう死んでるわよ?」


 そうだった。どうしたもんか。


「はぁ…調子狂うから単刀直入に言うわね?」

「あ?何を言うってんだよ。生き返らせてでもくれるのか?」

「それは無理。あなたの肉体はもう完全に分解されちゃってどこにも存在しないから。」


 …………さよならマイボディー。短い付き合いだったぜ…。

 重かった腹の肉も辛かった腱鞘炎も、今思えば愛しい感覚だったというのに…。


「あー感傷に浸ってる所悪いけど続けていい?良いよねはい続けまーす。」

「お前もうちょっと情緒というか何というかさぁ…」

「人間の下らない感情なんか考慮してたら時間がいくらあっても足りないわよ。」

「…見目麗しい美女から滔々と吐かれる毒舌ってのも中々良いもんだな。」

「せっかく新しい肉体くれてやろうとしたのにやっぱり止めようかしら?」

「すいませんごめんなさいゆるして」

「よろしい。」


 


「…で、説明に戻っていい?」

「おう。新しい肉体について詳しく。」


 少しうんざりした様な表情で情報生命体、この際「情ちゃん」とでも呼ぼう。

 情ちゃんは語り始める。ネーミングセンスについて何か言いたげだが無視だ無視。


「えーっとね。まず、元々あなたのいた世界であなたはもう死んでるの。ここまでは良いわね?」

「甚だ不本意だがまぁ、うん。」

「で、それは手違いというか私の不手際というか…まぁこの際どうでも良いわ。問題なのは別の事。」

「ほう、別のというと?」

「あのゲートは本来あそこに無いものなのよ。つまり、本来なら死ぬはずの無い人間が死んでるわけ。そうなると厄介なのが歴史の修正力っていう力でね。」


 歴史の修正力。タイムマシンの理論などで良く出てくるやつだ。

 意図的に歴史を変えようとしてタイムリープし、何か事件を起こしたとする。

 しかし、その周りの事象がうまいこと変わろうとした歴史を変わらないようにする。そんな力。



「で、今の状況でそれが働くと…。」

「働くと?」

「端的に言うと世界がバグる。」

「oh……」

「そこにあるはずの無いもので死ぬはずのない人間が死んだ挙句、肉体は分解されて魂だけ何故か残ってるなんていくら修正力でも直しようがないのよ。」


 今の地球の科学力で魂はまだ認識出来ていない。あのゲートとやらも作れず、分解されたらしい俺の肉体も再構築は無理だ。

 直しようがないというのはそういう事だという。


「とりあえず、まずいっていうのは分かったんだが。それと俺の新しい肉体と何が結びつくんだ?」

「んー。割と結果論でごり押す方法ではあるんだけどね。それでも良い?」

「…方法によるな。」

「別世界から人間を召喚出来る技術を持つ世界があってね。そこに召喚された事にする。」


 召喚。つまり、魔術?剣と魔法の異世界転生?


「乗った。」

「決断早いわね。」

「当たり前だ。ほら転生早くしろ。」

「そんなホイホイ出来ないのよ。あなたが使う肉体をまず構築しないといけないし?最低限生きていけるだけの物持たせないとだし?あと生命の数管理してる私の上司の目を誤魔化さないとだし?」

「ンなこと知るか。チートの一つでも持たせてくれりゃなんとかする。」

「もっと面倒臭い事させようとしてんじゃないわよ!」


 情ちゃんいわく、いわゆるチートスキルというのは世界に物凄く負荷をかけるらしい。

 そもそも本来居ない存在を世界に放り込むだけでも負荷がかかるのに、それに加えてその世界の理を外れた力を持ち込ませるのは、それはもう大変なのだそうだ。


 知るかそんな事。


「勝手に俺の肉体分解してくれた責任は取ってもらわないとね?」


 とびきりの笑顔(概念)で威圧する。


「んぁぁぁぁぁぁもう!分かったわよ!やってやろうじゃない!あの世界の理を外れないレベルでなんでも出来る様な力、作ってやろうじゃないの!」



 

 …もしかして情ちゃん、高位の存在とか言ってる割に案外チョロい?

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