冴えない小説家の観察眼は異世界において最強(を、作り出すことが可能)です。

違和感の時間

あるいは全くもって雑な導入  1

 白紙のページに世界を紡ぐ。


 原稿用紙の大地にペンで木を植える。


 行間の街並みに人を歩かせる。


 紙に吹きつける自分の吐息は風となり、

紙の大地に吹き渡る。




 そんな世界に一人降り立った英雄、その名も………




「あーーーー駄目だだめだダメだ何にも浮かばねえ!」

 もうここで詰まって一週間になる。

 どれだけ知恵を絞っても、世界を救うに足る英雄像を生み出せない。

「何が足りない…?俺には何が足りないんだ…?」

 どれだけ思考を巡らせても答えは出ない。



 太宰達郎。俺の名前であり、ペンネームだ。生まれてから18年、ずっとこの名前を使ってきた。


 いや、背負って来たと言うべきか。


 俺の両親は2人とも作家だった。それも天才と呼ぶのにふさわしいレベルの。

 そんな親を持った俺が物書きの道を進もうと志すのは、当然とも言えることだ。子は親の背中を見て育つのだから。

 

「でも…親が偉大すぎるのも考えものだよなぁ…。」

 スマホで自分の名前を検索してみる。

 一番上に出てくるのは父の名前。

 次に出てくるのは母の名前。

 俺はその次だ。どれだけ頑張っても、俺はあの2人を超えられない。

 

 


「………ダメだ。息抜きしよう。」

 とりあえず気分転換に外に出ることにする。閉め切った家の中では浮かぶものも浮かばない。

 一度伸びをして愛用の万年筆を机に置く。大体の物を雑に扱ってしまう俺だが、こいつだけはいつも丁寧に扱ってきた相棒だ。

「さて…と。今日も行くか。」


 日差しが目を焼く。視界が白飛びする。

「んー。…よし!慣れた。」

 光に慣れた視界に映るのは、


ボロアパートの手すりと空


犬を連れて散歩する老夫婦


草ぼうぼうの空き地。

 

「……ふむ。」


見る。

観る。

視る。

診る。

そして、読む。


 まだ動かない。動かすのは脳だけだ。


 手すりの錆の形

     空き地の草の生え方

  雲の流れ     夫婦の風貌


 親父が唯一、物書きをする上での心構えとして教えてくれたこと。

 それは「世界を読む」という事だ。自分の視界に映る世界を全て「読む」。

「ただ見ているだけでは、それはカメラと変わらん。必要なのはそこから何を理解出来るかだ。俺達物書きにとって、世界とは見るものじゃ無い。「読む」物なんだよ。」

 小学校で初めて書いた作品を見た親父は俺にそう言った。

 身の回りの全てを視界に収め、そこで起こる事象を全て一つ一つの要素に分解する。

 その要素を全て言語化し、組み替えるのだ。自分に都合の良い様に。


 例えば手すりの錆の形。塗料と錆のせめぎ合いは、「境目のせめぎ合い」だ。


「国境…塗料という国の国境を錆が侵略する…か。」


 例えば空き地の草の生え方。多様な草と多様な石ころ、そして多様な虫達の楽園はそれすなわち「雑多な種族の共生」。


「さっきの侵略と合わせて…純血主義の国が隣国を侵略…」


 雲の流れ……は使えない。ならば老夫婦の風貌。人生を知り尽くし、達観した様なその表情は常に周りを見守っている。


「異世界最大の侵略戦争を神の視点から見守る…いや、知り尽くしているならば…」


 もう一度雲の流れを見る。さっきと同じ形の雲が流れていった。


「…そうか。同じ戦争を繰り返す。ループしていることを悟った主人公が繰り返される侵略戦争を終わらせる為に戦うのを神の視点から描く…こんなのはどうだろう。」

 

 ほら、周りを見るだけで、視界を満たす情報を分解し、再構築するだけで戦記物が一つできてしまった。

「採用だな。プロット組むか。」

 ポケットから手帳を取り出し、アイデアを書き込みながら俺は街へと歩いていった。


――――――――――――――――


 目的地は町の中心部。この町最大のの観光スポットである大きな橋だ。名前は忘れた。


「さてと。今日は何がみられるかな?」


 付近を一望できる公園、そのベンチに陣取ってノートを開く。

 執筆に行き詰まるといつも俺はこうするのだ。家の中でペンを握って原稿に向かうよりもよっぽどインスピレーションが湧く。


「ブランコで遊ぶ子供……ポケット将棋盤で火花を散らす爺さん二人組………」


 いつもの光景。


「寝てる猫カップル……散っていく花弁……」


 癒し。


「ベンチで項垂れるスーツのおっさん……?」


 見なかったことにしておいてやろう。人にはそういう事もある。


「いつもの透き通った空……透き通った蝶………?蝶?」


 何だあれはと目を凝らす。

 空に同化して見えなかったが、よく見ると何ががいる。

 透明な蝶。そんなものがいるわけが無い。いや、南米アマゾンの奥地などならいるかもしれないが、ここは日本だ。そんな蝶は棲息していないはず。


「何だ…?何処かに向かってる?」


 さらに目を凝らすと、それは一匹ではなかった。6匹ほどの透明な蝶が、何かに引き寄せられるが如く一点へと向かっている。

 

 気付けば俺は席を立っていた。青い空の色を吸い込み、自らも青く澄み渡るその蝶に引き寄せられる様に。

 散っていく花弁をくぐり抜け、盤上で戦争を繰り広げる爺さん二人組の横を通り過ぎ、橋の下へと導かれる様に俺は歩いていった。


「……何だ……これ…………」


 昼でも薄暗いその橋の下。普段は誰も目にも留めないそこにあったものに蝶は集まっていた。

 いや、もの、とも言えるのだろうか。


そこにあったのは、穴だった。穴としか形容できない。

 ごく普通の周りの風景にぽっかりと空いた黒い穴。厚みは無く、音も匂いも無い。ただ、空いているだけだった。


「あの蝶はこの穴に入って行ったのか…?」 


 本来であれば、警察や消防に通報すべきなのだろう。何が起こるか分からない未知の物体だ。普通の人間ならそうすべきだった。

 だが俺はこれでも小説家だ。目の前に何か不思議なものがあったら、何よりも先に調べねばならない。何故ならネタになるからだ。

 誰も知らないものを見て、誰も知らないものを知っている。最高ではないか。


「……入ってみるか。」


 俺は恐る恐る足を踏み出し、その穴に一歩踏み入れ







何だ


これ

  



    は



俺が





    壊れ




いや



    分解される



      なにも






分からない




 これは      死?









 

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