転
それからしばらくの間、また姿を見られるのではないかと、彼女は手紙の姿のままでいる。
夜中に人間の姿で出てきたとしても、ちょっと寝顔をみる程度に納めた。
(どうして、急に私が見えるようになったのかしら?)
理由もわからないし、最近やけに毎晩電話で話をしている相手がどうやら女のような気がしてならない。
(浮気? まさか、蓮様に限って、他の女と?)
彼女は、勇気を出して今日蓮が帰ってきたら、人間の姿で蓮の前に出ようと思った。
しかし、その日の夜から、蓮は帰ってこなかった。
昼間に隣の部屋から聞こえてきた他の祓い屋たちの会話から、どうやら蓮が何か危険な目にあって、病院に入院しているらしい。
(蓮様が入院なんて……そんな……)
心配で心配で、部屋の中を美少女の姿のままぐるぐると回り続ける。
(容体はどうなのかしら……怪我なのかしら? それとも、病気? はぁ……蓮様、早くお会いしたいわ)
さらに数日経った日、彼女の見知らぬ人物が突然蓮の部屋にやってきた。
それも、なぜか喋るウサギと一緒に。
「もう、
「ダメよ! 明日やっとレンレンが退院するんだから! 部屋を綺麗にしておかないと!!」
長い髪を後ろで束ね、水色のバンダナを頭に巻いて……
おしゃべりなウサギも一緒にハタキで部屋の掃除をする。
(誰なの!? どうして、この部屋に、知らない女が!!)
手紙のまま、一体何が起こったのかと焦っていると、その知らない女の視線が彼女に向けられる。
「どうしました? 雪乃様」
「なにこれ、ラブレター?」
雪乃の手が棚の上に置かれたままの彼女に伸びる。
雪乃が触れた瞬間、びっくりした彼女が手紙の中から飛び出した。
「やめて! 私に触らないで!!」
急に出てきた美少女に驚いて固まる雪乃。
そして、喋るウサギは飛び出した彼女の姿を見ていった。
「雪乃様! あれは、
「文車妖妃……? なにそれ……」
「古い恋文にこもった怨念や情念などが変化した妖怪で————」
「そんなことはどうだっていいのよ……! レンレンの部屋で何してるのよ!! このピンク頭!!!!」
今はまだ夏のはずなのに、蓮の部屋の気温が一気に下がる。
「あ、あなたこそ!! 蓮様の部屋に何の用なの!!? ……って、ええええっ!?」
人間だと思っていた雪乃の姿が、水色の髪と白い着物に変化。
(ゆゆゆゆ雪女!?)
「何が蓮様よ!! レンレンは私の……この私の彼氏なのよ!!」
「な、何よ!! 彼氏だなんて、そんなの信じないわよ!! 蓮様は、蓮様は私のものなんだから!! この水色頭!!」
冷たい空気……さらに室内だというのに吹雪が巻き起こり、掃除をしにきたはずが、逆に部屋の中がひどいことになった。
文車妖妃と雪女の蓮を巡るバトルが勃発。
睨み合う両者の間で、喋るウサギは慌てる。
「ちょっと! お二人とも落ち着いてください! 部屋がめちゃくちゃになってしまいます!!」
しかし圧倒的に雪女である雪乃の方が強くて、文車妖妃は泣き出してしまった。
「この私に勝とうだなんて、100年早いわよ!」
雪乃は吹雪で床に落ちたラブレターを持ち上げると、誰にも読まれずにとじてあった封筒を勝手に開けて、中身を読む。
そして、表面に書かれていた宛名と、裏面の差出人の名前を確認する。
「ちょっと……これって————」
その時、騒ぎを聞きつけた門下生で一番ガタイのいい浅見がちょうどやって来た。
「なんだこれは! 掃除をしにきたんじゃなかったのかい! 雪乃ちゃん!! ——って、え? そのピンク頭の妖怪は一体……」
雪乃はラブレターを浅見に渡した。
「アサミン、これ……ラブレター」
「ら、ラブレター?」
表面に書かれた宛名には、浅見のかつての同級生の名前が書かれていた。
そして、裏面の差出人のところには————
「はっ!!! これはっ!!!! あの時書いた……!!」
浅見の名前がはっきりと書いてあった。
ピンク頭の文車妖妃は、若かりし頃の浅見が書いた恥ずかしいポエムのような恋文から生まれたらしい。
「文車妖妃を祓うには、宛先の方に読んでもらうのが一番手っ取り早いですが……どうしますか?」
喋るウサギが浅見にそう聞くが、浅見は顔を真っ赤にして即答した。
「ダメに決まってるだろう!!」
(え、私、こんな筋肉むきむきの男に書かれた恋文だったの……?)
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