第3話 やっちゃいけないことも‥

「できますか‥、堀が‥」

 室長と小林さんにその日の居酒屋で訊く。

 あのころはだいたい週に一回か二回は飲みに誘われていた。

 お二人とも強く、ヨット部にいた僕より酒量は多かった。

 実のあるお話しを聞くにはかなり飲まないと、時間がたたないと、すこし酔った感じにならなくて、顔色もかえず、淡々と日本酒を飲むお二人についていくのは大変だった。僕も弱いほうではなく、どちらかというと強いほうなんだけれど‥。

 お二人はおつまみもほとんど食べず、若かった僕は一人で注文して一人で食べていた。胃になにか食べ物を入れておかないと、ちょっとね、たまにストレスがたまることもあったので。


「まあ、できるんじゃない‥」

「やってみれば‥」

 室長も小林さんも

“手伝うよ、助けるよ、なんでも訊いて”

 なんて言葉はいっさい言わなかった。

 まあね、もう勤めて数年だからなんとなくお二人の性格は把握しているので、そんなもんかな‥と思ったが。

「なんとかなんじゃん‥」

 そう言って、お二人は、“真澄”とか“美少年”とか日本酒の話しばかりしていた。

 だいぶたったころ、小林さんが言った。

「堀よ‥、あの資料見ただけで受注ならできそうだ‥ってわかったたんだな‥」

「はい‥」

お二人とも何も言わなかったからですよ、あの場で必死に読み込みましたよ、まったくもう

「まあ、勘は少し出てきたのかな‥。やってダメでしたが一番まずい‥」

「はい‥」

 だから、お二人が黙ってたから、堀が話すしかなかったでしょう

「やれないことをやれます、というのが一番相手にとって失礼なことだから‥」

そうなんですね‥

「でもね、今回は会社の利益になることだからな、やるんだよ‥」

 小林さん少しだけ酔ってくれたかな。

 室長がここでドリンクメニューを見ながらつぶやいた。

「やれるけれど、やっちゃいけないこともある‥」

 え‥そうなんですか‥。

「システムに落とせるけれど、会社、業務にプラスにならないことはね、やっちゃいけないんだ‥」

 はあ‥

「このシステムいれると一見、便利に見えるけれど、管理ができないとか、肝心なところが見えなくなるとかな‥」

「管理、肝心なところ‥」

 僕は声を出して訊いてみた、わからなかったからね。

「人が見なくちゃいけないところがある、機械に任せられても」

「はぁ‥」

 室長、そう言ったあと、“〆張鶴”を注文している。

「例えばな今回で言えばEDIで受注が来る‥、うちの基幹コンピューターに入れる、ここまで自動だ‥」

「先方がベビーカー10台のところ、100台って間違えたら100台出す‥1000台と間違えたら1000台出す‥。そうゆう先方との約束だからな、たとえ間違いでもな」

「在庫があれば出ますね」

「いずれはすべて自動処理にするけれどな、最初は一端止めろ‥」

へ‥?

「自動で出荷まで流すな‥、一度営業担当に確認してもらえ‥」

 小林さんも頷いている。

「できるけれどやっちゃいけないんだ‥、先方もこなれてきたら自動で流していいけれどな‥。最初は止めろ‥、これは室長指示だ」

 めずらしく指示がでた。命令、指示はほとんど出なかったけれど、たまにはこんなこと言うんだね。

「返品にすればいいとかじゃないんだ、まず物流でそれだけ出せない、トラックの手配も当日じゃ無理だ。同じベビーカーが欲しい他のお客さんの迷惑になる‥。それに先方だって受けきれない‥」

 考えてみれば当然だ。

「なあ、堀よ‥。システム室もどこもそうだけど、俺達はシステムのことだけ考えてればいいってもんじゃないんだよ‥」

 “〆張鶴”の壱合の容器が運ばれてきた。

 僕はすぐさま室長の御猪口に注いだ。

「その為に長く研修に出したんだ‥」

 長かったです‥。

「システムに乗せられるけれど、システムにいれちゃいけないものもある、その判断をするのもシステムのプロだ」

 でも、それやっちゃうと‥。

「恨まれてもやっちゃいけないんだよ‥能力がないと思われてもそこはやっちゃいけないんだよ」

 そうなんですか‥。小林さんもただ聞いて飲んでいる。

「そう思うやつにはそう思わせておけばいいさ‥」

 小林さんちょっと頷いた。

「恨まれますよね、誤解もされますよね‥」

 僕、ちゃんと聞いてますよ、その証明のため質問します。

「仕方ないよ、依頼先の部署から報告をうけた社長が真に受けて、俺達に社長、役員から指示が来たらそれだけの会社ってことだよ」

 それだけってさ‥。

「そうしたらやるんですか‥」

 室長の御猪口のお酒が減っている。この容器だったよな“〆張鶴”。

 両手でもってね、お酒を注ぐ。

「ああ、サラリーマンなんだからやるよ、当然だ、上からの指示だ」

「プロなのに‥」

 矛盾してない‥?

「ああ、プロでありサラリーマンだ。上に説明はするけれどね」

「はぁ‥」

「でも結果、うまくいかなかった、失敗だったっていう責任は当然に上だよな‥」

 そうですけれど。

「でも、業務に会社に迷惑かかりますよね‥」

「そうだ」

「しょうがない‥ということですか‥」

「そうだ、それも上の責任になる、だけどな、上は全体を見て判断している。責任もとるつもりだよ、いい報酬もらっているんだからな‥。それに支障があっても他部署とも調整できる、上なんだから」

 小林さんも“〆張鶴”を室長のから少し頂いている。

 お二人とも好きだね。

「先方や業界内での政治的判断もあるし、社内政治の取引もある」

 そんなもんなんですかね。

「営業部に貸しをつくったり、システム室のミスで以前に先方ともめたりしたときの借りの返しもある‥、まあ、今はないけれど」

「プロとしての技術、直観を磨くことも大事だ。それが堀に給料がでる理由だ」

「だけどサラリーマンは上の指示で動かないとな、会社がバラバラになる、それも給料が出る理由だ」

「ひとりよがりのプロは技術があっても組織内では必要とされない‥」

「まあ、堀はまだ技術もダメ、直観もダメだけどな‥」

 また胃が痛くなる飲みだったね。


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