第一話 猫と少年
「にゃー」
少年が一人しゃがみこみ、可愛らしい声で鳴いていた。
学校へ行く通学路の途中にある空き地。
土管が一つに、あとは草が生い茂っている空き地。
そこは、猫の溜まり場であり、空き地の持ち主である家の息子、高校生の向井日向の安息の地でもあった。
「はぁ、毎度毎度疲れるよ。俺のどこが良いのか······」
向井は昔から愛想が良く、勉強も運動も出来る。髪は七三分けの黒髪。そして顔もキリっとした顔立ちで、身長も百八十センチ近くあるときたら、そりゃモテるはずだ。
向井からしたら、勉強と運動をこなすことも愛想良くすることも普通だった。それだからか、尚更自分がモテてる理由が分からず悩んでいた。
「お前らは良いよな、気楽に好きなように生きてて」
向井は地面に胡座(あぐら)をかき、茶色の毛をした猫を持ち上げ自分の膝に乗っけた。
「にゃー、にゃー」
茶色の猫は、向井の方を見上げて可愛く鳴いた。
「お前はやっぱ可愛いな、目も綺麗な緑が混じってて。そういえばお前と出会って一年経つな」
向井と茶色の猫の関係は、本人の言うとおり一年前から始まった。
ーー遡ること一年前の高一の春。
入学早々、既に向井は女子生徒の的で、精神的にフラフラしていた。
向井は女子生徒を巻き、駆け足で裏門へ向かっていた。
「くそ、またかよ! これじゃあ中学の時とーー」
向井がそう言いった時、向井は下を向いてフラフラしていた為、前の人に気づかずぶつかってしまった。
「いってぇ。あ、すみません。前見てませんでした」
向井はぶつかった人に急いで謝った。しかし、向井の前に居たのは、一匹の茶色の猫だった。
「猫? あれ俺、人にぶつかったんじゃ······」
ただえさえ不安定な精神状態だった向井は訳が分からなく頭がこんがらがっていた。
「えーと猫、さん? ぶつかってごめんね」
向井はそう言って立ち去ろうとしたその時、茶色の猫が向井の方を見上げて「にゃ、にゃー」と鳴いた。
「え、どうしたお前?」
向井は振り返り、猫の前でしゃがんだ。
「にゃーにゃー」と鳴く猫を見て向井は、ふと猫の異変に気がついた。
「あ、お前! その足、怪我したのか」
猫の右前足は赤く腫れ上がっており、立つのも必死な状態だった。
「······よし、誰も見てないな。待ってろよ直ぐに助けてやるから」
向井は辺りを見渡し、そう言うと猫を抱き抱え裏門を後にした。
「ただいまー」
家に帰ると向井は自分の部屋に行き、猫をベットに置いた。
「ちょっと待ってろ、すぐに救急箱持ってくるから」
向井はそう言って、救急箱を取りに行った。
数分後、救急箱は見つかり向井は部屋に戻った。しかし、猫の姿はどこにもなく部屋は、もぬけの殻だったーー。
「懐かしいな。あの時、お前何で急にいなくなったんだよ。俺、寂しかったんだぞ」
思い出に浸った向井は、自分の膝に座っている猫の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「まあ、だけどあの後、この空き地にお前がいて良かったよ。だけど次は俺の前から急にいなくなるなよ」
向井がそう言って猫に顔を近づけると、猫は「にゃっ!」と言って逃げてしまった。
「あ、待ってーー」
そう言いかけたとき、猫は地面に落ちていたビニール袋で滑り、近くの電柱にドンッ! っと、ぶつかりバタバタと暴れている。
「可愛い······」
向井はそう言って猫に近づこうとしたが、それに気づいたのか逃げるように走って行ってしまった。
「あー行っちゃったか······おーい、また遊ぼうな!」
猫に向かってそう言い、向井も帰っていった。
翌日、相変わらず向井は、遠巻きにキャーキャー言っている女子達にうんざりしていた。
「はぁ、この状態も早く慣れないとな。いや、慣れなくて良いんだよ。そうだ、俺はいつかこの状況から抜け出してやる」
向井が一人でツッコミながらブツブツ言っていると、いつの間にか後ろに人影があり、こっちに近づいてきた。
「よっ! 女子にモッテモテ向井くん」
女子達の圧力でフラフラしていた向井に話しかけてきたのは、生徒会長である犬山帝牙(いぬやまたいが)だった。
「帝牙先輩、冗談は止めてください。というか先輩はモテてるじゃないですか。あと手を肩に乗っけないでください」
向井は、そう言うと犬山の手を払い、駆け足で玄関へ向かった。
犬山も退かず向井を追いかけた。
「ちょ、待ってよ、向井くん」
「······なんですか?」
少しキレめな態度で向井は犬山に言い返した。
「何度も言うけど君に次期生徒会長をやって欲しいんだ」
犬山はさっきの態度とは違い、真剣な表情になった。
犬山は向井を玄関で止め、二人は向き合って睨み合い立っている。
「はぁ、またですか? 無理ですよ。大体なんで俺がーー」
「君にやって欲しいんだ」
向井の言葉を遮り、犬山は淡々と喋った。
「生徒からの人気も熱く、勉強も三年の僕に引けを取らないのは知ってるんだよ。どうせ僕は今年で高校卒業なんだ、だったら向井くんにやって欲しいんだよ。それに僕と向井くんの仲だろ?」
犬山のいつにもなく真剣なオーラは向井を飲み込んでいた。
「······それでも、俺はーー」
向井がそう言いかけたとき、「痛ったーい!」と後ろから女子の声が聞こえてきた。
「ん?」
向井が後ろを振り向くと、足を挫いたっぽい女子生徒と、それを見て呆れてる女子生徒がいた。
「もう、ただえさえ怪我しやすいのに! 昨日も電柱にぶつかったんでしょ? ほんとに気を付けなよー琴葉」
「分かってるよ美緒、私もそんなバカじゃないよ?」
「いや分かってるなら何もない廊下で転ぶ? 階段も登る前なのに」
地面に座り込んでる女子はもう一人の女子にそう言われ「えへへ」と頭に手を当てながら笑っていた。
そんな様子を向井と犬山は玄関から見ていた。
「おやおや、向井くん気になるのか?」
犬山はからかうように向井に視線を向け質問した。
「いや、ただ······はい、気になって」
向井は、犬山にからかわれている事に気にも止めず二人を見ていた。
「ほほう······。彼女達は向井くんと同じ二年生だよ。あそこで呆れてる感じのポニーテールの子は、上原美緒(うえはらみお)。あっちで地面に座り込んでいる茶髪のロングヘアーの子は糸毛琴葉(いとげことは)だよ。どうだい?」
犬山は自慢げにそう言い、向井に問いかけた。
「いや、どうだいって······なんであの生徒の名前知ってるんですか? もしかして変態ですか? あ、変態でしたね」
向井はジトーっと変態を見るような目で犬山を見た。
「ちょ待て待て。僕は生徒会長だぞ? それくらい知ってるもんさ。向井くんこそ同級生の顔と名前くらい覚えておきなよ」
「はぁ、そう言うもんなんですか。俺は可愛い人しか興味ないんで」
「向井くんのそういうところ中学の頃と変わらないねー。さすが面食い王子と呼ばれてただけあるよ。でもこの学校、結構可愛い人いるじゃないか! 例えば······さっき言った上野美緒とかどうだい?」
犬山は興味津々に向井に質問をする。
向井は、この人黙っていればただこ格好いい人なのにと思った。
「確かにあの子は可愛いですけど、僕の好みではないです。強いていうならーー」
向井がそう言いかけた時、犬山が腹を抱えて笑い出した。
「フフ、そ、そういえば向井の好みは······ね、猫だったね、フフ」
向井は後でこの人殴ろうと思った。
「はぁ、じゃあ俺、先行きますね」
ずっと笑ってる犬山に対して呆れた向井は、逃げるように自分の教室へ走っていった。
「あ、フフ、ちょ、む、向井くん、待って。話はまだーー」
犬山は向井に声をかけたが、向井はそのまま無視して行ってしまった。
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「おーい。ちょっと、琴葉聞いてる?」
上原はいきなりトイレに行った糸毛を追いかけた。
「あーうん、大丈夫だよ美緒」
糸毛は「あはは」と苦笑いをしていた。
「なら、いいんだけど······あ、さっき玄関にいたのって犬山会長と、イケメンで有名な向井日向くんよね! あの二人が一緒にいるところ良く見るけど、やっぱ最強だね。私的には犬×向がやっぱ良いなぁ、琴葉はどう思う?」
「いや、私はそっちの敷地にはまだ入ってないから」
糸毛はそう言って上原を軽くあしらい、先程の事を思い出していた。
『もう琴葉、次、いや、今から気を付けなよ』
『はーい、分かりました·····~』
上原に注意された糸毛は、しゅんとしながら返事をした。
『ーー先行きますね』
玄関から、男性の声が聞こえた。
『あ、向井くん、会長置いて来ちゃうじゃん。あれ、琴葉?』
上原が残念そうにそう言うと、糸毛は近くのトイレに駆け込んでいった。
『ちょっと! 琴葉!?』
上原は糸毛を追いかけてトイレに入っていった。
ーー糸毛は自分が今してしまったことを思い返し顔を赤くしてしまった。
「あ、美緒ごめんね! 急にトイレになんか入っちゃって」
糸毛は上原にそう謝り、深呼吸をした。そんな姿を見た上原は、何かを察しニヤニヤし糸毛を見た。
「琴葉、もしかしてだけど、向井くんのことーー」
上原がそう言おうとした時、糸毛は上野の口を塞ぎブンブンと首を振った。
「んん、んあ! はいはい言わないから、安心して。だけど、よりにもよって向井くんかー。敵多いよー」
上原は糸毛の手をほどいて、怒ってる彼女の様子を見ながら楽しそうにそう言った。そして、頬を膨らませた糸毛の腕を取った上原は、糸毛と共に、教室へ向かった。
獣少女と面食い王子 神夜 @mukamishouya
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