第18話 一人足らない部活動初日

翌日。再度集合している俺たちの前に、腕を組んだ清先輩が立っている。

「部活の説明をしていないのに、えんやこらーと入部を決めてしまったアホな一年生の皆さんに、文芸部の解説をさせていただきます」

半眼無表情。しかし、清先輩は素敵に毒を吐く。

「もしかして、さやか先輩って意外と口が悪いんですか?」

苦手な音でも含まれているのか、御津野さんの『さやか』という発音はちょっと舌足らずに聞こえる。

「そんなことはありえませんよ、みつりちゃん」

さらりと返して、清か先輩はホワイトボードにきゅっきゅと文字を書いていく。

なかなかの達筆で読みやすいのだが……。

「あの……『特になし』っていうのは一体どういう……?」

でかでかと書かれた文字は威風堂々だが、中身は空っぽである。思わず俺はぽかんとしながらも尋ねてしまう。

「文字通りですよ、不審者こと豊ちゃん」

「今日は不審者じゃないです!」

この先輩、昨日会ったばかりの後輩こと僕に対して冷たすぎやしないだろうか。

僕のこの返答もいかがなものかと思うけど!でも不審者じゃないし!

伝われ俺の熱いリビドー!

「そう……」

しかし、清先輩はびっくりほど冷徹だ。

「冷たい……」

「でもちょっと気持ちいい?」

「良くないですよ!」

やっぱり冷たくないかも。でも気持ちよくはないよ。

「話を進めましょー、清先輩。豊が気持ちよくなっているマゾであることなんて明らかっすよ!」

「後半はいらないよな」

雷太は話を進めたくないのかそうではないのか。それが問題だ。

「とりあえず、文芸部はあまり活動内容は明確じゃないっす」

こほんと仕切り直して話を進める清先輩。口調は雷太のが移ったのだろうか?

「例えば、昨年までいた先輩の一人は昆虫が好きで好きで仕方がないタイプの人でした。その人は放課後は山まで虫取り、休日は部室で標本作りという際限のないアホでした」

「文芸とは一体?」

「部の活動方針は好きなことをする。元々はちゃんとした文芸を嗜むやんごとなき方で溢れていたらしいのですが、普通に人気がなかったので、とりあえず部を存続させねばならぬという勢いに任せた結果、人を集めるためにそんなことになったそうです。めでたしめでたし」

清先輩はちゃんちゃん、とわかりやすく話を締めてくれた。なるほど、状況は分かった。良く分からないことが分かったとかではなく、マジで活動内容が全くの虚無であることが、である。

「でも、結局さやか先輩一人なんですか?」

御津野さんは実にもっともな疑問を呈する。確かにそのとおりだが、きっと大変な事情が――

「全ての原因は文芸部という名前が悪いのです。決して、『新人勧誘とかまじめんどい』という私と顧問の怠惰の結果、この有様と相成ったというわけではありませんよ」

大変な事情などない!どうしよう。この先輩、面白すぎる。

「文芸部に入る以上、読書しなきゃって慌てて小説を買ってみたんだけどなあ」

雷太はそう言いながらがさがさと本を取り出す。昨日買ったはずなのにすでにシワがよっている時点でどのような扱いをしていたかお察しだ。

「コンビニで買った雑学の本じゃなかったか、それ。小説ではないだろ」

そういえば、と思い出して突っ込んでみる。しかし、あっさりと清先輩はスルーする。

「まあ、細けーことはいいんです。その小説だかエロ本だかを朗読しても構わないんです」

「「エロ本ではない」」

俺と雷太の心も言葉も一つになる。男子高校生のデリケートな部分についてめちゃくちゃ言いやがるとは……。この先輩、やべえよ。

「はいはーい、さやか先輩は何をしているんですか?」

デリケート箇所を敏感に察知したのか、御津野さんは空気を変える話題を放り込む。やったぜ。

「文芸部なんだから、読書と執筆に決まっているでしょう。何を考えているんですか?」

「ええ……めちゃくちゃだ」

御津野さんは完全に悪くない。僕も思った。雷太も思ったに違いない。

「そういうわけで、説明は終わり。で、今日はれんちゃんがいないけど、どうしたの?」

清先輩は今日一番の素晴らしい輝かしい働きをした。これだけで先程までの毒舌をすべて許せてしまう(別に気にしてないけど)。一生付いていきますぜ清さまあ!

「知恵熱で本日は早退しました!」

御津野さんは元気よく答える。そういうことか!心配だぁ……!大丈夫かなあ。

「なるほど、なかなか煩わしい患いを患っているね」

清先輩が空気を切り裂くドヤ顔を決める。

「……」

「なかなか煩わしい患いを患っているね」

やっぱり、ついていきません清さま。

「聞こえていますよ」

雷太は律儀に答える。

「反応は?」

欲しがり屋さんすぎるよォ、この先輩。

「どうしろと?」

「……使えねー。じゃあ、私は本を読んでいるから、適当に楽にしていてね。帰っても大丈夫」

清先輩は初めて表情を崩して、ぐぇーと眉をひそめて、教室の端に行ってしまう。

どうしろと……。

雷太は俺を見る、俺は御津野さんを見る、御津野さんは雷太を見る。この状況を困惑のウロボロスと名付けようと思う。


「……どうする?」

俺はとりあえず、輪になって座るお二人に声をかける。

「うーん……とりあえず、もっかいきちんと自己紹介しない?」

御津野さんは人差し指を立てて実に建設的な提案をしてくれる。

「たしかにな。んじゃ、俺は葉切雷太。趣味は今日から読書になった。運動は割と得意だが、勉強はもっと得意だ。どーぞよろしく」

「運動部には入ろうと思わなかったの?」

御津野さんの疑問はもっともだ。足も速くて器用な雷太ならどこの運動部でも活躍できると俺も思う。練習が大変とかそういう理由?というか、この部活では雷太のスペックを全く活かしきれないだろう。

「正直、人間関係が煩わしい。一気に10人以上も知り合いが増えるなんてやってられない」

「そういう理由だったのか……」

予想以上に消極的な理由でびっくりだ。結構付き合いが長くなってきたけど、まだまだわからないことばかりである。

「まあ、ちょっと分かるけどね。そんじゃあ、次は私!御津野みつりだよ。みつりでもみっちゃんでも好きに呼んでねー」

「いえーい、みつみつー」

「みつみつー」

ノリの良い雷太にとりあえず合わせるが、流石に今後も続けてみつみつと呼ぶのはちょっと恥ずかしい。みつりさんかな?

「どうもどうも。趣味は雑誌のスクラップ、運動も勉強も全然だからテスト間近は助けてください!」

「テスト対策ならまかせろ!」

ばちこんと右目を半分だけ閉じて、雷太はウインクらしきものをする。勉強も運動もできる雷太だが、ウインクはできない。

「しかし、渋い趣味だなあ」

否定するつもりはまったくないけど。

「自分で言うのもなんだけど、変な趣味だっていう自覚はあるよ。でも、なんか楽しいんだよね」

「おお、本当に趣味っぽい」

今日から趣味が読書とか言っていた雷太からすればちょっと羨ましいのかもしれない。雷太は御津野さんに向かってぱちぱちと謎の拍手を送る。

「ちなみに最近この街の観光雑誌が出ていたから熟読しているよ。デートスポットを知りたかったら私に言うんだよ!」

しかし、くるりと急に俺の方を見つめて、御津野さんはニヤリと笑いかけてくる。

「……なぜ、俺に向かって言うのかな?」

なんでそんなことをするのか、これが分からない。

「え?」

「は?」

「いや、なんでそんなに素っ頓狂な顔をするんだ?」

分からないのは俺だけなのか。御津野さんも雷太も形相とでも言うべき仰天顔を見せてくる。

「本気で言っているんですか? 不審者じゃなくてただの無知蒙昧なのです?」

「うわっ! 清先輩、いつの間に後ろに?!」

いつの間にか清先輩は僕の5センチ後ろにいた。近すぎる。

「にんじゃじゃー」

「この先輩、割とおかしいのでは?」

深く頷く雷太と御津野さん。我らウロボロスの心は一つ!

「君ほどじゃないっす」

「今日は普通でしょ!」

「昨日はひどかった。本当に入部拒否するか迷った」

衝撃の事実。すがる思いで念の為確認する。

「……まじすか」

「すんでのところだった」

一瞬落ち込みかけた俺の表情を察したのか、冗談、と清先輩は僕の頭に手を置く。しかし、励ますために撫でるとかそういうのではなく、俺の頭をとまり木にしているだけのようだ。人生初経験である。

「つーか、ほんと、お前どうしちゃったわけ?」

雷太は呆れたようにそう尋ねる。といっているが、そのニタニタ顔からして何かしらに気づいているのは明らかだ。

「とかいいつつも、葉切くんはその理由に気づいているご様子?」

「みつみつもー、気づいちゃってるんだろ?」

「……私も」

「おお、流石せんぱい!」

「ごめん、言ってみたかっただけ」

おい。

「うーん……豊ちゃんがれんちゃんを好きなんて簡単すぎる答えなわけないし……」

まさかね、なんて表情をしながら向けてくる清先輩の目線にぴしっと身体が動かなくなる。

「え、嘘でしょ?」

びっくり仰天という仕草のせんぱぱぱぱぱい。なななんあにをいってらっしゃるのやら!?

「サヤカス先輩、そんなことあるわけないじゃないですか?」

「誰がサヤカスやねん」

せんぱいの くちょうが みだれる!! 俺もか?

「ゆーたかあー、そんなに隠さなくていいんじゃよ」

「そうだぞー藍染クゥン、いいんですぞお」

お前らもかよ。

「そ、そんな、好きだなんてことないんだからねっ!」

「きも」

清先輩の言葉は鋭すぎる。俺の心の深いところにびっくりするくらい刺さる。

「う、うるせぇー!」

「いや、否定しても無駄だと思うよ?あからさますぎだもん」

御津野さんも呆れ顔だぁ……。

「ほら、出会って一週間も経っていないみつみつだってそう言っているんだぜ?」

「ほれほれー」

「ぐぬ……いや、待ってくれ。本当に違うんだ。好きだなんて、そんな……」

まだ、そこまでの気持ちはないんだ、本当に。

「ただ……」

でも、自分に正直になろう、この瞬間だけは!

「ただ?」


「ただちょっと鐘乃さんが、見た目も性格も理想的すぎるだけなんだっ!見た目120点、性格120点!両者を掛けて14400点なんだ!!」


「……きも」

より一層冷たくなった清先輩の視線と言葉が心に響く。……あふん。

「やっぱり、喜んでる?」

「違わい!」

俺の言葉は虚しく、教室に響くのだった。

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