第17話 絶滅寸前の文芸部
「どうぞ」
佐高先輩は窓際に四つの机を集めたところにある一脚に座りながらそんなことを言う。
俺たちは促されるまま座ろうとするが、俺と鐘乃さんが席を選ぶよりもずっと早く、雷太と御津野さんがさっと座ってしまう。
残った椅子にだと晴れて俺と鐘乃さんは隣同士になってしまう。
「おら、早くせい」
雷太には血も涙もないのか、そんなことをにやにやしながら言ってくる。
くそぉ、お気遣い頂きありがとうございます!
俺は油の切れたロボットのようにぎしぎしときしみながら佐高先輩の正面にある一脚に座る。鐘乃さんも江戸時代の茶汲み人形のような不自然な動きをしながらも、隣に腰をおろしてくれた。
そんな不審者二人の様子を佐高先輩は視界に入れているはずなのに、特に気にした様子もない。もしかしたら結構な大物なのかも。実際は、こんな変な後輩に触れたくないというだけだろうけどさ。
先輩は一つ咳払いをしてから話を始める。
「改めて。佐高清、です。2A」
「俺は葉切雷太ですよ。そこの不審者の親友兼付き添いっす」
雷太さん!? その紹介はなんだぁ……
「……なるほど」
先輩は俺の方をちらりと見てから、なにかに納得したように一つ頷く。
「はーい!私は御津野みつりですっ。そこの可哀想な子の幼馴染兼付き添いです!」
「……なるほど」
今度は鐘乃さんの方を見もせずに目をつぶり、何かを考えるかのような体勢になる。
しかし、その様子に怯むわけにはいかない。華麗に簡潔に自己紹介をしようじゃないか。
「ボク、藍染豊! 文芸部の入部希望者です!」
「お前のキャラクターはどこに行こうというのだ……」
雷太は『うげぇ』とボディでランゲージする。黙りんしゃい。俺だってどこに行くのか知りたいよ。
俺の自己紹介が聞こえているのかいないか、佐高先輩は特に反応をしてくれない。
むむむ。
その様子を確認したかどうかは怪しいが、鐘乃さんも俺に続いて挨拶をする。
「わた、わたす、しょうーのれんですう」
どこの地方出身かな? たまらなく可愛らしいけど。
そんな彼女の様子を見ていた御津野さんは、その唇をへの字にしすぎて、もはや鋭角を描いている。
しかし、ここにきて佐高先輩はゆっくりと目を開いて俺たちの顔をゆっくりと見回す。
「うん、覚えた。葉切ちゃん、みつりちゃん。それに不審者と残念女子」
佐高先輩は眼鏡の奥でぼんやりとした瞳を維持したまま、中々すごいことを言う。
「ひでぇっ!」
先輩ということも忘れてついつい叫んでしまう。そこはちゃん付けにしてほしい!
「でもそうなんでしょ?」
「自覚はあります!」
自覚どころが、反論の余地が全くないくらいです。しかし、クールな感じの先輩かと思ったのだけど、結構おちゃめな人なのかもしれない。
「冗談はさておき……豊ちゃんと……のれんちゃん?」
「さやか先輩さやか先輩、れんです。鐘乃れん」
あっさりと俺達をちゃん付けで呼んでいる佐高先輩の様子を見たからか、鐘乃さんのフォローを入れるついでに御津野さんはあっさりと距離を詰めている。
すごい、これがちゃんとしたコミュ強なのだろう。
「おっと、失礼。れんちゃん、ですね」
「うううう、ういっす」
がちがちの硬い動きのまま、鐘乃さんは謎の敬礼をびしりと決める。
「やっぱり残念ちゃん?」
その様子を見ていた佐高先輩は小首を傾げながらそんなことを言う。雷太は苦笑しながら、さらっと本題に戻す。
「まあまあ、佐高先輩、いいじゃないっすか。で、一応なんですけど、入部希望者が二人いるわけですし、部活でどんなことをやっているかとか聞いてもいいっすか?」
こっちも何だかんだでコミュ強なんだよなあ……友達ぜんぜんいないけど。
「もちろん……というか、雷太ちゃんとみつりちゃんは入らない?」
「うーん、別に入ってもいいんですけど……そこまで文芸に興味があるわけじゃないですよ?」
御津野さんは腕を組みつつそう言って、少し申し訳なさそうに眉をひそめた。
「俺も他に入りたいところもないし、入部するのは問題ないんですけど。全然本とか読まないっす」
「そういう活動はほどほどで大丈夫」
うむうむと重々しく先輩は頷く。口調は軽いが、先程から表情はさほど動かない。
「君たちにはこの不審者と残念女子のお目付け役を期待したい、です」
そして、その表情とは裏腹にとんでもないことをいいやがる。この先輩のキャラが全然分からん。
「まあそれは冗談として。いまこの文芸部には私しかいないの、です。だから人数合わせでもいてくれると助かるっていうわけ、です」
「あー、なるほど」
「というか、俺と……鐘乃さんが入るのが前提になっていませんか?」
俺のささやかなる疑問をとりあえずぶつけてみる。もちろん、入部するつもりあるけれど。
「うん、入るでしょ?」
「いや、入りますけど……」
「……! わたし、私も入ります!」
鐘乃さんが急に大きな声を出して力強く同意を示してくれる。
「だよね? 文芸部を初っ端に見学にくるような根暗ちゃんたちは、どうせ来る時点で入部確定、です」
なんだその偏見。といっても合っているけどさ。
「そんじゃあ……葉切雷太、入部しまーす」
「同じく、御津野みつりも入りまっす」
しかし、実にあっさりと二人も入部を決めてしまった。
「ええと……俺は嬉しいけど、そんなにあっさり決めちゃっていいの?」
「親友が不審者へと堕するのを見てられない」
「幼馴染が残念無念になるのをほっとけない」
二人揃ってきっぱりと宣言する。
ありがてぇ、ありがてぇ……というより申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そういうわけで、まだ部活の説明を聞いてすらいないのに、四人揃って文芸部に入るに至ったのだった。
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