第16話 文芸部と先輩
「おい、大丈夫か?」
雷太は俺を気遣ってかそんな風に声を掛けてくる。
「ふ、任せろよ。今日の俺は完璧だ」
無意味に無駄に無闇に力強い言葉で宣言する。行動は言葉に引っ張られるなんて当たり前なのだから、とにかく自分を鼓舞することにも意味があるだろう。
だから、雷太よ。そんな疑わしそうな目で見るのは止めてくれ。心が折れる。
「これから部活見学だってのに……まあ、とにかく行くか!」
そうして雷太と連れ立って部室棟に向かう。鐘乃さんたちと玄関で待ち合わせているのだ。なお、鐘乃さん、御津野さんとの約束はすべて雷太が整えてくれた。本当に感謝しか無い。
「ふひゅー……ふひゅー……」
「その気持ち悪い呼吸をやめろぉ!」
歩き出した途端に鼓動が早くなり、手と足ががくがくと震えながら何とか進めるという有様。雷太に突っ込まれても何も反論できない。
「こ、これが精一杯なんだっ」
「……はぁー。前途多難とは今のお前のためにある言葉だな」
おっしゃるとおりで。
◇◇◇
「コホー……コホー……」
「れんちゃん、キモい」
ひどい、とはあまり思わない。みっちゃんの突っ込みは実に的確に私の状態を表現しているからだ。
「こ、これが限界!」
「本当に重症ね……これからの部活見学に不安しか無いわ」
みっちゃんはじっとりした視線をこちらに向けてくる。私達はHRが早く終わったので、部室棟の前で藍染さんと葉切さんを待っているのである。
私の視線は落ち着きなくさまよい、彼が校舎の方から現れるのをいまかいまかと待ち構えているのだ。
「まったく。場合によっては彼と同じ部活になるんだよ? その調子だと……」
「それ以上は言わないでぇ……」
このままだと、先日のランチのときと同じ……いやそれ以上の醜態を晒してしまうことになりかねない。
「……ま、大丈夫よ。なんとかなるわ」
根拠のないみっちゃんの励ましだけど、今はそれにすらすがりたい気持ちだ。
「あっ……」
「来たね。こっちー!」
遠目でもその姿を見間違えるはずもなく、藍染さんを視界に淹れた瞬間に私はすぐに顔を逸らした。そんな様子を気にする素振りもなく、みっちゃんは陽気に声を掛ける。これくらいのコミュ力が私にもあれば……とは思うものの、無いものをねだっても仕方がない。
「おっす。おまたせー」
「うっすうっす。葉切くんに藍染くん、こんちは」
みっちゃんは気軽に二人に挨拶をする。
「こここ、コンニチハッ」
藍染くんもちょっと変な感じだけど、きちんと挨拶してくれる。わた、私も返さないと!
「コンニチハ……」
「……うん、もう突っ込まないからねっ! 葉切くん、二人は置いてさっさといきましょ」
「おーよ」
息ぴったりでそんなことを言いながら、二人は私達を置いていこうとする。ちょちょちょ、それは駄目だって!
一瞬だけ、私と藍染くんの目線はぶつかり合うが、弾かれたようにばっと目線をそらしてしまう。
あかんて!
結局、慌てて二人を追いかけて、私はみっちゃんの右斜後ろに隠れるようにしてなんとか四人連れ立って文芸部へと向かうのだった。
「うーん、誰もいねえな」
葉切くんはドアについたガラス窓から中を覗き込むが、どうも誰もいないようだ。旧校舎内の他の教室からは楽しそうな話し声が聞こえてくることから、どこも新入生を迎えて、盛況な様子。他方、目の前の文芸部室はもぬけのから。
「えー、なんでだろ? もしかして廃部にでもなった?」
眉をひそめてみっちゃんはそう言うが、担任の先生からはそういう話を伺っていないし……。
「……」
「……」
ちなみに、私と藍染くんはある程度距離をとりつつ、一切の言葉を発していない。すごく話したい気持ちはあるのだけど、身体がついてこないのは目に見えているのだ。つまり、言葉を発すれば何を言い出すかわかったもんじゃあない、ということですよ。
「……とりあえず、入ってみようぜ」
呆れたように私達二人の様子をちらりと見つつ、葉切くんはドアに手を掛ける。
「……入部希望者?」
そこで、鈴の鳴るような声が私達のもとに届いた。声量はとても抑えめのはずなのに、不思議と私達の耳にしっかりとその意思を伝えてくる。
そちらの方を見やると、とても小柄な女生徒がいた。腰まで伸びた長い黒髪、くりっと大きな瞳はスクエアフレームの黒縁眼鏡に遮られてなお吸い込まれそうな綺麗さを保っている。彼女のセーラー服のリボンが緑――つまり二年生を示すものと気が付かなければ、同級生と勘違いしていただろう。
「はいっ! 見学希望です!」
みっちゃんは持ち前の明るさを遺憾なく発揮し、にっこり笑いながら敬礼する。しかし、その先輩はその様子をちらりと見ただけで、とくに表情を変えるでもなく「そう……」と静かに呟くだけだ。
「えっと、文芸部の先輩ですか?」
何となく気まずそうな表情で葉切くんが私達を代表して尋ねてくれる。
「そう。二年A組の
なんとも存在感があるような、ないような、掴みどころのない雰囲気を持っていらっしゃる。藍染くんのことは抜きにしても、この先輩と一緒に文芸部活動を楽しんでいる自分を全く想像できそうになかった。
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