第14話 ガチガチランチ

「……」

 ランチ開始から5分。俺は全く言葉を発していない。それを見て、雷太は突っ込みを入れてくる。

「いや、なんか喋ろよ!?」

「そうは言われましても……」

「敬語キモっ! いつものコミュ強はどうしたん?」

 そんな強さは持ってないです。

「ワタクシ、人と話すのは苦手でございますのよ」

「えぇ……キャラが行方不明になってるじゃん」

 そんなことないでございますのよ。でも、『ワタクシ』なんて初めて使いましたのよ。

「やべーな……えっと、御津野は……」

 雷太は困り果てた顔で、助けを求めるように御津野さんの方を見る。俺もそれに釣られて御津野さんたちの方を見る。なお、彼女――鐘乃さんは可能な限り視界に入れない。刺激が強すぎる。

「れんっ!? 包装は食べられないから!? パンは袋から出して!!」

 しかし、包装用のビニール袋ごとアンパンをもしゃもしゃとかじっている幼馴染を必死に止めようとする御津野さんの姿があった。

「……あい」

 御津野さんに腕を掴まれたこともあり、鐘乃さんはゆっくりビニールから口を離す。そのときに、可愛らしい八重歯がちらりと見えて俺は心臓を落っことしそうになった。

「……介護か?」

 ぼそりと雷太は酷いことをつぶやく。でも鐘乃さんの介護なら俺もしたい。

「似たようなもんね……ここまでポンコツだとは」

 頭痛が酷いのか、御津野さんは左手で自分の額をさすっている。

「ぽ、ポンコツじゃないでしゅ……」

「黙れ」

「あい……」

 コントかな? いずれにせよ、幼馴染ということで二人の息はぴったりのようだ。

「えっと……そういや! 来週から部活勧誘じゃん。お二人さんはどっか気になるとこあんの?」

 この空気をどうにかしようと、雷太は無理矢理話題を振ってくる。お前こそコミュ強じゃないか。

「そ、そうね! えーっと……れん、どこに行くんだっけ?!」

 なんとか幼馴染に話させるためにか、御津野さんは鐘乃さんにそのまま話題をスルーパス。

「ふぇっ!! わ、わたしでしゅか……」

 しかし、ボールが急に来たので、鐘乃さんはカミカミで何とか言葉を紡ぐといった具合だ。

「頑張って!」

「いけるぞ!」

 なんだこれ、と思うものの、存外真剣な様子で、はらはらとしながらも御津野さんと雷太はエールを送る。俺も是非送りたいのだが、そうは問屋がおろさない。多分話したら鐘乃さんと同じようにカミカミの神になる。

「わた、わたしは……文芸部をみたい、どす……」

 言葉を喉の奥から必死に押し出した結果、若干どすこいしているけれど、彼女の言いたいことは伝わった。

「おっ、そうなのかー! おい、豊はどうするんだっけ!」

『これは来たぜ!』とばかりに雷太は素晴らしいパスを俺にくれる。よしっ、シュートは任せろ!

「私めも文芸部を見学させて頂きたく候」

「お、おう……」

 今はこれが精一杯。ここで花でも出せれば格好がつくのだけど、手元には一口も食べていないコロッケサンドしかない。

 だから引かないでくれ、親友よ。

「へ、へぇー! 藍染くんもなんだね! 二人とも気が合うじゃん!!」

 御津野さんは口から感想を絞り出してくれる。多分彼女はいい子だ。

「……でへへへへ」

「恐悦の至りでございます」

 照れながら笑いを漏らす鐘乃さんと精一杯のお礼を言う俺。

 ……よし、かんぺきだぁ。

「なあ……大丈夫かなあ?」

「……ある意味、大丈夫じゃないの」

 雷太と御津野さんはこそこそと話している風だが、その話し声はばっちり聞こえてくる。なお、大丈夫かどうかで言うのであれば、全然大丈夫じゃない。さっきから、自分が何を言っているのかよく分からないのだ。

「それはそうだな……よしっ! せっかくだし、皆で文芸部の見学に行こうぜ!」

 雷太様! 一生ついていきます。

「い、いいね!」

 御津野さんもその提案に乗っかり、ちらりと鐘乃さんを見やる。

「でへへへへ……あ、鼻血がっ」

「おいいいい!! どんだけ恥を上塗りしたいんだいっ!」

 御津野さんは大慌てでポケットからティッシュを取り出し、彼女に手渡す。彼女は鼻をティッシュで抑え、恥ずかしそうに顔を伏せる。上を見たり下を見たり、大忙しだなあ。

 まったく。俺としてはそんな光景を見て、言うべきことは一つしかなかった。

「かわいい」

「えっ」

「恥ずかしがり屋さん、かわいい」

「……そうか」

 雷太、言いたいことがあるなら言っていいぞ。


 その後、沈黙6割、雷太と御津野さんが会話するのが4割というランチタイムは終了した。

 とにかく、鐘乃さんとの初めてのコミュニケーション。俺にしては結構頑張ったと思うがどうだろうか?

「……頑張ったよ」

 雷太、言いたいことがあるならいいなさい。お母さん、怒らないから。

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