第13話 彼女、襲来

「あー!!!」

 A組に入った瞬間に大きな声。そちらを見てみると、目の前の席に綺麗な後頭部と男子生徒が一人。んー……どこかで見たことがあるような、ないような。

「どうした……あっ」

 綺麗な後頭部の男子生徒が振り返りその顔が目に入る。

 ……。

 その瞬間、私の脚は自動的に駆け出そうとする。

「にぃげるなぁ!!」

 しかし、私の腕は教室を出るときからずっとみっちゃんに掴まれていたのだった。つまり、逃げられない! もしかしたら、類まれなる推理力を持つみっちゃんはこの事態を想定していたのかもしれない。

「あしlkうdytghsじゅ、kHFsdkZYHFk.あsjdなsjだいお!!!」

「うぇっ! れん、怖いよ! とりあえず落ち着いて!」

 私の口からはパニックを体現したような音声が流れ、みっちゃんはぎょっとする。しかし、それでもしっかりと私の腕を掴み離そうとしない。

「な、なんだ!? いったい何が起こっている!?」

 彼と一緒にいた男子生徒も驚愕とともに立ち上がり、のけぞっている。

「すいません、すいません! 落ち着かせますから、少し待ってて!」

「お、おう……なんか、凄いことになっているな豊……って、お前大丈夫かよ!? い、息しろ!?」

 あっちはあっちで大変そうで。その男子生徒はバンバンと彼の背中を叩く(ちょっと羨ましいです)。すると、彼も正気に戻ったようで、ごほごほと言いながら呼吸を再開した。

 私? 私は相変わらずパニックだよ? 当然じゃない。

「あばばばばばばばばばばばばばば……」

「ひぇぇ……! えっと……れん、ごめんっ!」

 みっちゃんは私の右腕を左手で掴んだまま、空いている手で思い切りボディブローをかましてくる。こいつ、戦闘もできる名探偵だというのかっ!

「ぐえ……!」

 綺麗にみぞおちに拳がヒットし、私の身体はくの字に曲がり、その場に膝をつく。

「へへ、お嬢ちゃん……いいもん持っているじゃねえか……」

 そのまま、左手でサムズアップしてにやりと笑いかける。君の拳に乾杯☆

「ちょ、ちょっと、あなたそんなキャラじゃないでしょ! いい加減落ち着け!!」

 そのままみっちゃんは私の髪の毛をわしわしとかき乱す。

 ……あばー。


 ◇◇◇

「あー、落ち着いたようだな」

「私の幼馴染がとんだご迷惑をおかけしまして……」

「いいよ、気にすんな。俺は1Aの葉切雷太はぎりらいただ。そっちは?」

「私は1Fの御津野みつり。よろしくねー」

「おう、よろしく。……で?」

 雷太はちらりと俺の方を見てくる。『お前も挨拶しろって』とその目が訴えかけてくる。なるほど、当然だな。だから、俺も堂々と自己紹介をする。

「あ、あ、あ、あいぞめゆたきゃ、でしゅ……」

「おいっ!? 大丈夫かよ! そんなお前初めて見るぞ……」

 それはそうだろう。俺自身もこんな側面があるなんて知らなかったからなぁ!!

「えっと、コイツは俺の中学校のときからの親友で、藍染豊だ」

「おっけーおっけー。で、さっき人としてヤバい状態になっていたのが……」

 御津野さんは彼女の方をちらっと見る。彼女は白い肌をちょっと心配になるくらい赤々と染めて、緊張しているのか、ツリ目がちなその目をさらに釣り上げている。

 はい。可愛すぎますね、これは。

「れん、自己紹介っ」

 御津野さんは、彼女の脇を軽くつついてそう促す。

「ひゃい……し、しょうにょ、りぇんでしゅ……」

 ショーニョ・リェンさんか。彼女にふさわしい可憐な名前だ。

「……この子は私の幼馴染で、鐘乃れんという女子です」

 ……。

 鐘乃れんさんか。彼女にふさわしい可憐な名前だ。

「よろしくなー。……それで、どういう状況?」

 雷太が眉をひそめて状況を確認してくる。俺もそうだが、正直訳が分からない。急に彼女が教室に来るとか、棚から金塊くらいの衝撃だ。

「いやあ……なんというか、ねえ……」

 御津野さんは俺の方をちらりと見てくる。そんなに俺は変な顔をしているのか? しているだろうな。多分頬とかめっちゃ赤いと思う

「……なるほど、ねえ」

 雷太は鐘乃さんと俺を交互にチラ見して、何かに納得したように頷く。

「そんじゃ、とりあえず飯を食わないか? 菓子パンならあるから好きなの食べていいぜ! お近づきの印ってやつだ!」

 がははと雷太は笑いつつ、御津野さんにアイコンタクトを送る。おい、なに勝手に話を進めているんだありがとうございます!

「……そうね、ご相伴にあずかろうかしら」

 御津野さんは瞬時に雷太の何かしらの意図を把握したのか、軽く頷く。

「……」

「……」

 俺と鐘乃さんは沈黙だ。さっきから彼女の顔は一度も見ていないし、見られるはずもない。雷太の顔と御津野さんの顔と固く握られ膝に置かれた俺の両手だけが視界に……あ、でも俺の正面に座る彼女の膝小僧も視界に入っている。膝小僧可愛い。

「じゃあ、決まりな!」

 雷太はそう言って、二人にビニール袋ごと菓子パンを渡す。

 ……さあ、ランチタイムだぜ! まずは、固く固く握られている両手をゆっくり開くところからスタートしないといけないなあ!

 ……オレ、両手、ヒラク。心の中で三回唱えると、なんとか手は動かすことができた。


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