第11話 落ち込む男子/女子

 夕食後、俺はお風呂に浸かっていた。今日の晩ごはんは俺の大好きなとんかつだったはずだけど、あまり覚えていない。ただ、母さんと父さんが心配そうにこちらをちらちら見ていたということだけは非常に印象に残っている。多分、ソースもつけずにとんかつを味噌汁につけて食べ始めたり、ドレッシングを白米に掛けたりという奇行に走っていたからだろう(もちろん、そういう食べ方を否定するつもりはない)。

「はぁあああああああああああああ……」

 口から漏れるのはうめき声にも似たため息のみ。彼女と遭遇したはずなのだが、本当に一瞬だったし、そのまま逃げられてしまった。

「もしかしてこの前の朝の出来事のせいかなぁ」

 そうとしか思えない。あそこまで全力で逃走されると、心が砕けてしまいそうになる。

 ちなみに、あの後、俺と雷太はすぐに別れてしまった。スマホを砕いたことがダメージになっていたらしく、雷太は超へこんでいた。明日は優しくしてあげようと思う。

「どうすっぺかね……」

 どこの方言かも分からない謎言語を呟きつつ、彼女の真っ赤に染まった表情に思いを馳せ……お湯がほとんど水になるまで悩むのであった。


 ◇◇◇

『やいやい、れんちゃんやい』

「なんでしょうか……みつりちゃんやい」

 みっちゃんの本名は御津野みつり。だからみっちゃんなのだい。

『今日のアレは一体何だね』

 みっちゃんは、スマホの画面の向こうでジト目としか表現できないアレな表情になる。いやん。

「……返す言葉もございません」

 私は、返す言葉もないという言葉を返すしかない、という複雑な状況に陥ったのだぁ。

『なんか、彼も滅茶苦茶びっくりしていたじゃん』

「はいな」

『なんだその可愛い返答は』

「えへへ」

 褒められちった☆

『黙れ』

「はい」

 気のせいでした。今日のみっちゃんは厳しいぜ。

『あー!!! もうっ!! あなた、彼からの第一印象最悪よっ!!』

 突然みっちゃんは爆発して、私にずびしっと指を突きつけて剛速球を投げてくる。

「承知しておりますぅ……」

 私は顔を逸らし、両手で目を覆うしかない。そうだよねぃ……。しかも、みっちゃんには言っていないが、彼のほっぺをぷにぷにしたりしているのだ。下手したら犯罪者である(でも、彼のほっぺは柔らかくて気持ちよかったです。でへへ)。

『なあんで、普段はぼんやりしているくせに、ああいうときだけ妙に素早いのさ……』

「私にも分かりかねます……私の印象、どんな感じだと思う……?」

 正直な意見を聞きたかった。

『全力スプリント不審女子高生』

 正直過ぎる意見だった。私の心を無情にナイフで切り刻むのはやめたまへ。

「……どうしたらいいかなぁ」

 藁にもすがる思いで……というのはみっちゃんに失礼だけど、今日の失態でぼんやりと痺れる私の頭では何も思いつかないのだ。

『……とにかく、普通に話すしかないでしょ。私も付き添ってあげるから、明日こそ普通に話しかけなさい』

「ううう……ありがとう、みっちゃん」

『ちなみに、彼も一年生よ。襟元に『I』のバッジを付けていたから』

「おおー!」

 うちの高校の男子生徒は詰め襟のところに各学年のバッジを付けることになっている。女子の場合、その代わりにリボンの色で学年を分けている。

『そういうわけで、明日の昼休みには他の教室に行くよ』

「りょーかい。ホントに色々ありがと」

 みっちゃんの優しさには感謝しかなかった。本当に良い幼馴染を持ったものだ。

『いーよ。だ・か・ら、明日こそは普通に話せるように頑張りなね』

「う……鋭意努力致します」

 結局、そこなのだ。今日の調子だと不安しか無いが……でも、明日こそは!!

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