第9話 放課後の彷徨
「さて、何か策はあるのか?」
放課後のホームルームが終わってすぐに雷太が話しかけてくる。
「何もない」
俺は力強く断言する。情けないが、彼女のことを考えるだけで思考は鈍くなるから策なんて期待しないで欲しいのだぁ。
「ま、そうだよな」
彼は『予想通り』とばかりに苦笑する。流石は雷太、俺のヘタレっぷりをよく分かっている。
「ときに豊。お前様は好きなおかずを最後まで取っておくタイプかな?」
「え?……まあ、そうだな。最後にお気に入りのおかずと白米で締めることが多いよ」
意味深な雷太の言葉に適当に返す。そこではっと気づいた。
「ま、まさか! 雷太には策があるのか!?」
「任せろ! 作戦は……『三年生の教室から順番に見ていこうぜ』だあ!!」
……うん、それはただの虱潰しだ。
「なんだよー。そんな目で見るなよー」
唇を尖らせて雷太は俺の方をぶーたれながら見てくる。
「まあ、お前の案に乗るさ。結局そうするしかないし」
「おう。ちなみに遭遇出来なかった場合、明日は『部室棟を奥から順番に見ていこうぜ』になる」
「はいはい、ありがとよ」
俺たちは自分の鞄を持って教室を出る。ちなみに俺は紺色の防水素材のリュックサック、雷太はナイロンのメッセンジャーバッグだ。
「うちは1Aだから……3Fから行くか」
「そこは任せるぜー。あくまでもオレは付き添いだしな」
そういうわけで、さっさと階段を上がって3Fの前に辿り着く。
「高学年の教室ってなんか緊張しないか?」
「分かる。ここにいちゃいけない感が凄い」
しかし、いつまでも躊躇している訳にもいかない。意を決して俺は中を覗き込む。俺たちよりも少し大人っぽく見える三年生達が放課後の教室にたむろしている。机をくっつけて教科書を広げている人たち、音楽を聞きながらノートに書き込んでいる人などなど。流石最高学年ということだろうか、受験に向けて勉強している人が多いような印象だ。しかし……
「うーん、いないな」
「そっか。じゃあ、次にいこうぜー」
こうして一つずつ教室を回っていく。時折、「一年生? うちの教室に何か用事?」というように話しかけられたが、「いや、まあ……大丈夫でした!」という不審な返答ともに逃げ出すしかなかった。
しかし、俺の探し人の姿はどこにもいない。
結局振り出しに戻るということで、すでに誰もいない1A教室に帰ってきた。
「うーん、どこにもいないなあ」
「ま、そんなもんだよ。もしかしたら、あっちはあっちでお前のことを探していたりしてな」
雷太がからからと笑いながら俺をからかってくる。
「そんなわけないだろ。あっちからしたら……」
そう。よくよく考えれば、相手からすれば俺はいきなり顔を触ったりした不審人物なのだ。実は担任の先生に相談していて、いまこの瞬間、俺が生徒指導室から呼び出されたりする可能性も否定できない。いかん。別の意味でドキドキしてきたぁ!
「なんか気になることでもあんの?」
雷太は首をひねりつつそう聞いてくるが、流石に話せない。
「いや、なんでもない……」
そういって誤魔化すしかできないが……とにかく、今日は会えなかったということだ。
「もう今日は帰ろう」
「おっけ。腹減ったし、コンビニでなんか買おうぜ!」
細身のくせに意外と大食漢な雷太はそう言って自分の腹をさする。
「今日はありがとな。なんか奢るよ」
「いいって。そういうのは最終的に上手く行ってからな」
「りょーかい」
雷太の案に乗るのであれば明日は部活棟を回ることになる。この調子で探していればいつかは彼女に遭遇できるだろう。とりあえず、それまでにファーストコンタクトのことを想定しておかなければ!
◇◇◇
「れんっ、部活棟に行こう!」
みっちゃんはHRが終了し、放課後になった瞬間私の席に飛んでくる。お昼休みに話していた『聞いて回る』云々ということなのだろう。
「うう……ホントに行くの?」
「行くよ! そうやって悶々としていても仕方ないでしょ?」
「そうだけどさあ……彼に会っちゃったらどうしよう」
「どうしようって。それが目的でしょうに」
「……ほんとに遭遇したら、私」
「なに? どきどきして話しかけられないっ、とかそういうこと?」
みっちゃんは『分かっているよ』といわんばかりのしたり顔をしているものの、その予想は少し外れている。
「私……吐くかも」
私の小心者っぷりをみっちゃんはなめすぎなのだ!
「……せめてトイレでお願い」
みっちゃんやい、ドン引きされると私もちょっと傷つくんだよ?
「まずは……文化部の方でいいの?」
隣のみっちゃんはスクールバックの持ち手をリュックサックのように肩に掛けている。私は片方の肩に掛ける派だ。みっちゃんの持ち方だと、背中に教科書が当たって痛いからね。
「うん。彼は運動部っぽくはなかったと思う」
「おっけー。めぼしいところからっていうのは捜査の基本だよね」
昨今の刑事ドラマにでも影響されたのか、みっちゃんはそんなことを言う。
「……緊張してお腹いたくなってきたかも」
「早いよ!? うちの学校広いんだから今日一日ぶらぶらしただけで遭遇するとは限らないからね」
「うー、分かっているよ」
そうやって話していると、文化部の部室が集まっている旧校舎に辿り着く。昭和のぼろぼろの建物というわけではなく、やや古びているものの普通のコンクリートづくりだ。
「じゃ、三階にある文芸部から行こっか」
みっちゃんが案内板を確認して、そう提案してくる。
「はーい。来週からは部活勧誘があるし、丁度いいね」
この学校は4月の下旬から入部が認められ、それに合わせて二週間程度の勧誘期間が設けられる。運動部は各スポーツの体験やパフォーマンス、文化部は色々発表したりということらしい。
「れんは文芸部に入ろうと思っているんだもんね」
「うん。本、好きだからね」
ちなみに、普通に話しているように見えるかもしれないが、内心はどきどきだ。ホントに遭遇しちゃったらどうしよう……ちゃんとしたファーストコンタクトの心構えなんて全然出来ていないよ!
「お、ここだ」
二人して入口のドアから中を覗き込む。教室一つがそのまま部室になっているという贅沢な作りなのだが……誰もいない。しかし、教室の端にある本棚には様々な文芸作品や部誌らしきものが一杯に詰められていることから、文芸部ということは間違いなさそうだ。
「今日はやってないのかな?」
「かもね。ま、れんのお目当ての人はいないみたいだし、次に行こっか」
「そうだね。……お目当ての人って言われると恥ずかしいんだけど」
「もう充分恥ずかしい姿を教室で晒しているんだからいいでしょ」
みっちゃんの当たりが今日はきつい気がします。完全に自業自得意外の何物でもないけどさー。
「元気だしなって。明日も付き合ってあげるからさ」
みっちゃんは右目をぱちりと閉じてキュートなウインクをしてくる。
「ありがと、みっちゃん」
私もそれに返そうとして、まばたきを繰り返す。……ウインクって難しいよね。
私のその様子を見て、みっちゃんは苦笑する。
「でも……初恋でしょ? そんじゃ、お祝いしてあげるよ!」
「は、はちゅこい!?」
「もう認めちゃいなよー」
私の横腹を突きながらそうからかってくる。違うのです、図星だから焦っているわけではないのですそうなのです。
「うー……違うもん!」
「えー。ま、いいけどさ。とにかく、コンビニ寄ってこうよ! 喉乾いたし、ミルクティーが飲みたいのでございますわ!」
変な口調で私の背中をばんと叩くと、みっちゃんは走り出す。
「もう、待ってよ!」
私も彼女を追いかけて走り出す。夕暮れのなか、笑いながら走る女子高生。
……凄く、青春っぽくないですか!
◇◇◇
豊と雷太が連れあって買い物している場所。
そして、れんとみっちゃんが走って向かっている場所。
さて、この後何が起こるのか……とりあえず、れんが色々と戻さないかどうかは神のみぞ知る。
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