第5話 ニアミスの昼休み

「おい、本当に大丈夫か?顔色ヤバいぞ」

 雷太は俺のことを心配そうに見ている。中学校からずっと一緒の友人にこんな顔をさせているのは非常に申し訳ない。

「ああ……大丈夫だ。もう、落ち着いてきたからさ」

 本当は『あの女子は夢だったのではないか?』というほとんど現実逃避みたいなもので、ふわふわとしたまま感覚が麻痺しているのだが。実際、手元のノートに目をやると、ミミズと直線があっちゃこっちゃに行っているというちょっとした怪文書が出来上がっている。それを雷太の視界に入らないように一気に机の中にしまった。

「そうか? リンゴとさつまいものあいの子みたいな顔色だぜ?」

「どんなだよ……」

 そんな顔色なら逆に見てみたいわ。

「まあ、大丈夫だっていうなら昼飯に行こうぜ。大丈夫じゃなくても昼飯行こうぜ」

 雷太は『体調が良いときは飯が上手いからたくさん食う! 体調が悪いときは良くするためにたくさん食う!』と公言して憚らない奴なので、こんな風に誘ってくるのだろう。もっとも、心配しているというのはその雰囲気から明らかだし、そんな優しい親友を安心させるためにも俺はその誘いに乗った。

 ……もしかしたら、あの子に会えるかも、なんて淡い期待があったことも否定しない。


 ◇◇◇

「みっちゃん、心配掛けてごめんね……」

「いーよ。何となく調子は戻ったみたい……いや、なんでそんなにキョロキョロしているの? 普段はそんなことしないじゃない!?」

 そう言われて私は渋々止めた。『もしかしたら彼に会えちゃうかも!?』という乙女心に突き動かされた結果のきょろきょろなのです。

「な、なんでもないから気にしないで」

「……怪しすぎる。けど、まずはお昼ごはんを確保してから……って今日は随分混んでない?」

 私達は食堂にたどり着いたものの、あまりの人の多さに扉の前で立ち止まる。

「いつもはこんなに混んでないのに」

「そうよねえ……今日は購買にしない?」

 みっちゃんは人混みに嫌気がさせたように『うへえ』と舌をだしながら、そんなことを言う。彼女は本当に表情がコミカルなので、見ていてとても楽しい。

「うん、そうしよっか」

 あの人も見つからないし。無意識の内に私は口の中でそんなことを呟いていて、一気に顔が紅潮する。う、浮かれすぎ!

「ひゃっ! ちょちょちょ、顔! 顔がすごいって!?」

「み、見ないでっ!恥ずかしい……!」

 私はみっちゃんに見られるのが恥ずかしくて脱兎のごとく走り出す。「そっちは購買じゃないよお!」なんて言いながらみっちゃんが追いかけてくるのが聞こえる。結局彼にも会えず、購買で売れ残りのちくわパンを食べ、この昼休みは終わってしまった。


 ◇◇◇

「いやあ、すげえ混みっぷりだったな」

「まさか今日の限定メニュー『カレーコロッケそば』にそんな人気があるとは知らなかった」

 そして、カレーそば+コロッケじゃなくて、カレー味のコロッケ+そばというユニークな発想にも脱帽だ。

「変わった上手いモン食えて俺は満足だけどよお……豊よ、なんであんなにきょろきょしてたん?」

 雷太のずばっと鋭い指摘に俺は……沈黙を返す。

「いや、なんか言えよ!」

「……特に理由はないんだ」

 ずーんと落ち込む俺の様子を見て、「な、なんか知らねえけど……頑張れ」とちょっと引いている様子を雷太は見せる。

 やはり淡い期待だったようで、彼女に会うことはなかった。しかし、そのうち相まみえることだろう。

 ……実際に出会ったら俺はまたとんでもないことになりそうだがな!

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