第4話 茫然自失

「れん、どうしたの?」

「……」

 幼馴染のみっちゃんが私に話しかけている。しかし、私は鯉のように口をぱくぱくさせるばかりで、喉から声は出せていない。

「え、ほんとにどうしちゃったの!?」

 彼女が来たということはもうホームルーム直前なのだと思う。

「あ!ううん! でえじょうぶでい!」

 思いの外大きな声が出たようで、ざわめいていたクラスの中に私の声が響き、結構な人達が私の方を見る。私は顔を真っ赤にして慌てて顔を伏せる。

「れ、れん……大丈夫?」

 普段はそこそこ小さい声で話す私を知っているからだろう、みっちゃんは驚きと心配が混じった声で聞いてくる。

「だ、だひじょうぶりゃから……ちょ、ちょっとだけ落ち着く時間、しょうだい……」

「わ、分かった。とりあえず、先生来たから席に戻るね」

 教室の窓際一番後ろの席からみっちゃんはばたばたと自席に行ってしまう。みっちゃんに悪いことしちゃったとは思うものの、正直私の頭はそれどころじゃなかった。

(あの人、かっこよかった……!)

 今朝、玄関で遭遇した彼の顔が脳内に繰り返しリフレインされる。頭のてっぺんからつま先まで、あまりに理想的な彼の姿。彼の顔をぺたぺた触るという圧倒的な恥辱行為をしていなければ夢の続きだと勘違いしていたに違いない。

(あんな人が実在していいの!? 私、しんじゃうよ!)

 脳内お花畑、紅顔にて口からは煙が出そう。異常事態!異常事態!

 概ねそんな感じです。

(ああ、もう!どうしよう、どうしよう!)

「しょうのー、へんじ……大丈夫か?」

「先生! れんは調子が悪いみたいなので、勘弁してあげて下さい!」

「お、おお。まあ、分かった。まずそうだったら御津野みつのが保健室につれてやってくれ」

「了解っす!」

 そんな会話が聞こえたような聞こえないような。私には関係のないことだろう、うん。

 そんなことよりも、爆音爆走状態の心臓ポンプくんの方をどうにしかしないといけない。といっても、どうしようもない! だって、かっこよかったんだから!

(うわあ……いますぐノートを読み返したい!)

 昨晩の半分黒歴史ノートが早速日の目を見ようとしている。しかし、誰かに見られたら今度は別の要素でしんじゃうので、とりあえず放課後までは待とう。家に帰ってからじっっっくり見返してみるのだ。

 そして、理想と現実の一致を噛み締めて……

「うひゃあ……!」

 私の口からは意味の分からない声が漏れる。何に対してのものかは良く分からない。


 ふと気づくとすでに一限目は終わっていた。授業の内容以前に教科書すら机の上に出していなかったことに、少し唖然とした。

 うん。少しだけ、落ち着こう……!

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