第3話 極限パニック

 柔らかくもちもちとした肌。春にしては少し冷え込んだ今朝の風のせいか、少し冷たく、触っていて気持ちいい。理想の女の子とはこんな感じなのかと思ってしまう。こんな風に理想通りの女の子に会えるなんて夢のようだ。むしろ、夢なのかも。昨日は徹夜だから、いつの間にか眠っているという線が濃厚だ。明晰夢っていう奴だね、うん。早く起きないと学校に遅刻しちゃうなー。

「……」

 彼女も同じように俺の頬を触ったりつっついたりしている。なるほど、彼女も俺を触れるのか。彼女の指先も少し冷えていて、これはこれで良いものだ。きっとこの手を握ったりしたら俺の心臓は早鐘を打ちつつも、喜びと恥ずかしさで溢れてしまうだろう。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

「――うわあっ!」

「――いひゃあっ!」

 俺は目の前のから一気に離れる。

 いったい何をしているんだ、俺はっ!

 彼女の顔を見てみると、心配になるくらいに白い肌を真っ赤にしている。とても白い肌も心配だし、それが赤色を通り越して朱色に染まっているのも心配だ。

 そりゃそうだよね! でも可愛い!

 ……そうじゃねえ。ごめんなさいだろ! 男子が女子にべたべた触るとか即座に通報されても全然おかしくないぞ。

「あ、あ、あの……」

 パニックのあまり俺の口からはうめき声のような何かしか出てこない。本当に不審者でしかないじゃないか。

「え、え、えと……」

 しかし、彼女もおどおどと両手を顔の前でぱたぱたと振り、言葉にならない声をあげるだけだ。そのツリ目がちだが大きな瞳を見開き、振る舞いと表情の全てでその恥ずかしさを表現している。

 そんな姿を見て俺の胸は急激に高鳴ってしまうが、正直それどころじゃない。

 この場をなんとかしなければ!

「あ、あ、あ……ご、ごめんなさい!」

 なんとか謝ることができた。と言っても、俺がしでかしてしまったことを考えると、とてもじゃないけれどただの謝罪で済むわけがない! 土下座か、土下座なのか! 高校入学一週間で人生初土下座なのか!

「え、え、えと……こちらこそごめんなさいです!」

 彼女は首が外れてしまうんじゃないかという勢いで頭を下げると、そのまま高速で校内へと行ってしまった。

 ばたばた、どたどたという音が遠ざかっていき、俺はその場に唯一人残される。何の音も無くなってしまった現況だと、俺の鼓動が周りに響いている可能性がある。そう思うほど俺の心音は高らかであり、ちょっと胸が痛くなってしまうほどだ。

「これ、は……現実だよな?」

 自問自答しても、当然答えてくれる相手はいない。

 試しに自分の頬をつねってみると、普通に痛い。そして、さっきまで彼女に触れられていたことを思い出し、心臓はさらにペースを上げて血液を勢いよく体中に送り込む。

「……とりあえず、教室に行こう」

 そう言葉に出して確認しないと身体を動かすことも難しかった。全身から力が抜けて今にも崩れ落ちそうなのだが、ここで寝っ転がって芋虫スタイルになっても物事は解決しない。というか、保健室に担ぎ込まれてしまう。

 しびれている自分の身体を下手くそなラジコンで操作しているかのように、壁にぶつかりながら、階段につっかかりながらふらふらと教室へと向かった。「俺は、靴を脱ぐ」、「俺は上靴を、履く」なんていちいち行動宣言していたので、異様な光景だっただろう。

 俺の所属する1Aの教室には誰もいない。これ幸いと、俺は自分の椅子にどすんと腰を落とす。そして、そのまま糸が切れた人形のように額を机に打ち付ける。

 人体が勢いよく机にぶつかるとこんな音がするのか、そんなことが頭をよぎるが痛みは全然感じない。というかそれどころではない。

 脳みそを占めているのは顔を真赤にしていた先ほどの女の子。ツリ目で少しだけ背が高い彼女。

「……可愛かった」

 ポツリと呟いたこの言葉、改まって自分で言わなくても、そんなことは重々承知していた。

 そして彼女の顔だけが頭をぐるぐると巡り、心臓は早鐘を打ち――当然眠れるはずもないので、ただただ机に突っ伏して過ごすのであった。

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