第2話 現実よ、妄想をぶっ壊せ!

「あー、眠たい」

 なんだかんだと準備して、学生服に袖を通し――時刻は朝7時。学校の正門前だ。

「やばい……絶対今日の授業は寝ちゃうな」

 たまにはこんな一日があってもいいかもしてないけど、入学してからまだ一週間でこんな感じになるとは予想だにしなかった。しかし、流石に朝が早すぎるのか全然誰もいない。部活をやっている人すらいないなんてちょっとびっくりだ。

「まあ、早く教室に行こう」

 ゆっくりと音を立てないように学校の玄関扉を開けてみたが、やはり人の姿は見えない。

「おはよーございまーす」

 何となくそう言ってみるが、当然反応は無くて――

「ひえっ!」

 誰かいたようだ。自分の独り言が聞かれたのが、少し恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じる。つい、反射的にその声がした方を見てしまった。

 こんな早い時間に登校しているなんて、よっぽど真面目な人なのだろうか――。

 そんな考えは、彼女の姿を見た瞬間に吹き飛んでしまう。


◇◇◇

「眠いよー」

 ふらふらする足をなんとか前に運んで、学校に到着する。時刻は朝7時。切りすぎた前髪が気になって仕方ないけれど、幸いにしてというか当然というか、だあれも学校にはいない。

「おはよーございまあす」

 つい調子に乗って大きな声でそんなことを言って玄関を開けてみるが、当然反応はない。というか、鍵が開いてて良かった。校務員さんありがとうございます。

「ほんとに誰もいないなあ」

 ついつい、普段は行かないような上級生の靴箱の方まで行ってしまう。もしかしたら少しくらいは朝早くに来て、受験勉強に取り組んでいる人もいるのかもしれないけれど、少なくとも私は遭遇できなかった。いたとしたらさっきの独り言を聞かれていることになるから、それはそれで困っちゃうんだけどね。

「ま、早く教室に行って少し眠ろう……」

 そんな風に思って自分の下駄箱の方に戻っていくと――

「おはよーございまーす」

 男子の声がした。あまりに予想外の事態で私はついつい声を上げてしまった。やばい、絶対変な声が出ちゃった!ちょっと恥ずかしい……。

 しかし、私のそんな気持ちは彼の姿を見た瞬間に吹き飛んでしまう。


◇◇◇

「えっ」

「えっ」

 この二人、当然ながら初めて遭遇する。しかし、考えていることは――ついでに、ついつい口から出た言葉も――同じである。

「可愛すぎる……まさに理想的」

「カッコ良すぎる……まさに理想的」

 口から発せられた言葉は当然お互いの耳に入るはずだが、どちらも呆然としてしまっており、相手が何を言っているかも、自分が何を言っているのかもよく分かっていないようだ。積極的ではなく、ややおとなしめの二人は自分の理想にど真ん中ストレート剛速球に過ぎる人物の登場にどうしてよいか分からない様子である。

 つまり、簡単に表現してしまえば、二人とも顔を真っ赤に染めて、ただぼけっと見つめあっているだけ。

 理想通りの人間が目の前に現れたらどうなるか。答えはこの二人が示しているとおり、圧倒的な現実が想像なんか簡単にぶち壊して……思考停止状態に陥る。理想は理想で存在するはずがない、二人共そう思っていた。しかし、完全な不意打ちで急に理想が現実化したのだ。こんな状態になっているのも仕方ないだろう。

「……」

「……」

 二人はゆっくり近づいて行き――何を思ったのか、そのまま右手でお互いの顔をペタペタ触る。

「……夢、じゃない?」

「……夢、にしては温かい?」

 本来の二人の性格からすれば果てしなく大胆なことをしている。しかし、眠気が極限状態に達しており、かつ昨晩(正確には今朝)ガッツリ妄想していた男子/女子がそのまま、いやそれを超えて目の前に現れたのだ。ちょっと突飛な行動にでるのも理解が及ばないほどではない、かもしれない。

「……ふえー」

「……むうー」

 難しい顔、というか不思議そうな顔をして彼らはペタペタと触り合う。周りに人がいなかったことは彼らにとって本当に幸運だ。傍から見れば『バカップル』という言葉がぴったりの状況なのだから。控えめで慎ましやかであることを原則とする彼らからすれば、もしバカップルなんて噂が立てば知恵熱を出してしまうかもしれない。

「……」

「……」

 さて、そろそろ時間である。彼と彼女が正気に戻るまで、あと――

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