帰りなんいざ


 将門の死を知らせる第一報は十日の後に京に達し、直接その首を上げた藤原秀郷の正式な報告書が三月初めに提出されると、朝廷をはじめ都中が安堵の気分に満たされた。坂東の戦乱の飛び火を恐れ、花見どころか全ての行事を控え、じっと息を殺していた人々の喜びはこの上なかった。散りかけた桜の下では、どこもかしこも宴の賑やかな声が響き、遅い春を満喫しようとする民衆で溢れた。

その花も散り、葉桜を愛でる日々も過ぎ、夏の声を聞こうという頃になって、下野国府の解文とともに将門の首級が京に上ってきた。

四条大橋に近い空き地に晒された首は、木乃伊化したように皮膚が黒ずみ、空洞となった眼窩がまるで見る者を睨みつけているようであった。動揺が収まり始めていた人々は、再びの不安を感じながら口々に首の噂をしあった。

首の掛けられた柵の上には、百年は経っただろう見事なヤブ椿の枝が広がっていて、日中でも何となく不気味な空気に包まれ、日が暮れてからその前を通る者は、目を逸らして道の反対側を足早に過ぎるのであった。ところがある男が、うっかり視線を当ててしまったところ、『おいっ、己の身体を持って来てくれ。もうひといくさやって見せよう』と首がカラカラ笑ったというのである。その噂がたちまち都中に広がったのは言うまでもない。

旧暦五月(今の六月)の初めである。まだ梅雨には少し早い時季だったが、空には重く雲が広がり、風のない真夜中頃であった。将門の首の上に広がる椿のそのまた上の方に、何かぼんやりと光りながら揺れるものがあり、それが静かに下りてくると、ちょうど首の高さで留まった。菅公の御霊であった。

「将門よ、目を覚ませ」

 首は元々淡い燐光を放っていたが、空洞だった眼窩の中に目玉が戻ってきてぎらりと輝いた。

「おお御霊どの、己は死んだのでござるか?ここは都のようじゃが、一体どうなっておるやら分かりかねる」

「約束どおり命を貰い受けたまでじゃ。そなた今は梟首されておるが、やがて冥界へ行かねばならぬ」

 首はそれを聞くと、まるで柵ごと飛んで行こうとするかのように、振動しながら全体を光らせた。

「うぬっ、やはりそうであったか。だがあの時己の夢はあと一歩のところまで来ていたのじゃ。それを承知でよくも己を・・・・」

 御霊は、それは違うぞというように、左右にゆらりゆらりと浮遊しながら、

「麻呂があのまま手を拱いておっても、そなたの命はあと三日ほどで尽きる定めであったのじゃ」と諭すようにそう言った。

「ならばなぜ放って置かれぬ?己はあの時秀郷や貞盛と互角以上に戦っていたのだ、負けるわけがござらん」

「それでもそなたは畢竟、秀郷らに討たれる定めであったのじゃ。よしや生き延びて夢を叶えたとしてどうなる?坂東は天下を分けた、長い戦乱の時代を迎えてしまうぞ。そなたが強ければ、それだけいくさの犠牲も大きなものになろう」

「己は皆が安心して暮らせる坂東を実現したかっただけで、お上といくさをしたいと思っていたのではござらん」

「だがそれでは天下は治まらぬ。帝はひとりでなければならぬからな。

 いずれはそなたの考えるような武士の時代も来よう。そなたは少々この世に早く生まれすぎたのじゃ」

 首は動きを止めてしまい、もう何も言わなかった。

「昔、麻呂はそなたをけしかけたことがあったが、この豊葦原の国にはそなたのような男が必要と思うたからじゃ。それがこのような結末とは、そなたも残念かも知れぬが、天神たる麻呂の矢に適ったからには、冥界へ降りて閻王より天王の位を授かって帰り、坂東の守護神になってもらわねばならぬ。

 秀郷や貞盛の栄華など塵のようなものじゃ。平氏も源氏の世もやがて成るが、それも所詮うたかたにすぎぬ。だが天王・将門は未来永劫、坂東の守り神として存在し続けるのじゃ。それが厭というのなら、塵となって都中を彷徨っておればよかろう」

将門の首はまた少し燐光を強くしたが、目玉はもはや怒気を含んではいなかった。

「己は観念いたした。坂東に帰ってあの国を見守るのは良き役目でござる。御霊どのに従うことといたす」

 それを聞くと御霊は、あるかなしかの影のような右手を上げ、紫色の光を将門の首に向けて発した。すると首は柵から離れて宙に浮かび上がると、

「やまらああじゃあ」と奇声を発し、夜空に紫の筋を引きながら東の方角へ飛んで行き、やがてすっかり見えなくなってしまった。同時に菅公の御霊も消え失せ、椿の下には深い闇だけが残った。


 将門の側近だった多兵衛は、武蔵国津久戸村で主人の敗死を知った。彼は同盟軍の焼き討ちを予測した将門の命で、石井郷北の最後のいくさの前に、館の女たちを逃がし、実質的な側室であったまゆを護って武蔵へ逃れていたのである。

まゆは多兵衛の姪であったが、自ら身分の低い出自を自覚し、寵愛されても使用人としての立場を忘れない、堅実で素朴な女だった。多兵衛が下総へ戻る際、まゆは自分も同行すると主張して聞かなかったが、足手まといであると言ってやっとなだめた。

多兵衛は石井周辺で将門の遺骸の行方を調べ、既に国府の役人によって処理されたのを知った。仕方なく、館跡の焦げた土と焼け残った木片を抱いて武蔵へ帰った。下総は報奨金目当ての残党狩りがはびこり、二人にとっても昔のような安住の地ではなかった。多兵衛はまゆとともに武蔵に留まることに決め、津久戸村に将門を祀る小さな神社を建立した。


将門の死によって一族郎党の結束力は崩れ、秀郷・貞盛同盟軍に加えて征東副将軍・源経基、良兼の子・公連らが討伐に参加してくるに及んで、もはや戦意そのものを失ってしまった。興世王、藤原玄茂、玄明、弟の三郎将頼、四郎将平、坂上遂高などは、時をおかずに皆討ち取られた。かろうじて生き延びた者も、やっと命を繋ぐというにすぎなかった。

功を上げた側は当然恩賞に与った。秀郷は下野、武蔵の大守に任じられ、その子孫は平泉に小王朝を築く。貞盛は位階を上げ、平氏政権を生む手がかりを掴んだ。武蔵武芝事件では臆病にも京へ逃げ帰ってしまった経基は、僅か二年後には討伐軍として残党狩りに精を出し、鎌倉幕府を開く源氏の源流となった。

だがこれらのことごとも、歴史の上では一瞬である。あれから一千年以上も経った今では、吹き渡る風に乗って坂東の空を翔けながら、守護神・将門ももはや全てを忘れてしまっているのかもしれない。   (完)

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平将門、坂東を翔ける 宇宮出 寛 @Kan-Umiyade

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