将門党

承平六年六月(陽暦七月)の初旬である。小次郎の郎党と伴類は、鎌輪の館に集まって軍議を開いていた。

前年二月に野本の合戦があり、その秋の収穫作業が済んだ頃になって、平国香の弟で小次郎の叔父でもある平良正が、兄国香の遺恨を晴らそうと戦いを挑んできたが、小次郎軍は鬼怒川上流の川曲村でそれを撃破し、翌日には鎌輪に凱旋する、ということがあった。それ以来各地に諜報役の農民を入れていたのだが、今度は上総の伯父良兼を中心に、良正と国香の嫡男貞盛が合力して兵を動かすらしい、という知らせが届けられていたのである。

小次郎以下顔をそろえたのは、三郎将頼、四郎将平、将文、将武、将為の弟たちと、多治経明、文屋好立、坂上遂高などの家人、それに友誼を結びたいとこの頃来訪するようになった、小豪族の頭領たちである。

二度の戦勝によって、将門党に対する国司、郡司らの見る目も変わってきたが、最も敏感なのは地元の農民たちや有力者の反応であった。権力の横暴を避けようとするなら、それらに対抗できそうな勢力下に入る、というのがこの時代の有力な手段であり、小次郎の党はそうしたものの一つに見做されつつあったのである。

「なぜに伯父御たちは我らをそうまで憎まれるのか?父上が逝かれた後の母上へのなされようには、我ら兄弟の方が良兼伯父を恨めしく思っているくらいではないか」

四郎は一同に対してではなく、半分は兄弟たちに向かって、あとは独り言のようにそう言った。

兄弟の父、平良将が急死したのは、二十年ほど前の延喜十七年のことで、小次郎は滝口の衛士として都にあり、母と三郎将頼以下四人の弟たちが豊田に居た。大黒柱を失って途方にくれていたこの家族には、国香、良兼、良正といった親族たちがすぐに手を差し伸べてきた。その中でも上総に本拠を置いていた良兼が、なぜか特別に熱心な様子で、残された兄弟の母に何事かをしきりに説いていたのを目撃したのは四郎であった。その後で四郎と三郎とが母に問いただしてみたのだが、何でもないと言うだけで、まったく要領を得なかった。ところがその母が間もなくして自害してしまい、残された遺書には亡き良将の長兄国香に対して、遺児たちの後ろ盾として守り立てて呉れるように、とだけ書かれていたのであった。

しかし三郎は伯父らに対し、荘園や牧への干渉を丁重に断り、兄弟だけでやってみたいと宣言した。母も同意見だったし、兄小次郎の帰郷の知らせを受けてのことであった。

「伯父たちが何を考えていたかは知らぬが、俺は断って良かったと思うておる。兄者が帰ってくれば、十分俺たちだけでやって行けると踏んだからじゃが、それが正しかったのが今は良く分かる。―のう兄者?」

そう言った三郎将頼は、小次郎に似て色が黒く目がきつい。小次郎は頷いて、

「我らも今では、家族のことだけを考えておれば良いという段階ではないぞ」と兄弟たちや家人に言い、

「この地の有力な方々の内にも、我が党と誼を結びたいとこうして参っておられるのは、真にありがたく心強い限りでござる。されば此度のいくさ、敵のやつばらが一族とはいえ、我らが守らねばならぬのは御一同と我らの所領、伯父たちに遺恨あってのことでは御座らん。元よりこちらからの仕掛けにあらず、よって義が我が方にあるは理の当然。いざ合戦となれば、これまでと同様に合力を頂けると存ずるが?」と広間に居並ぶ面々を見回した。

「もちろんで御座る」

「申すまでもなきこと」

そういう声が一座から上がった。有力者の中にはかつては良将の伴類で、彼の亡き後疎遠になっていたのが、将門党のにわかの勃興を知って戻った者もいる。そういう者らには、小次郎の勇姿は良将の再来のように思えたかもしれない。それに新参者にしても小次郎を頼りがいあると見て靡いて来ているから、一座の空気は予測されるいくさに対する緊張とともに、彼が頭領として自分たちをどう導いてくれるのか、そういう期待にも包まれていたのである。

四郎は一同のそれぞれに、動員できる人数や武器、兵糧などについて申告させ、通信の方法などを取り決めた。彼は若いながら、兄弟中で最も沈着な判断の出来る男であった。

「敵は水守、石田と進んで連合し、下野方面より南下して来ると予想される。忍びの者よりの便りあり次第逐一お知らせいたす故、抜かりなくご準備願いたく存ずる。」

 四郎の無駄のない、議長のような話が終わり、一同から「承知いたした」とか「合点でござる」というような相槌が打たれて、軍議はほとんど済んだが、四郎は、

「多治殿、何か付け加えるべきことはありませぬか?」と家人の長老格である多治経明にそう質した。多治は少し考えてから、

「田も畑も人手を必要としているこの季節に、真に難儀なことではありますが、合力して我らの勢威を天下に示そうではござらんか」と一同へ向かって檄を飛ばした。するとそれに反応して、「おうっ」というような声が上がり、一座はいっぺんに騒がしくなった。そしてそのざわめきが収まりかけたとき、まだ若い有力者の一人が小次郎にこう質問した。

「将門殿には雷神が味方しておるらしい、とこの頃農民の間で噂する者がござるが、それは真のことでありましょうか?」

 その言葉は一同の耳にも届いたが、意味が呑み込まれるまでには一瞬の間があり、続いて津波のような笑いがどっと起こった。

「それは良い」

「心強い限りじゃ」

 そういうのが笑い声に混じって聞こえた。 苦笑いを浮かべていた小次郎は、座が静まりかけてから答えた。

「そのような噂も我らの今の勢威を語るもの。ご一同と結束して進むなら、何雷神の味方などいったい入り用でござろうか」

そこでまた一座は、賛同の声を上げる者、笑う者で賑やかになった。そして軍議は果て、後は酒宴が待っているだけであった。

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