青年小次郎

陰暦四月(今の五月頃)の下総は、陽光が輝きを増すに従って草木の緑は次第に濃く重くなり、人々の表情に活気のみなぎる多忙な季節である。春先より準備された水田ではもう稲の植え付けが始まり、多兵衛のような家人や大農者の指揮の下、一般の農夫たち、公田を放棄して小次郎の党に庇護を求めて来た者、田人(日雇い人夫)らが入り混じって墾田の泥の中で苦闘している。

一帯は利根川、鬼怒川によって形成された大平野で、東は筑波山を越えて鹿島灘に達し、北は足尾、西は秩父山地を望む広大さである。下総の豊田郡はその真ん中辺りに位置し、どこでもが耕地になりうる地形だが、洪水により一朝にして水田が河原に変わる土地柄でもあった。

その泥田の上からせいぜい十七尺(約五メートル)ほど小高い、丘というのも大げさなような土地がこの辺りでは最も標高が高く、そういうなだらかな段丘状の盛り上がりが、勝手気ままに流れているような川と川の間に形成されていて、そこが家を建てたり牧や畑地として利用されているのである。

鬼怒川本流の右岸側にある小次郎のそういう畑には、桑の柔らかそうな葉が艶々と繁って、始まったばかりの春の養蚕に従事する女と年寄りなどが桑摘みにきていた。

その日小次郎は馬で館を出て、稲の植え付けを眺め、牧では馬の成育を確かめて、最後に倉や養蚕の建物と人家も何軒かある一角へ回ってきた。

小次郎が馬を繋いでいると、小柄な老人と女が三人、桑の葉を入れた籠を負ってやってきた。

「桔梗にそのようなことをさせて大丈夫か、藤吉?」と訊く小次郎に老人は、

「これはお館さま。ご心配には及びません、却って少し動いたほうが丈夫なお子が生まれましょう」と頭を下げながらそう答えると、すぐに蚕室の中へ入ってしまった。

二人の女は桔梗の背から籠を外し、老人に続いて建物の中へ入っていった。小次郎は桔梗の傍へ寄ると、大きなごつごつとした手を膨らんだ腹部へ当て、嬉しそうに笑った。

「元気そうじゃの。しっかり食べて、ぐっすり寝ておるか?」

そう訊いた小次郎は返事も待たずに、背中に手を掛けて桔梗を家の中へ連れ込んでしまった。

外は眩しいほどの晴天だが、家の中はひんやりしている。小次郎は胡坐をかいた膝の上に桔梗を後ろ向きに抱き寄せ、胸元に手を入れて乳房を掴み出した。その若い肌は日焼けした顔や手の色と違って余程白いが、しっとりした中にも健康的な明るさがあった。彼女は目をつむり、我慢して声を上げずにいたが、それは恥ずかしかったからだ。

小次郎は桔梗の顎に手を掛け、少し厚いが小さくて形の良い唇に接吻した。体臭と汗の混じった匂いが彼を欲情させた。

「お前を今ここで抱きたい」

「だめっ。ややが生まれるまで我慢なされませ」

桔梗は毅然とそう言ってたしなめたが、その顔は上気し大きな瞳は潤んでいた。

「分かった、分かった」と小次郎は大人しくそう言ってから、

「お前はまだ館には来ないつもりか?」とそう訊いた。

「あちらには志乃さまがおられます。ややと一緒でなければ参る訳にはいきませぬ」

桔梗は抱かれたままだったが、その口調には甘えている風はなかった。

「志乃は自らに子が出来ぬ故、お前のことを良かったと言っておるのだぞ。じゃから気にすることは何もないのだがな」

桔梗は膝から下りると、黒光りする床板に座って小次郎に正対した。着衣の上からでは腹のふくらみはあまり目立たなかった。

「それよりおじじ(爺)のことが気がかりです。桔梗が去んだ後は一人でここに残りますゆえ・・」

彼女の両親は既に亡く、祖父の藤吉だけが唯一の肉親であった。

「じゃからお前も藤吉も、一緒に鎌輪へ来ればいいと言うておる。互いに近くにおれば何かと安気であろうが、あの爺もお前も頑固に此処を離れたくないなどと言うて・・・」

彼はなぜそんなことが分からないのか、というような少しうんざりした表情をしている。

「自分のような身分違いが目立つのは良くない、とおじじは言います。それにお蚕さまと此処が何より好きなのです」

「わしは身分などどうでも良いと思うておる。この豊田が一族郎党、百姓領民揃って睦び、仲良う暮らせる処にするつもりぞ」


小次郎は鎌輪の館へ帰って昼餉を食べると、下女を下がらせて志乃を呼んだ。寝所は一番奥まったところにある。

「お前を抱きとうなった、裸になれ」

彼の物言いはいつも直截でそっけない。志乃は細くて切れ長な目を糸のようにして、からかうようにこう訊いた。

「桔梗どのにお逢いなされましたか?でも首尾悪しくてお戻りのご様子・・」

「馬鹿っ。早くしてくれ」

小次郎はもう裸である。志乃は薄茶色の小袖を脱ぎ、下着の白いきもの姿で横たわった。彼が裾を開くと、薄闇の中に志乃の太腿が露出した。それは白い槿の花のようにぼうっと彼の目に映じてくる。

小次郎の血が熱くなり、健康な欲情が彼の内に溢れてきた。彼は腰紐を解いて志乃をすっかり裸にし、白い布の上に押し広げた。それから、今は目を閉じて大人しく横になっている志乃の上に、浅黒く逞しい身体を重ねていった。

青年というには少し遅かったかも知れないが、この頃の小次郎の心身は充実感に満たされていた。一族の長としての自覚の高まりに見合うように、肉体的な衝動の強さを同時に感じていたのである。

何度か睦みあった後で、小次郎はいつの間にか眠ってしまい、目覚めたときにはもう志乃の姿はなかった。

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