しあわせのブルースカイ
水原麻以
第1話
「松村日光くんは中1。彼の恋は、五組の大広に的中♥️でも、彼女はサッカー部の川町先輩が好きで……。ハチャメチャ青春中学生ラブラブじゃんね⚽」
うららかな放課後のグランド。前期試験明けの中学生が恋バナを咲かせている。
絵文字入りメールそのままに軽口を叩いているのは1年2組の鳥羽穂香《とばほのか
》だ。勉強よりもアニメが好き。
「あのさ、俺、そう見てるね。俺、小学校時代からの腐れ縁で、小学5年生くらいからだっけ」
同じ組の
「えーー。そうだったんだー」
「まぁ、当時はまだ、彼女も、小四になってないだろうから、まだまだかなー程度の気持ちでね」
「私は、まだまだだなーい😀、中学に上がると共に、サッカーボールと野球ボールも買ってもらうし、お小遣いももらうし」
「でも、お前、今のクラスの男子からは人気あるぞ? だから、お母さんの愛情がある、って感じかなー」
「……そういう気持ちで、頑張ってるからモテるって事だよね」
と、それでは、と。
瀬戸耕哉は彼女の髪を撫でながら言う。
「……」
目線が泳いでいる。睦言とは裏腹に心、ここにあらずである。
「どうしたの? 俺の彼女はむこうにいるって感じ。ざわついてるよ」
見透かされて瀬戸はしどろもどろになる。
「バカッ。お、俺は真香ちゃんのことなんか…」
「裏返せば君以外の男子が私の好きになっているってこと。照れちゃうよ」
「……それじゃ、まるで俺が浮気してるみたいじゃん、そう言うのやめよう」
瀬戸耕哉は脱兎のごとくグランドへ向かった。
「瀬戸くぅ~ん」
サッカーゴールの前でクラスの女子が手を振っている。
「……そっ、そうなんだ」
穂香は独り残された。
瀬戸耕哉はひた走る。鳥羽穂香のフワフワしたムードに辟易していた。中一にもなってアニメに付き合わされるより大人びた真香に横恋慕した。その罪は発覚した。いい機会だ。米粒のような人影が近づくにつれ拡大する。しかし相手は別人だった。
あれっ、彼女、どこかで見たような。耕哉は身に覚えのない既視感に悩む。
太陽はまだ西の空に高い。そして射しこむ陽光がいまいましい。
そう思って下を見ると、……穂香と彼女の父親、そして母親の姿が見えた。
そして、……彼女の父親の、……後釜候補の姿が見えた。
「な⁈ 何でここに!」
「う……」
互いが驚きの声をあげる。
瀬戸耕哉は、彼が言っていた事を思いだしていた。
大広真香の母親は川町先輩の父親こと
言語道断である。
そして今、その山水と月影が大広真香の親権を巡って言い争っているのである。
「助けて!瀬戸耕哉」
大広真香は幼馴染に救助を求めている。
とはいえ赤の他人だ。家庭事情に立ち入る権利も義務も無い。
だが、それは一般の話だ。
瀬戸耕哉は血相を変えた。
驚くほど、つまり尋常ならざる理由があるのだ。
「川町さん、またですか?!」
耕哉が厳しく追及するも山水は無言のままだ。
『何で、家に入れたんだ! 親父、家に入れるなと言っただろ?』
と、川町先輩が言っていた事を思いだしながら耕哉は言う。
「松村さん、真香ちゃんを渡す必要はありませんよ。それにあなたは知る義務がある」
そういうと月影の手を引く。
「君は娘の何者なんだね? …彼氏かい?」
「まぁ、そういう関係です」
耕哉は曖昧な返事をした。
そして川町の実家へ向かう。学校から走って五分の閑静な住宅街だ。庭付きの家と空き家を改装したカフェの類がある。そのひときわ大きな建物が川町家である。
5LDK木造平屋の門扉は蔦に閉ざされている。裏のガレージから奥の地下室に入るのだが途中の壁に小さな黒板がぶら下げてある。白墨で店名とメニューが記されている。
それもポルトガル語だ。
川町は日系ブラジル人の子孫だ。
「そういえば、この家に、あの親父は住んでるのか? それに、彼の父親って、どこかで見たような……」
松村はガレージに転がるサッカーボールをちらりと見やる。どれもこれも萎んでいる。
「今にわかりますよ」
耕哉は錆びついた鉄扉を無断でバァン!と開け放つ。
むっとする熱気と鼻につく臭い。
「くせぇ!」
月影が悶絶した。
「げぇっ!」
耕哉もむせる。こればかりは何度かいでも慣れることはない。
いや、嗅覚麻痺するほうがおかしいのだが。
発酵したような甘酸っぱくて焦げ臭くてなまぐさい、そしてトイレの芳香剤をほんのりブレンドしたっぽい。一言で言えば情報量の多い臭気である。
しかも、ツーンどころでく尖った鉛筆で鼻の奥を突くような刺激がある。
ハッキリ言おう。
死臭だ。
臭い事は臭いが、それを通り越してビリビリビリと鼻腔が感電する。
「なっ、ゴホッゴホッ、これ…ゲホゲホ、ぐはあっつ」
松村のことばなんかいらない。
耕哉と二人で嫌悪感を以心伝心する。
「CEAU AZULです」
ポルトガル語を和訳すれば青空。
それではニュアンスが失われてしまうので英語に直す。
ブルースカイ。媚薬である。
アマゾンの原住民ゾシラドは最後の未開部族と呼ばれ謎に包まれてきた。
しかし限定的ながら支流の文明人と交流している。そして彼らの改革開放を成し遂げたのが権威主義体制国家と開発独裁だ。中国の民間機が点在する村落に医薬品やソーラー発電式のスマートフォンを投下した。
そして成層圏プラットフォームやWi-Fiドローンを用いて5Gによる常時接続をもたらした。
ゾシラドは外の世界を知った。そして彼らは資本主義に組み込まれた。
農耕も工業も民芸品も舞踊も観光名所も持たぬゾシラドの商品は限られてくる。
文明社会が欲しがるものも絞られてくる。
豊富な埋蔵資源あるいは金を出してもなかなか手に入らない希少品だ。
ブルースカイは喉から手が出る商品だ。
川町山水は外国人労働者として自動車大手に勤めていた。折からの不況で最初にリストラされた。それでゾンビパウダーの売買に手を染めた。
厚生労働省いや日本国政府は黄泉がえりなどというオカルトはいっさい認めないし取り締まる法律も作ることが出来ない。
法的にはただの芳香剤となっている。分子構造に麻薬類似成分はなく野放しだ。
川町山水はゾンビたちに憩いとブルースカイの定期摂取の場を提供していた。
そこに長男があらわれた。
「お父さん。もう無理だよ」
「何を言うか!これまで旨くやってきたじゃないか」
山水が叫ぶ。
「もう無理なんだってば。ブラジリアンハーブで臭いをどうこうできる段階じゃないんだ」
「うるさい。だったらもっと焚け!お父さんを助けろ」
「だからもう無理だってば。通報されてる…」
「なんだとおっ!」
山水が鉄拳を揮った
ボコッと鈍い音がする。
「先輩」
耕哉は川町親子の喧嘩を仲裁しようとした。
だがぎゅうっと背後から抱き着かれた。
「お前はっ?」
振り向くと穂香が目に涙を浮かべていた。
「あなたまで失いたくない」
そして女の子とは思えない馬鹿力で押し倒された。
「お、お前」
耕哉がいさめるまでもなく彼女はのしかかってきた。
「耕哉、伏せて黙って目を閉じて」
言われるままコンクリートと口づけした。
ドカンと激しい縦揺れが来てうなじがチクチクした。
意識と視野が戻って真っ先に感じたのは眩さと開放感。
「気が付いたのね。無事でよかった」
穂香が傍らで看病してくれている。場所は学校のグラウンド。
「ど、どうなったんだ?」
しどろもどろにたずねる。彼女の表情は重くて暗い。
「真香ちゃんも川町先輩もみんな死んだわ」
責任を感じた長男が火を放ったというのだ。
爆発炎上する現場からどうやって逃げおおせたか皆目見当もつかない。
「あたしが瀬戸君を引きずってきたの。あなた、太り過ぎよ」
「どっ、どういう?どうして??」
戸惑う瞳に鋭い歯列が映った。
クワッと口蓋がひらいた。
「決まってるじゃん。最初のひと噛みが美味しかったから。あ、大丈夫よ。瀬戸君は大切な人だもの」
「ああああああ」
瀬戸耕哉はピクリとも動けない。
「でも、週に二、三は噛ませてね♡」
しあわせのブルースカイなんか、大っ嫌いだ。
しあわせのブルースカイ 水原麻以 @maimizuhara
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