夢と希望を食べる不思議の国⑤




眠りについたはずの亜夢だったが、すぐに目が覚めおかしなことに気付く。


―――・・・あれ?

―――眠気が突然なくなった・・・。


辺りを見渡すと何故か前まで住んでいた家の自室にいたのだ。 頭にヘルメットを被っていることもなく普通の寝起き。


―――前の私の部屋だ。

―――戻ってきた憶えはないのにどうして?

―――・・・というより、さっきまでの不思議の国はやっぱり夢?


頭を整理していると腕の中に違和感を感じた。 恐る恐る見てみるとこれまた何故かクマキチを抱いて寝ていた。


「え、クマキチ!?」


確かに本物のクマキチだ。 クマキチを探していて、階段から足を踏み外しいつの間にか、不思議な国へと繋がっていた。 

一体何が起こったのか分からないが、元の世界へ戻ってこれてクマキチも見つかって心底安心した。 ふわふわな手触りに自分から喋り出すこともない安心感。 

クマキチなら先程の国みたいに熊人間になっていたら少し可愛いのかもしれない。


「・・・よかった、見つかったんだ」


軽くクマキチを抱き締めた。 安堵していると一階から亡くなったはずの母の呼ぶ声が聞こえてきた。


「亜夢ー?」

「・・・え? お母さん?」

「亜夢、まだ寝ているのー? ご飯の時間よー」


その声を聞き間違えるわけがない。 もう二度と聞けないと思い涙を枯らした本当の母の声。


―――・・・え、何、まさか幻聴?

―――だとしてもリアル過ぎるって。


混乱していると再び声が聞こえてきた。


「亜夢ー、早くしなさーい! みんな揃っているんだからー」

「・・・みんな?」


不思議に思いつつクマキチを抱えたまま一階のリビングへと向かった。 ドアを開けると母と父と克希が笑顔で迎えてくれている。


「・・・え? どういうこと!?」


テーブルには見たこともない豪勢な料理が並び、二人には喧嘩の“け”の字もなかった。 両親はニコニコとしているし、弟が珍しく行儀よく椅子に座っている。 


「亜夢? どうしたの? もしかして、豪勢なお料理に驚いちゃった?」


母が嬉しそうに尋ねてくる。


「いや、それもあるけど・・・」

「たまには一家団欒として、こういうのもいいかなって」

「え、待って。 お母さんとお父さんは離婚したんだよね!?」


確信を突く質問をすると母は顔をしかめた。 こんなに楽しそうな空気に水を差してしまったのは申し訳ないと思う。 だがどう考えても有り得なくて、逆に怖いのだ。


「何、その話? 不謹慎なことを言わないで。 離婚なんてしていないわ。 

 これからも絶対する気はないし、おじいちゃんとおばあちゃんになっても亜夢や克希の子供たちと一緒に幸せに暮らすっていう話をしたでしょ?」

「だって、お父さんが不倫をしたから!」


父を指差すと父は驚いた顔をした。


「不倫? いや、冗談はよしてくれよ。 お父さんはこの家族が大好きなんだ、手放すわけがないだろ?」

「嘘・・・」

「姉さん、大丈夫?」


克希に心配された。 恐る恐る母を見る。


「・・・それに、お母さんも死んだはずじゃ」

「さっきから何怖いことを言っているのよ」

「そうだよ、姉さん。 変な夢でも見ていたんじゃない?」

「夢・・・?」


確かにあの不思議な国は夢だったのかもしれない。 だが不倫したことも離婚したことも全て夢だとは信じ難かった。 

あんなに長い夢があるわけがなく、どれだけ全てが夢だったらいいのにと願ったのか分からないくらいだ。 確かに今が現実で家族は平和、両親は離婚してなくて母親は生きている。 

そんなことが現実であればいいとは思う。 だが実際に目の当たりにしてみれば、逆に怖くて仕方がなかった。 もう何が夢で何が現実かよく分からなくなり、もう一度頬をつねってみる。 

するとまたピリッという感覚が走った。


「痛ッ・・・」


―――え、ということはこれが現実・・・?

―――今まで不幸なことが訪れていたこの一年間は、全て夢だったの?

―――あまりにも長過ぎない?


「ほら、姉さん。 冷めないうちに食べようよ」

「う、うん・・・」


克希に促され椅子に座る。 これからまた幸せな日々を送れるのかもしれない。 そう思うと少し表情が和らいだ。 

信じ難い現実でもそれが自分にとって望むものなら、今の時間を信じていたいという気持ちがある。 徐々に受け入れようとしている自分が確かにいた。


「・・・よかった、みんな。 元に戻って」

「元に戻ってって何よ。 最初からこの状態じゃない」


母の言葉を聞きながら箸を手に取った。


「いただきます」


挨拶をしたその瞬間、聞き慣れない声が聞こえてくる。


「亜夢・・・! 亜夢!」

「ん・・・? 誰の声?」


声の主を辿るとそれは膝の上だった。 膝の上に乗せたクマキチが何故かこちらを見ている。 そして聞こえていた声はクマキチから発せられていた。


「亜夢! 目を覚ませ!」

「クマキチ!? え、何、どういうこと・・・?」

「亜夢! 亜夢、しっかりするんだ!!」


クマキチにの言葉で視界が歪んだ。


「ひッ!」


母も父も弟も、顔が崩れそれでも亜夢を気遣うように手を差し向けてくる。 ただ自分の目がおかしくなっただけなのかもしれない。 しかし亜夢自身、そう楽観的に考えられる程寝ぼけてもいなかった。


「亜~夢~? わ~た~し~を~! ど~う~し~て~た~す~け~て~く~れ~な~か~っ~た~の~?」


亜夢は母親が亡くなってしまったことをずっと悔いていた。 原因としては父とのいざこざのせいだろう。 だが自分がもっと母親のことを気にかけていれば死なさずに済んだのではないかと思っていた。 

思っていて、全て父のせいだと思い込むようにしていた。


「・・・お母さん。 助けられなくてごめんね」 



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