自分が買ったら、最新版が毎回出るという呪い

ちびまるフォイ

神様の素敵なおせっかい

「ついに手に入れたぞ! 最新版のマイフォーン13だ!!」


バイトにバイトを重ねて手に入れた最新のスマホ。

さっそく明日、これみよがしに友達に自慢してやろう。


来る翌日のこと、友達は最新のマイフォーン14の話題でもちきりだった。


今さら旧バージョンとなってしまったマイフォーン13を、

水戸黄門の印籠のように見せたところで鼻で笑われてしまう。


「なんでよりによって、俺の買った翌日なんだよ……」


もしあと1日でも我慢していれば、もっといいものが手に入ったのに。

いつも自分はタイミングが悪いときが多い。


その日の帰りのこと、靴屋さんの前を通りかかった。


「あ! これはプレミアがついたスニーカー!!」


以前はあまりの人気にとても帰るどころじゃなかった一品。

マイフォーン13では自慢できなかったがこれなら。


「すみません、これください!!」


スニーカーはマイフォーン13のようにバージョンアップすることはない。

明日はこれでみんなの話題の中心に間違いない。


翌日、おろしたてのスニーカーを履いて登校した。


わざと足を組んだりしてスニーカーに気づいてアピールを繰り返した結果、

ラブコメの主人公より鈍感な友達でも流石に気がついた。


「お前の履いているそれって、マックスエアⅡじゃないか?」


「あ気づいちゃった? いやぁーーまいったなぁ。実は昨日たまたま目に入って……」


「最近量産されたんだもんな」

「え」


友達の見せたニュースサイトでは、かつて希少価値の高かったスニーカーが海外の工場をたくさん作ったことで量産体制を確立。

いまでははいて捨てるほど全国各地で手に入る代物になっていた。


「そ、ソウナンダー……」


高い金を払ってせっかくいいものを手に入れたと思ったのに。

ここでも自分の"呪い"が苦しめてくる。


腹が立ったのでスニーカーを買い取らせようかと昨日の靴屋さんに行くと、

自分の買ったスニーカーは雑に並べられてお値打ちかかるでワゴンセールされていた。


「さぁさぁ、今なら99%OFFで手に入るよーー!」


「ええ……」


定価で買った自分はもはや何なのか。

もしも、あと1日でも我慢していれば傷は浅く済んだものを。


タイミングの悪いという呪いは、本当にどこまでも厄介だ。


「帰ろう……」


すっかり毒気を抜かれて自分の家に帰った。

自分の部屋にこもってスマホの電源を入れると広告が目に入る。


『新登場! 大画面ハイビジョン10K薄型テレビ!』

『今流行のおすすめモテコーデに必需品の赤ふんどし!』

『これさえあれば何もいらない! 最新のカメラ!』


ネットを見に来たのか広告を見に来たのかわからなくなる。

色とりどりの魅力的な広告に、わずかながら心は動かされるが自分に課せられた呪いを思い出してポチる手が止まる。


「どうせ俺が買ったら、すぐに新しいのが出るだろうな」


翌日、同じ広告を見ると案の定新しいものが紹介されていた。


『10Kなんてもう古い! 最新の水素水つき薄型テレビ!』

『赤ふんブームから時代はよだれかけへ! 最新版よだれかけ!』

『カメラはもう持ち歩かない時代へ! 手を構えるだけで撮影できるカメラ!』


「……ほらね。買わなくてよかった」


今までのように衝動にまかせて買っていたら泣きを見るところだった。

同じてつは踏まないと、昨日買いそうになった自分をいましめた。


それからしばらくして、マイフォーン102が発売されたころ。


「お前、まだマイフォーン13なんだな。ものもちいいなぁ」


「そうかな」


「そんな古い機種使ってるのお前だけだよ。新しいのほしくないの?」


「いまので満足しているから」


「バカ。それは単に新しいものの良さを理解しようとしないからだよ。

 原始人に火の使いみちを教えてもすぐに納得しないのと一緒だよ」


「原始人に会ったことあるのかよ。絶対火に興味もってくれるわ。

 原始人の知的好奇心なめんな」


「それじゃお前は原始人以下だな」


「ぐぬっ……!」


友達に言われて気づいたがもうずっと新しいものを買っていない。

呪いのせいで新しいものを買えば最新版が出て損をした気分になるのを避け続けていた。


「いつまでも新しいことにビビってちゃだめだよなぁ……」


などと思いを馳せていた日の放課後。

まさかこんな自分が女子に呼び出されるなんて思いもしなかった。


「あの……前から好きでした……付き合ってください!」


「ああ……うん、まあ。よろしく……」


かくして、初めての彼女ができた。


顔はあまりタイプではなく、性格や趣味も自分とは遠い。

けれど、無料で彼女ができるというのなら断る理由は特にないと思った。


それに友達は彼女がいないし、彼女持ちというアドバンテージを自慢できると考えた。


「ふふ……明日のみんなの顔が楽しみだ」


彼女と帰って家につく頃、門の前には目を疑うような美人が立っていた。


「〇〇くん、私のこと知ってる?」


「え? いや、その……」


「私、同じ幼稚園だった△△。仲良かったでしょ?」


「うそぉ!?」


女性の顔の変遷には驚かされる。

こんな美人と肩を並べて話していた幼稚園時代にタイムスリップしたくなった。


「それで、どうしてここに?」


「実はちょっとお願いがあって」


「うぐっ……いや、そういう系のビジネスや宗教はちょっと……」


「私と付き合ってほしい」


「はい!?」


「意識してなかったかもだけど、私はずっと忘れられなかった。

 私と付き合って! お願い! なんでもする!」


その目はまさしく恋する乙女の瞳そのものだった。

自分の脳裏には今日の放課後にあっさりOKした彼女の顔が浮かんだ。


(なんであのとき断らなかったんだーー!)


もし断っていれば、今この美人の提案を二つ返事で受けることができたのに。

変にふたまたの罪悪感が芽生えて辛くなる。


「……そう、答えてくれないのね」


「いやちがうんだ! 今ちょっと驚いて答えに詰まっただけで……」


「……ばいばい」


美人の幼馴染はさびしそうに去ってしまった。

人生でこんなにも喪失感と、過去の自分への怒りに震えたことはない。


「俺のばかやろーー! 俺がなにか手に入れたら、もっといいものが次にくるって決まってるのに!!」


今から現彼女に別れをつげて乗り換えるのも不誠実で嫌だ。

でも今手から溢れた美人な彼女のチャンスはあまりに惜しい。


突破口が何かないかとSNSで答えを募ったとき、フォロワーの一人が「下取り屋」を紹介してくれた。


「いらっしゃい。なんでも下取り屋へようこそ」


「ここは人間関係も下取りしてくれるって本当ですか!!」


「ええそうです」


「なんて俺にうってつけの店なんだ!

 実は古い彼女と別れて新しい彼女がほしいんです!」


「その関係性、下取りしますよ。

 ただし、一度でも下取りしたものは戻せませんし、

 手に入れたものに満足しなくても取り返しはつきませんから」


「もちろんです!」


下取り屋さんに自分と彼女の関係を精算してもらった。


「はい、たしかに下取りしましたよ。こちらお金です」


「ありがとうございます!!」


あっという間にフリーの体になった。

今から幼馴染にもうアタック仕掛けようとしたとき、下取り屋さんの外には海外セレブが立っていた。


「アナタ、ワタシ、スキ」


「……はい?」


「ワタシ、アナタ、ヒトメボレ」


「うそぉぉ!?」


「ツキアッテ。ワタシ、ゼンザイサン、アゲマス」


今までさんざん不幸な呪いに苦しめられてきた自分に突如舞い込んできた身に余る幸福。

もはや頭の中に幼馴染の存在は消え失せ、世界の美人100選に殿堂入りしそうな美女に目を奪われた。


「なんでこんな幸運が突然……」


今までは新しいものを手に入れれば、もっと新しいものがすぐに出てきた。

もしも、その逆があったとすれば。


「まさか、俺がなにかを失えば新しいものが手に入るのか!?」


「コタエ、オシエテ。ワタシ、ツキアウ?」


「べりーべりーおふこーす!!」


この国どころか世界中から嫉妬されそうな美人な彼女をものにできた。

これも自分の"呪い"のおかげだ。


手に入れようとすれば不幸になるし、手放せば幸運が舞い込んでくる。

もっと早くにこのシステムに気づけばよかった。


「ようし、俺はもっともっと幸せを手に入れるぞ!!」


俺はセレブ彼女にお願いしてトラックを自宅に横付けさせると、

そこに自分のありとあらゆる所有物をつぎ込んでいった。


母親はいきなり始まったエクストリーム家出に驚いていたが、

自分の"呪い"を理解していない人に説明しても理解はできないだろう。


下取り屋の前にはありとあらゆる自分の所有物が運び込まれた。


「これはすごい……いったいどうしたんですか?」


「俺のあらゆるものを下取りしてほしいんです!」


「そんなことしたら、あなたの手元には何もなくなりますよ。

 一度でも下取りしたら、取り戻すことは二度とできません」


「手放すのがいいんじゃないですか。

 これだけ手放すんだから、今まで想像できないほどの幸福が舞い込んできますよ!」


この先に幸運が待っていると思うと手放すのが惜しくなかった。

新しいセレブ彼女も下取りに出して、自分の服すらも下取りに出した。


「まいど。あなたのものはすべて下取りしましたよ」


「ありがとうございます!! さあ、失ったもの以上の幸運が来るはずだ!!」


すると、予想通り……というか予想以上の奇跡が起きた。


なんと雲の裂け目から光がスポットライトのように差し込み、

自分の体を明るく照らし始めた。


"私は神です……この声が聞こえますか"


「おいおいうそだろ! こんな幸運があるなんて!!」


自分がすべてを手放したことで得たのは神との交渉という幸運。

人類史をどれだけさかのぼってもこれほどの幸運はないだろう。


"あなたがこれまでずっと考えていた願いを叶えてあげましょう"


「ありがとうございます!!」


"あなたの願いは叶えられました。それでは私はこれで……"


「待ってください、神様! いったいどの願いを叶えてくれたんです!?」


神様は優しい声で答えた。


"あなたの体から"呪い"を解いて差し上げましたよ"



下取り屋の路上ではパンツ一丁の男がぽかんとしたままだった。


このあと、露出狂としてどれだけ社会的地位を失ったところで

なにか"呪い"から得られることはなくなった。

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