番外編4 魔法使いの弟子



 この度、サリアが主人公の新作を書きました。

「伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした」

 こちらへも宣伝がてら、番外編をのせてみました。ご興味がありましたら新作の方もぜひご覧ください。


 久しぶりの番外編なので、少し人物紹介。

 サリアは、「番外編 噂と真実」で、レイアとレン(クアッド)の「破廉恥」なあれこれを目撃してしまい、夜会でレイアを呼び出し注意をした悪役(?)令嬢です。

 一方、現在結婚を目前に控えたレイアは、相変わらず、クアッドに対しては免疫がありません。クアッドは結婚式を前に、本当の姿に慣れてもらおうと、日々頑張って(?)いるのですが……

 そんな時期に起きたサリア視点での一幕です。


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 私の名前はサリア=リルセット。

 魔術をこよなく愛する十七歳のうら若き乙女ですわ。

 先日、晴れて魔法使いの弟子となりましたの。


 私が弟子となった経緯は、そうですわね。我が国の魔術の司ベネディッティ家の次期当主であるクアッド様のとある秘密を見てしまったことに端を発します。

 魔術は秘するもの。

 この国では、魔術協会、魔塔、魔女など、魔術に関わる全てが表舞台に上がることはありません。

 その理由は、沈黙の魔術誓約の輪の中で守られているからなのです。

 そして私は幸運にも、クアッド様の秘密を見てしまったことにより魔術誓約を受け、この沈黙の輪の内側に入ることができました。私はクアッド様に秘密裏ながら実践的な魔術を教わる弟子としての立場を頂けたのです。

 弟子にしていただけたのは、誓約魔術のおかげというより、どちらかというと、クアッド様がレイアのお願いに負けたためでしたけれど。

 ちなみに、レイアは巻き込まれた形の私に心から謝罪してくださって、そこから私たちは親友ともいえる間柄になりました。

 そういうわけで、私は度々ベネディッティ侯爵家を訪れてクアッド様の研究室でお手伝いをしております。


 クアッド様の研究室は、ベネディッティ侯爵邸の地下にあります。

 クアッド様は週に一度魔術協会にお出かけになり、その際、色々な注文を持ち帰ってくることが多いのです。

 魔術と言っても、魔法学、口頭魔術、魔法薬、魔法陣魔術、魔道具と様々な分野があります。私が興味があるのは魔法陣魔術なのですが、これは難易度が高く、魔法学、口頭魔術をある程度収めた後でなければ学ぶことができません。魔法陣魔術の習得はなかなか進まないのですが、魔法学と魔法薬をある程度修めた最近では、私も魔法薬の作成に携わることができるようになりました。


 今日は、師匠であるクアッド様がご不在ですが、教会から依頼を受けた魔法薬の作成をするのが弟子である私の仕事です。結婚式の近いクアッド様とレイアは非常に忙しく、私も最大限師匠のお手伝いを買って出ています。

 もちろん、表向きはレイアとのお茶会です。

 朝からベネディッティ公爵邸を訪れ、レイアに申し訳ないと謝られながら私は研究室で黙々と作業を続けています。

 その日、作業の合間に周りを見回してその魔道具を見つけたのは、ほんの偶然でした。棚に無造作に置かれた砂時計は、私の記憶が正しければ、数日前まではなかったもの。何の変哲もない砂時計は普段なら気にならないのですが、何だか私は気になって手を伸ばしてしまいました。

 ひっくり返して気になった訳が分かりました。側面に魔石をはめ込む台座が埋め込まれているのです。

 ――魔道具だわ。

 私は、嬉しくなって、師匠に教わったばかりの魔術の呼吸を繰り返し、じっと集中します。すると、魔力の残滓でしょうか、ぼんやりと周囲が光って見えます。

 その時、何の前触れもなく、バタン、といきなり扉が開けられました。

 ふわっと風が吹き込み慌てて机の上の書類を押さえようとした私は、あろうことか、その魔道具を落としてしまったのです。


「忘れものをした!」

「クアッド様、そんな風にいきなり扉を開けたらレイアが驚いてしまいます」


 部屋に入って来たクアッド様とレイアの前で、その魔道具は無情にも床に落ち、かけらが飛び散ってしまいました。


「申し訳ありません! 私ったらなんてことを!」


 クアッド様は、無言で魔道具を拾い上げると、ひっくり返したり光にすかしたりして真剣なまなざしでそれを見ています。


「これはダメだね。残念ながら壊れてしまったようだ」

「すみません。本当に申し訳ありません」


 魔道具は非常に高価なものです。私は必死で頭を下げます。

 どんな魔道具かは分かりませんが、魔術の司ベネディッティ家にある魔道具です。価値あるものに違いありません。

 師匠は、ふうっと大きく息を吐きました。


「まあ、仕方ない。こんなところに忘れてしまった僕も悪かったし、急いでいたからと急に扉を開けたのも悪かった」

「私が手に取ったりしなければ……」

「過ぎたことは仕方ない。これから気を付けてくれればいいよ。サリア嬢、君はそのまま作業を続けて」

「――はい」


 弟子になってからというもの、厳しい態度ばかりだった師匠の珍しく優しい様子に私は胸が痛くなりました。

 顔をあげると、そこにいた真っ青な顔をしたレイアと目が合います。


「レイア?」


 レイアは、いつもの愛らしい明るさに満ち溢れた笑みではなく、悲壮感の漂う表情でクアッド様の手元を見つめています。


「仕方ないだろう。レイア。これは、ここで壊れる運命だったんだよ。サリア嬢のせいではないのは分かっているだろう?」

「え、ええ。そう、もちろんそうですわ。サリア様に怪我がなくて本当によかったです」

「あの、私、レイアに何かしてしまったのかしら……この魔道具は……」


 私は気が付きました。

 そうです。この魔道具は、もしかして、クアッド様の姿変えの魔道具でしょうか?


「だい、大丈夫です。サリア様、お気になさることはありません。わ、私、がんばりますから」

「うん、僕もつきあうから」


 クアッド様は蒼白なレイアをなだめながら、何やら耳元で囁きを繰り返し、レイアを赤くしたり青くさせたりしながら去っていきました。

 頑張る頑張らないの下りは良くわかりませんが、姿変えの魔道具がお二人の出会いに関わる大切な思い出の品であることは、私も存じております。

 この魔道具が壊れたことがレイアを悲しませていると思うと、彼らが許してくれたとしても私自身が自分を許せません。

 私は、親友のためにできることをしようと固く心に誓いました。


 その日から、毎日、私は魔道具の解明に明け暮れました。

 私にわかるのは、魔道具の動力が、魔石の魔力であり、そこから力を受けて魔道具が作動する事、魔道具にはおそらく魔法陣が書き込まれていること。そして、落として欠けた部分の不具合で魔道具が機能不全を起こしていること。

 今の私には、魔法陣を見る技能も読み解く知識も足りません。でも、魔道具を直すための魔法薬の材料に関する知識ならあります。

 できる最大限を為すこと。


 ――おそらく、この方法ならば!


 そして、それが完成したのは結婚式の三日前でした。

 心身共にぼろぼろになりながら完成させ、地下の研修室から出てくると、運よく師匠を捕まえることができました。


「師匠! この魔道具、直すことができました。見てください、欠けてしまった軸を、魔力を通す素材を合成してつなぎました。全く同じ魔力の伝導率は無理だったので、補強材の大きさを変えて魔力が共振するように改良したんです。理論的にはこれで大丈夫なはずです。試してください!」

「――さすがサリア嬢だね。君が直せるとは思わなかったよ。大丈夫、僕の目から見てもこれならば、使えるのがわかるよ。――まさか、魔法陣が見えない君がそんなやり方で直してしまうとは……油断した」


 レイアも喜んでくれるかしら!? 師匠の最後の一言はよく聞こえませんでしたが、物事を成し遂げたという興奮と達成感とに酔いしれる私は気にもなりませんでした。


「これでレイアも喜びますよね! お二人の大事な思い出の品だもの。私、レイアに伝えてきます」

「いや、今日はレイアはちょっと忙しいんだ。僕から伝えておくよ。ありがとう、サリア嬢」

「お願いしますね!」


 私は、心の霧が晴れたかのような爽やかな気分で家路をたどりました。


 そして、迎えたレイアの結婚式。

 かわいいレイア。

 クアッド様の溺愛は有名ですが、そのしぐさの一挙一動に照れまくるレイアのなんと可愛いらしいこと。

 二人で並ぶ姿はなんて素敵なんでしょう。

 鬼のような師匠も今日ばかりは、愛らしいレイアを飾る添え物としての役割を十分に果たしています。

 私は、親友の結婚式に酔いしれて幸せな一日を過ごしました。


  ◇◇◇◇◇◇


「結婚式ではとても素敵だったわ。レイア」

「来てくださってありがとう。サリア様」


 今日は久しぶりにレイアの元を訪れました。

 近況報告に花が咲きます。

 魔法使いの弟子としてのお勤めもさすがに結婚休暇ということでしばらくお休みをしていました。クアッド様の手伝いと魔術修業も、今日久しぶりに再開するのです。


「私、二人の思い出の品の魔道具を壊してしまってとても心苦しかったのだけど、結婚式までに直すことができて本当によかったわ」

「え……」

「二人の結婚式をとても晴れやかな気持ちで向けられたもの。ああ、レイアったら本当に愛らしかった……どうかされた?」


 突然無表情に固まるレイアの姿を、私は訝しく見つめます。

 その時、ちりっと心の端にある感覚が走ります。

 まあ、来たわね。

 私とクアッド様は、結ばれた魔術誓約により、なんとなくお互いの接近を感じ取れるようになってしまったのです。ありがたくないことに。

 しかし、廊下を足音をたてて駆け込まれてくるなんてあの方らしくない事。

 よっぽど急いでいるのでしょうか?


「やあ、サリア嬢、久しぶりだね。仕事が溜まってるんだ、さあ、研究室に……」

「クアッド様」


 私とクアッド様は思わずぎょっとして顔を見合わせてしまいました。

 地の底から這いあがるような声が、彼女のものとは思わずに声の出どころを探ってしまったのです。


「壊れたっておっしゃってましたよね。もう直らないって」

「いや、壊れてたよ。直らない、と思っていたんだ」

「結婚式の前にサリア様が直してくれたって」


 ちっという舌打ちは私の聞き間違いではないでしょう。


「私が、クアッド様とそういうことするのが苦手だって知ってて隠したんですか!? 私からレンを取り上げて!! 私は、レンとがよかったのに!」


 目的語がないのですが、何を、などと考えたら負けです。


 そして、私は気づいてしまいました。

 なぜ、私はあの時、魔術誓約で結ばれているはずのクアッド様が近づいたのが分からなかったのでしょう?

 なぜ、私が魔道具を持った瞬間にタイミングよく扉が開けられたのでしょう?

 なぜ、レイア命の師匠が、階段でレイアの手を放してまで研究室へ駆け込んできたのでしょう?

 なぜ、扉が開いた時、あんなにもタイミングよく風が吹き込んできたのでしょう?

 なぜ、飛び散った魔道具のかけらがあれだけ研究室を探しても見つからなかったのでしょう?


「壊れたからって私、だから、がんばったのに! だって、レンとが良かったのに!な、なな、な、なんで。私がどれだけ!」


 真っ赤になって泣きながらクアッド様を睨みつけるレイアは、――正直言って可愛いだけでした。

 重ねて言いますが、何を、とは考えたら負けです。


「もう、クアッド様なんか知りません!」


 ドアをばたんとしめて、レイアは部屋から飛び出して行ってしまいました。


「「か、かわいい」」


 私達はお互いに顔を見合わせます。クアッド様と被ってしまいました。


「わかるか!? サリア嬢! あの顔がたまらなくてついついいじめたくなってしまうんだ。彼女はクアッドの僕だと、君のいう破廉恥な行為がどうしてもできなくてね、でも、さすがに結婚式の日は無理をしてでも僕に合わせてくれたんだよ。恥ずかしがりながらも堪え忍ぶ、けなげに頑張るあの姿がたまらなくて」

「……」


 最低です。

 本当に、なぜこんな男が令嬢たちに人気があるのかさっぱり分かりません。

 私は無言で師匠を置いて部屋を出ました。

 レイアの部屋から、滅びればいいのに、とぶつぶつつぶやく彼女を連れ出します。

 レイアが黒くなっています。

 これはいけません。


「レイア、私のうちにいらっしゃい!」


 その後、レイアは私の家に泊まりに来て、クアッド様が平謝りして迎えに来てもしばらく帰りませんでした。


 新婚の夫妻の不仲説、そして、私がクアッド様との仲を羨んで拉致した説――まあ、間違いじゃありませんが――が社交界に一時期流れましたが、ヤリス公爵家とベネディッティ侯爵家が必死にもみ消したようです。


 ――クアッド様、魔法使いの弟子を怒らせたら怖いのですよ!


 横暴もほどほどになさいませ!





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交響詩『魔法使いの弟子』とかけてみました。

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