番外編3 魔女と魔女の秘薬とはじめての……(side:クアッド)


 汗ばむ夏の夜半。

 その日、レイアと俺は、公爵家主催の舞踏会に招かれ、楽の音とダンスを楽しんでいた。この家はお抱えの楽師が自慢で、人々は皆、音楽を楽しみ、思い思いの贅をこらした装いで華やいでいる。

 淡い緑のレースを裾と胸元にあしらったドレスを着たレイアは、中でも際立って可愛らしい。

 じっと見つめるとレイアは目の縁を赤くして顔を伏せる。


 庭園に誘い、二人きりになると、俺はレイアの腕を浮かんで抱き寄せようとした。

 が、するりと逃げられる。

 

 あの騒動から二か月が経ったが、クアッドの姿で、レイアとキスをしたことがない。

 始めは、もの慣れないレイアが可愛くてからかっていたが、さすがにそろそろ慣れてほしかった。


 逃げられると、嗜虐心があおられる。

「レイア、キスしたい」

 建物の壁と腕で閉じ込めて囲ってみた。

 涙目になっている。かわいすぎる。

「無理……無理です」

「なんで、昨日はしただろ?」

 レンの姿の時に。

「どうしてできないの?」

「その、れ、レンは、好きな人で、恋人で、触りたいし、くっつきたいし、なでてほしいし、き、キスだってしたいんだけど……むしろ、私からできちゃうんだけど」

 レイアは、レンに対する愛情表現が過多だ。あまりのストレートさに、また俺はやられてしまった。

「クアッド様は、す、素敵すぎて気後れしてしまうんです」

 クアッドの時の姿が好みでないなどという理由でなくて本当に良かった。


「わかった。じゃあ、早く慣れないといけないね」

 そうじゃないと結婚式の後困るだろう? と思わず囁いてしまったのだが、それはやはりからかいすぎだったようだ。

 レイアが真っ赤になってうずくまり、しばらく動かなくなってしまったので、少し反省している。


 俺は、レイアがクアッドの姿に早く慣れるために、旅行に行く計画をたてることにした。旅行なら、一日中二人でいられる。

 ……もちろん、部屋は別だ。侍女も侍従も連れていく。



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「師匠、来月休みが欲しい」

「は? 何言ってんだいクソガキ! 来月はね、魔術協会への試薬の納品とか、隣国の王家の依頼とか、色々忙しいんだよ!」

「……やるべきことは全て終わらせていく」

「生意気言ってんじゃないよ、このひよっこが!」

 魔女グエンドリンは、容赦ない。白銀の髪に赤い瞳のこの妖艶な魔女は、人を馬車馬のごとくこき使うのが得意な、俺の魔術の師匠だ。ちなみに年齢不詳だ。

 ティントの魔術の司たるベネディッティの後継者は、代々この魔女に師事することが決められている。父もこの魔女には頭が上がらない。

 俺のノルマとして振り分けられた仕事が全て前倒しで終わっているのを確認したのだろう。グエンドリンは、少し満足したのか調子を変えた。

「理由を言ってみな。まあ、内容次第では考えてやるよ」



「あーっはっはっは!」

 全て吐かされた。ダメージが大きい。

「面白い! ほんとにおもしろいねえ! いいよー。私はそういう話は、大好きなんだよ。可哀そうなお前に、これをやろう。ちょーっと正直になる薬だよ。お前の子猫ちゃんに飲ませてあげな。色々楽しいことになるかもしれないよ」

 媚薬か? しかし俺はそんなことは!


 ……受け取ってしまった

「その代わり、成果は、ちゃんと聞かせるんだよ」

 グエンドリンは、にやりと口の端をあげた。

 はっと思う間もなく、グエンドリンの手に魔法陣が発現し、俺の心臓めがけてその輝きが収束されていく。

 やられた、魔術誓約をかけられてしまった。


 グエンドリンは、色恋話が大好きな魔女だ。そういった関係の依頼も多い。

 しかし、常々、なぜ依頼人はあんなに赤裸々にグエンドリンに全てを打ち明けているのかと不思議に思っていたが、これか!!

 あの腐れ魔女!


「ちなみに、その薬は捨てられないからね。持ち主のお前が最後の1滴まで使い切らないと、この誓約は切れないよ」


「あー、楽しい!」


 こうしておもちゃにされることが確定してしまった。

 レイアには絶対に言えない……。



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 王都の郊外。

 馬車で2時間ほどの場所に、その湖はある。

 静かな森と、清涼な水に囲まれたその地は、暑い季節には、避暑地として好まれる場所だ。

 俺は、プライドと引き換えにやっとの思いでもぎ取った休暇を使い、レイアと泊りがけの旅行をすべく、その場所を訪れていた。

 重ねて言うが部屋は別だ。


「素敵ですね。クアッド様」

「ああ、ここは湖が美しく、湖水遊びが有名だ。あとで屋根付きの小舟で湖に出よう」

「はい!」

 

 最近、なんとなく落ち込んでいるような雰囲気があったレイアだが、今日はとても表情が明るい。気のせいだったかもしれない。

 俺は、最近ではレイアにクアッドの姿に早く慣れてもらうために、レイアの前でレンの姿をとらないことにしていた。今回の旅行でもレンにならないと決め、姿変えの魔道具はおいてきた。

 レイアとクアッドとの時間を重ねていくことで、お互いの距離が早く狭まるといい。


 5人ほどが乗れる広さの屋根付きのその小舟に、俺とレイアは向かい合って座る。船頭が船を操り、湖の中心付近まで漕ぎだす。


「風が気持ちいいですね! 私、舟遊びって初めてです」

「ああ、喜んでもらえると連れてきたかいがあるよ」

 遠くの景色や水を眺めて楽しむレイアの顔を眺めて自分も楽しくなる。

 レイアは、少し肌寒くなってきたのか、肩を少し震わせたので、俺は、自分のジャケットを脱ぎ、レイアにかけた。

 すると、その時、上着のポケットから師匠の小瓶がレイアの膝に転がり落ちた。

 俺は、さっと青ざめた。

 師匠の薬のことなど、本当にさっぱりと忘れていたのだ。

「きれいな小瓶ですね」

 レイアは、その小瓶を手にもつと、陽の光にかざす。

「あ、ああ、師匠にもらった香水だ」

「においをかがせいただいていいですか?」

 レイアは、断られるとは夢にも思わず、瓶をあけてしまう。

「ちょ、ちょっと待って、レイア」

 俺が慌てて、取り上げようと体を動かしたので、船が大きく揺れて、レイアの顔に小瓶の中身が少しかかってしまった。

 慌ててレイアの手から小瓶をとりあげて蓋をする。

 レイアは、取り出したハンカチで顔を拭いている。

「大丈夫か?」

「はい、いい匂いですね」

「……ああ」

 使うつもりはなかった。

 いや、使うにしても、こんな真昼間っからはないだろう。

 いや、違う、断じて使うつもりはなかった!!

「船を岸にもどしてくれないか」

 船頭に声をかけると、慎重にレイアの顔を見る。


 やはり様子がおかしい。目の焦点が合わず、熱に浮かされたような表情を浮かべている。

 レイアは、俺の肩をいきなりつかんだ。

「クアッド様、ずるいです」

 とろんとした、レイアの目が俺の視線をつかんで離さない。

「なんで、こんなにきれいなんですか? ずるい」

「いや、レイアの方がきれいだよ」

「うそばっかり。こんなにお美しいのに。背も高くて、ふるまいも優雅で素敵なのに、中身まで優しいなんて、ずるいです」

 レイアは、話し続けるのをやめない。

「わたし、こんなに好きなのに、いつ飽きてしまわれるんでしょう? いいえ、ほんとはもう飽きてしまったんでしょう?」

 のぞき込むように顔を近づけてくる。

「だって、最近、してくださらないもの」

 船頭がゲホゲホとせき込んでいる。

 誤解を招く発言はしないでほしい!

 ひょっとして、最近レンの姿になっていなかったので、あまり彼女に触れられなかったことを言っているんだろうか?

 当然、クアッドの姿でのあれこれは、レイアが拒否するので、そういったことはしていなかった。

 むしろがまんした俺をほめてほしい。

「最近してくれなくなったのは、私に飽きちゃったから?」

 ……媚薬ではなかった。

 これは、師匠の発言そのまま、正直になる薬。自白剤の類だった。

 想像した自分が恥ずかしい。

「ねえ、それとも、私がレンに色々しちゃうのがいやになっちゃった? だって、私、レンの事大好きなのよ。可愛くて、可愛くて仕方なくて、色々触りたくなっちゃうの。抱きしめたくなっちゃうの。なれなれしい私が嫌になっちゃったの? お願い、私の事、嫌わないで」

 最近落ち込んでいた理由はひょっとしてこれだったのか。

 全く、この可愛い生き物をどうしてくれよう。 

「ねえ、レイア、そんなことないよ。僕は、今も君を抱きしめてキスしたくて仕方ないよ。でもね、この姿だと、君がいやがるだろう。だから我慢してたんだよ」

「どうしてレンになってくれないの?」

「公の場では、レンの姿ばかりでいられないだろう。だから、慣れないといけない。クアッドの姿でレイアを抱きしめられないのは、僕もつらいんだ。だから、レイアも頑張って慣れてほしい」

「ねえ、レイア、目をつぶってみたらどうかな」

 ふと思いついて言ってみた。

 レイアは素直に目をつぶる。

「僕は、レンだよ」

 そして、レイアの頬をなでる。

「クアッド様、声もだめ。話さないで」

 全く。

 そのまま頭をなで、肩をなで、腰をなでた。

「手は、手は、レンと同じだわ」

 目をつぶったまま、レイアはつぶやく。

 俺は、レイアをそっと抱きしめる。

 ……レイアは抵抗しなかった。

 そのまま、レイアに、キスをした。


 ――クアッドとレイアとの初めてのキスだった。


 げふんげふん。

 気の利かない船頭だ。俺は、かまわずキスを続けたが、周りからの拍手で、顔を上げた。

 気づくと、小舟は岸につき、船着き場の大勢の人たちが俺達の姿に注目していた。

「ふええっ??」

 レイアは、真っ赤になって俺の胸に逃げ込む。かわいい。

 俺は、レイアを胸に抱えたまま、片手を胸にあて、頭を下げた。さらに大きな拍手が沸き上がる。

 祝福されるのは気分がいい。

 ただ、今のレイアの顔は誰にも見せられない。


 俺は、レイアを胸に抱えたまま、船頭にもう一度湖に出るよう告げたのだった。



 こうして、レイアとクアッドは、無事初めてのキスをすることができた。


 でも、まだまだ慣れる必要がある。

 半年後の、来るべきその日――二人が誓いを交わすその日までに。




---あとがき

(格差婚約シリーズ2作目も投稿始めてますので、よかったらそちらもご覧ください)

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