番外編2 噂と虚実


 今日は、王宮で王室主催の晩餐会がある。

 隣国の大使と留学生の歓迎会ということで、若い世代が多く呼ばれている。


 私は、侯爵家の名代としてクアッド様と一緒に出席する。

 クアッド様に贈られたドレスに、アクセサリーは以前贈られた孔雀緑のエメラルドのネックレスだ。


 巻いてアップにした髪もきれいに仕上がっていて、クアッド様にほめていただいたけれど、私はクアッド様の顔が見られない。


 こないだやらかしてしまったあれこれのため、恥ずかしくって顔を上げられないのだ。

 あの後、気が付いたらレンの膝の上にいて、なかなかおろしてもらえなかった。

 なんか、ぼーっとしているうちに色々触られてたような気もする……。


 だめだ! これ以上は思い出してはいけない。


 クアッド様は面白がって、よけいにからかってくるし、馬車ではいつも以上に離れて座った。




 クアッド様のエスコートで会場に入ると、ふと、違和感を感じて目線をあげた。 

 あれ? なんだろう?

 なんか見られている気がする?


 初めての夜会以降、そんなにみられることなんてなかったのに。

 クアッド様がいつにもましてキラキラオーラ満載だからかも。


 クアッド様と一緒に、留学生の方と文化の違いを語りあうなど楽しい時間を過ごしたしたあと、クアッド様は学園の知り合いに声を掛けられ、そちらへと向かうことになった。


 あまり知り合いのいない私は、壁の花だ。

 すまなそうにするクアッド様に軽く手を振る。






「ボノセッティ嬢、少しお時間よろしいかしら?」


 そんな中、私はとある方に声をかけられた。

 ストレートの赤毛をハーフアップにされた、はっきりとした目鼻立ちの迫力美人だ。

 ちんまりした私とは違い、すらっとスレンダーで背の高いその方は、私を好意のかけらもない目で見下ろしてくる。


「はい。あの……」


「失礼。私、サリア=リルセットと申しますの。人前でお話しするような内容ではないので、別室でお話させていただきたいのですけど。ついてきてくださる?」


 リルセット伯爵令嬢! 以前、クアッド様をサロンに誘おうとなさっていたヤリス閣下の姪御さんだ。



 婚約者としては、受けて立たないわけには行かないわよね。

 相手は、徒党を組んで、というわけでもない。おひとりだ。

 噂に聞くような集団いびりなどはきっとないだろう。

 それに、今回は王城での夜会だ。警備の近衛も多数いる。いざとなったら大声で叫べばよいし、めったなことはおこらないだろう。


 私は、近くの給仕に、クアッド様宛の少し席を外すという言伝を頼んで、サリア様の後に続いた。



 サリア嬢は、気分が悪くなった方や、商談向けのいくつかある個室に入り、他に人がいないのを確認すると扉を閉めた。


「単刀直入に申しますわ。ボノセッティ様。あなた、平民の男性と逢引きしてらしたわね」


 私は固まってしまった。

 まさか! あの時見られていた!

  

「先週、わたくしと数名の令嬢方で丘の公園へ散策に行った時、あなたとある男性とがそこにいらっしゃるのをお見かけしましたの。

 皆様、あなただとしきりにおっしゃるのですが、私、本日の夜会であなたに直接伺うから、それまではめったなことを申し上げないように口止めしたんですの。

 ただ、口の軽い方も何人かいらして、どうもすでに噂になってしまっているようですわ」


「あっ……あの、それは、その……」


 あれを見られてたなんて!

 体がかっと熱くなる。

 どもってしまった私をみて、彼女は、はーっと大きくため息をついた。


「その慌て様、真実でしたのね」

 しまった。ごまかせばよかったのに思いっきり動揺してしまった。


「あきれましたわ。先日の夜会などを拝見して、かりそめの婚約者ではあっても、あなたはきちんとお役目を果たしていると、私、あなたを認めてましたのよ。でも、いくら何でも、あれは、クアッド様に不誠実ではなくて? 不誠実どころか、相手が恋人だったとしても、あれはちょっと破廉恥なのではないかしら」

 

 あ、まだ間に合わせ婚約者だと思われてるんだった……。

 じゃなくって。


 それで、さっき、会場にはいってきたとたんやたらじろじろ見られてたんだった……。

 じゃなくって!!


 そんなどうでもいいことは頭に浮かぶのに、恥ずかしいのと焦燥感とで、一番大事なことはどうしてよいかわからない。

 

「このことは、私からクアッド様にお知らせさせていただきます。いくら何でも、あんな破廉恥な行いを婚約者以外の方となさるような方が、一時的とはいえ、婚約者にふさわしいとは思えませんわ。それでは、失礼いたします」


 私が、あわあわしているうちに、彼女はくるりと背を向け、扉に向かう……と、個室のドアがガチャリと開いた。


「その必要はないよ」

 入ってきたのはクアッド様だった。

 よかった。もう、私ではどうしてよいかわからなかった。


「申し訳ないけど、話は聞かせてもらったよ」


 クアッド様にいつもの微笑みはなく、冷たい表情で、かなり不機嫌なのがわかる。

 サリア様は、いつもと違うクアッド様の様子に、気をよくして話始める。

 クアッド様の冷たい視線は、私に対してだと思っているんだ。


「それでしたら話が早いですわ。この方は、あなた様の婚約者でありながら、平民の男性と逢引きしてらしたのよ。それも見間違え様もないほど、破廉恥な行為をなさっていたわ。婚約者でない方とのあんな破廉恥な行為、到底許されるものではありませんわ。社交界にいられなくなるんじゃないかしら? こんな破廉恥な方とはご婚約を考え直されるよう、進言させていただきますわ」


 この人、破廉恥、破廉恥って何回言えば気が済むの!!

 もう、私はいたたまれなくってしょうがない。

 クアッド様は、むしろ、なんでそんな平気な顔してるわけ!?

 半分以上あなたのせいでしょう!!


「サリア嬢、君は、何を思って、その話を僕に伝えてくれたの? それは、僕のため、ということでいいかな? あなたは、正義感でこの場を設けてくださったと」


 クアッド様の冷たい冷気を受けて、サリア様は一瞬鼻白む。


「ええ、もちろんですわ。私、曲がったことが大嫌いですの。それに、クアッド様、あなたが不幸になったり、こんな破廉恥な婚約者のせいで後ろ指をさされるのは、我慢できませんわ」


 わーん、また破廉恥って言ったー。

 私、だんだん自分が破廉恥な人間な気がしてきた……。


「それでは、サリア嬢、僕の幸せのために、僕の不名誉を雪ぐのに、お力をお貸しいただけないでしょうか? ご協力いただけるのであれば、あなたと特別な約束をしたいのです」


「ええ、よろしいですわ!」


 そこでクアッド様は初めて微笑んだ。なんか、クアッド様が黒い。

 不穏な気配が言葉の端々から漂ってくる。


「その発言は、契約の了承ととらえます。ティントの魔術の司たるベネディッティの名において契約を執行する。」


「え?」


 クアッド様の手に魔法陣が発現する。

 青く輝くそれは、驚くサリア様の胸に、瞬く間に吸い込まれていった。

 私は初めて見るそれに呆然とする。サリア様も同様だ。


「さて、了承いただけましたので、お見せしましょう。真実を」 


 そして、クアッド様は姿変えの魔道具を取り出し、私たちの前でレンへと姿を変えた。


「もう心配いらない。おいで、レイア。」


 そしてレンがいつもするように、腕を広げた。

 私は、それを見たら、もうだめで。

 レンの腕の中へ飛び込んでしまった。


 パニックになっていた私をだきとめたレンは、私の耳元へ囁く。


「誤解をとくためには、このぐらいは必要だよね」


 これをされると私は、何だかわけがわからなくなってしまう。

 抱きしめられて、目に、頬に、こめかみに、唇にあちこちキスされて。

 

「一番破廉恥なのは、レイアじゃなくって、僕みたいだ」


 口づけはどんどん深くなって、私は頭がくらくらしてきた。

 レンは、口づけの合間にちらりとサリア様を見る。


「変な噂がたったら、レイアが僕にこういったことを許してくれなくなるだろう?  それはとっても困るんだ。協力してくれるよね。」


 顔を真っ赤にしてこくこく首を振っているサリア様が横目に見えた……。


 私がぼーっとしている間に、レンは、魔道具を再度使ったようだった。

 クアッド様の姿に戻る。

 そして、そのまま、私の頭をなでて、もう一度キスを……。


 パシーン!


 はっ。またやってしまった!!


 おそるおそるクアッド様の顔が見ると、それはそれはいい笑顔をされていた……。




 サリア様は、そそくさと席を外し、気が付いたら、部屋には、クアッド様と私だけだった。

 クアッド様は安心させるように微笑む。


「彼女には、姿変え魔術の守秘義務と、レイアの噂を消す努力をしてもらうという条件の魔術契約を受けてもらった」


「ただね、噂を消すには、やっぱり僕たちの仲がいいところを人前で見せるのが一番だと思うんだよね」


 クアッド様は、とてもいい笑顔だ。


「レイア、協力してくれるよね?」



 そのあとの夜会は、もう、顔から火が出るかと思った……。



-------


 その後。


 私は、なんの落ち度もないサリア様に魔術契約をさせてしまったことに非常に申し訳なく思っていたのだが、実は彼女は大喜びだったことが後からわかった。


 彼女のサロンは、魔術研究のサロンで、魔術契約という形で魔術にかかわれたことに非常に感激していたらしい。


 魔術サロンに呼ばれると、守秘義務に縛られたクアッド様は、かなり神経を使うことになるらしく、それでサリア様のサロンへの参加を渋っていたという落ちだった。


 クアッド様は、そんな彼女のことをよくわかっていて、あの魔術契約に踏み切ったらしい。

 なんか悔しい。



 私は、サリア様がクアッド様に好意をもっているんだと思ってたんだけど、それは誤解で、彼女は本当に正義感で私を別室に呼んだのだそうだ。



 そんな彼女と私は、結構馬が合って、なかなかよいお友達になれたのだった。



---あとがき

(格差婚約シリーズ2作目も投稿始めてますので、よかったらそちらもご覧ください)


 



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