番外編1. 噂と真実(side:レン)
今日は、週に一度の魔術の師グエンドリンの元を訪れる日だ。
グエンドリンは魔術街の隠された住処に住んでいるが、魔術師の例にもれず、姿変えの魔道具で姿を変えている。
外向きは壮年の男性だが、実の姿は妖艶な美女である。
ちなみに先日の婚約破棄騒動の後、師匠のところまでレイアが会いに行っていたと聞いて、師匠に怒りをぶつけたところ、守秘義務を持ち出して逃げられた。
絶対面白がっていたに違いない。こういう恋愛がらみのあれこれが大好きなのだ。
グエンドリンの元を訪れた後は、彼女とレンの姿でデートを楽しむ。
今日の待ち合わせ場所は、先日も来た丘の上の公園だ。
街を見下ろせる高台で景色がよいが、人もさほど多くなく、ベンチや涼しい木陰などリラックスできる雰囲気が気に入っている。
レイアは、先に来ていたらしく、俺に気づくと、ぱっと目を輝かせ、走り寄ってきた。
「レン!」
レイアと会うのは、先週の夜会以来、1週間ぶりとなる。
今日のレイアは、町娘がよく着る、上半身は七分袖で、丈はふくらはぎまであるエプロンドレス姿だ。
最近は、胸を強調する形が流行っているらしく、襟ぐりが結構空いていて、視線をどこにやればよいか非常に悩ましい。
レイアに言わせると胸の形をきれいにみせるのだとか。
そういうことは、俺に言わないでほしい。
どういう反応を返せばいいというのだ。
彼女は、自分が魅力的な体つきをしていることに気づいているのだろうか?
夜会の服は、彼女の体を必要以上にさらさないものを選んで贈っているが、街歩き用の服も、これからは自分が選んで贈ることを心に決めた。
俺が腕を広げると、レイアは、ごく自然に飛び込んできて俺の背中に腕をまわした。
俺もそのやわらかい体を抱きとめる。
「今日は、お師匠様に絞られなかった?」
「……」
「絞られたのね」
レイアはくすくすと笑いながら、伸びあがって俺の頭をなでる。
レイアは、レンに会うといつもスキンシップ過多だ。
そもそもの距離感が近い。
クアッドの時の抵抗が噓のようだ。
いや、彼女の名誉のために言い方を変えよう。
彼女が自分から触れてきやすいよう、誘導するようにふるまっている自覚はある。
しかし、クアッドの時の鬱憤がたまっているのだ。目をつぶってほしい。
先週の夜会ではエスコートとダンスで触れる以外、全く許してもらえなかった。
「かわいそうなレンのために、お姉さんが今日は、お手製のクッキーを焼いてきました!」
年下扱いに腹が立つ。
クアッドの時は、あんなに照れまくるくせに。
「あ、怒った? ごめんごめんー。」
何も言わない俺の表情を敏感に感じ取って彼女は俺の目を下から覗き込んだ。
その上目遣いも腹がたつ。
あざとい……。いや、わかってやっていないだろうから、これは違うのか?
どちらにしろ、俺には効果抜群だ。
悔しいので、強引に腰をよせて、耳に顔をよせて囁いた。
「食べたい」
「っ、うっー」
途端に彼女は耳まで赤くなった。
彼女は耳が弱い。ちょっと息がかかるだけですぐに反応する。
しかし、言葉の意味は分かってはいまい。
俺が本当は何が食べたいかなんて。
俺は、彼女の手をとって、人の目がつかない木陰へと導いた。
二人でクロスを広げて、座り込む。
広めのクロスだが、わざと半分に折って先に座った。
場所がないので二人でくっついて座らざるを得ない。
「ど、どうぞ」
彼女はクッキーをバスケットから出して差し出した。
俺は、じっとみつめた。
「……」
彼女は、おずおずとバスケットからクッキーを出して、俺の口元まで運ぶ。
頬を赤くしながらじっとこっちを見つつ、そこで、手だけでなく、体ごと近づいてくるのが彼女だ。
必死に胸元に視線が行かないようにする。
ほんとは、わかっててやってるだろう!?
また悔しいので、クッキーを一口二口かじり、最後は、彼女の手も舐めてやった。
「っ、うー」
俺も調子に乗っていることを認めよう。
彼女が、レンに対しては本当に怒ったり抵抗しないのをいいことに、色々としてしまっていることは否めない。
彼女はそれでも、レンから離れていかない。
お互いに視線が絡んで、どちらからともなく顔をよせた。
ついばむようなキス。
彼女は、俺の首に手をまわしてくる。
彼女の体が俺に寄り添うように隙間なく重なる。
うれしくないわけがない。
……ないが、この年頃の男としては色々とまずいのだ。
俺は堪えられなくて、レイアの首の後ろを支えると、レイアの唇を奪った。
深く、もっと深く。押さえつけるようにキスをする。
レイアの力が抜けてぐったりとしてしまった。
しまった。やりすぎた。
でも、色々不味いことになっている体を見られなくてほっとした。
こんなレイアは誰にも見せられない。
俺はレイアを膝に抱えると、隠すように抱きしめて頭をなぜた。
幸せをかみしめながら。
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そして、数日後、レイアが平民の男と逢引きしているという噂が流れてしまった。
……困ったことに、噂は真実なのだった。
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