第7話 クアッドとレイア(side:クアッド)



 だからと言って、彼女と婚約解消する気にはならなかった。

 彼女と過ごした半年が楽しかったのは事実だし、一緒にいて落ち着くのは確かだ。

 どうせ婚約するのなら彼女の方がましだ。


 ただ、過去の記憶の彼女と、最後に会った彼女がどうしてもつながらない。

 やさしい彼女が、あんなことを言い出すのだけはよくわからなかった。


 一番考えられる可能性は、レンが彼女をあきらめやすくするために、地位と金目当ての女を演じた、ということだった。

 侯爵家との縁談は断れるものではない。


 レンに気持ちを残させないために。レンを思うゆえに。


 だとしたら、すぐに彼女にレンは自分だと伝えるべきではないか?

 彼女は今もレンを思い、心を痛めているのかもしれない。


 しかし、そう踏み切る決心がつかない。


 もし、本当に彼女がレンを捨てたのだとしたら?

 その可能性が捨てきれないのだ。


 「レン」がそこまで愛されていると思える自信がなかった。

 彼女がレンを見限って捨てたのだとしたら、レンが自分だと知らせることは、今後の二人の関係にプラスになるとは思えなかった。


 彼女は、何を考えていたのか明確な答えは出なかった。



 いろいろな気持ちに蓋をして、クアッドとしてこれからの彼女との関係をやり直すことにした。



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 数ヵ月がたった。だんだん打ち解けてきたような気がする。

 贈り物をすれば、丁寧な返事が返ってくる。


 夜会での彼女の嫉妬をのぞかせたり甘えたりする素振りには正直悶えた。

 嫉妬深い悪女を演じたかったんだろうが、彼女には無理だ。

 かわいいだけだった。


 よく気が付いて、やさしく本質を見抜く目もそのままだ。彼女の本質は何も変わっていない。


 そして、彼女に熱のこもった目で見つめられることはなかった。

 彼女は容姿と地位に優れたクアッドに気持ちを移した様子は見られない。



 このころには、もう気が付いていた。


 彼女はレンを愛していたのだろう。

 そして、レンにあきらめさせるために、あのようなふるまいをしたことは確実だった。


 彼女は、どれほどの覚悟を持って、クアッドとのこの婚約を受け入れたのだろうか?


 相手を思い、それゆえに相手を傷つけ、自分も傷つく覚悟を持って。

 そしてそれを実行した彼女の強さを尊敬した。


 俺は、自分のふがいなさに腹が立ってしかたない。

 レンは愛されていた。彼女のその覚悟が愛しい。


 彼女にすぐにレンだと告げなかった後悔が押し寄せてくる。


 だが、すでに時間がたちすぎてしまった。

 今更告げることは、彼女の覚悟を踏みにじる行為でもある。


 それに俺は、既にクアッドとして、やり直す事を決めたのだ。


 クアッドとして彼女とは新たな関係が築けている。

 クアッドとして彼女に愛される未来も遠くないだろう。


 このままクアッドとして彼女を手に入れたい。


 レンを忘れさせる自信ならあった。正直うぬぼれていた。

 レンとしての自信はなかったが、あまたの令嬢を惚れさせてきたクアッドとしての自信なら過剰にあった。


 彼女との関係がレンとレイアに近くなってきたとき、俺は、彼女にあの薔薇を見せたくなった。

 もう、婚約という形だけの関係ではなく、心を通わせる次のステップに進んでもいいんじゃないか、そう思っていた。


 レンのことは知らないふりをして、彼女と新しい関係を作る。

 それはとても順調に見えていた。





 俺は知らなかったのだ。


 彼女は、覚悟を持って俺と婚約した。




 でも、彼女の覚悟は、レンを断ち切る覚悟ではなく、レンを思い続ける覚悟だった。




 そして、彼女にキスをしようとしたその日、それは崩壊してしまった。





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