第6話 レンとレイア(side:レン)
その日俺は、魔術を師事している師匠グエンドリンに会うために、魔道具で姿を変えて王都の商業区の中 でも小さな店が立ち並ぶ下町に出ていた。
グエンドリンの所在は一般の人々には秘されている。侯爵家との関係も公にはできないため、出入りには細心の注意を払う必要があった。
しかし、その帰りに姿替えの魔道具のコアパーツである魔石を紛失してしまったのだ。これがないと、元の姿に戻れない。
失くしたからといって、手がないわけでもないが、グエンドリンを頼るかと思うと、かなり気が重い。
あの魔術師は人を痛ぶる事にかけては、労を厭わない。
非常に面白くない事になる未来を予測して、暗い気持ちになっていた。
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「どうしたの?」
そんな時だった。彼女に声をかけられたのは。
初めは無論警戒していたが、今の姿ではいつものような心配はいらないはずだ。
それに、そろそろ捜索に手詰まり感が漂ってきていた。街に詳しい者の案内も欲しかった。
レイアは、なかなか要所を押さえた探し方をしていく。
しっかりしているし頭もよいのだろう。
しかし、最後の最後、彼女のとった手段は!
「にゃー」
そう来るとは思わなかった。
いや、鳴き真似までは分かる。
でも、顔を傾けたり、手を顔の横に上げて耳の形にする身ぶりとか、いらなくないか??
彼女は必死だ。自分が何をしているか気がついていないのかもしれない。
どうしよう、必死な彼女にこの時思ってしまった感情を何と表現すればいいのか?
笑えばいいのか、照れればいいのか、あきれればいいのか、いや違う。
これは萌えているのだ。
可愛すぎる。犬猫に思うような可愛いとは明らかに違っていた。
彼女は俺をどうしたいんだ!?
俺は、表情が崩れるのを隠せない。
そんな風に感情が揺さぶられることは本当に久しぶりで、そんな自分にびっくりした。
「にゃー」
そして、彼女が魔石を取り戻してこちらを振り向いた時、俺は彼女の愛くるしさにすっかりやられてしまったのだった。
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週に一度の師匠との勉強の合間に、レイアと会った。
一緒にいてこれほど心地よく過ごせる年頃の女の子には初めて会った。
俺は、貴族の付き合いもあり、人と会う機会も多い。
人前で常に微笑みを浮かべ、礼儀正しく装う俺に近づいてくる令嬢たちは多かった。
しかし、本質を隠し装う時間は、慣れているとはいえ心地よさとは無縁だ。常に緊張を強いられている。
姿変えの魔道具で全くの別人になってまでそんなことをする必要はない。
この姿は、レンなのだ。俺は、レンの姿では自分の本質を装うのをやめた。
しかし、別の問題が発生した。
レンの姿で、自分の本来の性質をさらけ出した姿――要するに、茶髪に黄土色の瞳の平凡な容姿で、無表情でぶっきらぼうなこの少年は、人に著しく悪い印象を与えるのだ。
師匠にいいように使われるため、街中での買い物や使いに回されることも多かったが、店員は見目や服装がよいものを優先するし、ひどいときは無視。対応されてもおざなり。
人を見下すようなぞんざいな扱いにはじめはとてもびっくりした。
物腰のせいかと思って、いつもの礼儀正しさに微笑みを浮かべてみたこともあったが多少ましになったぐらいで、ほとんど変わらなかった。
容姿と地位、それ以外に自分には価値がないのだと思い知らされた。
しかし、彼女は違った。
平凡な容姿に無表情でぶっきらぼう……今の容姿と地位のない自分に、それでも笑顔を向けてくれる彼女。
やがて、彼女の俺を見つめる視線からは、熱を感じるようになった。
本当の姿では多くの令嬢からいつも感じている慣れた視線。
不快に感じこそすれ、心地よく感じたことなどなかった。
それなのに、彼女に見つめられると心地よさを通り越して、得も言われぬ高揚感を感じる。
認めないわけにはいかない。俺は彼女に恋をしてしまったのだ。
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半年もたつ頃にはレイア以外考えられなかった。
真剣に彼女との将来を考え始めた。今年社交界にデビューした俺は、婚約者を早々に決めなければならない時期に来ていた。
町娘のレイア。
貴族の養女になってもらえば、結婚できないこともない。
ベネデッティと親戚になりたい貴族なんて山ほどいる。
父上は、爵位にこだわらず好きな方と恋愛結婚をした。
俺に対しては女性に関心がないことを心配しているぐらいだし、真摯に向き合えば、説得できると思う。
幸い、今の侯爵家は政略結婚に頼る必要がないぐらい基盤は盤石だ。
でも、まずはレイアの気持ちだ。
同じ気持ちを返してもらえないならば、これほどつらいことはない。
「じゃあ、俺と一緒にいてよ。俺と婚約しなよ」
頷くレイア。
もう、迷いはない。
そして。
「ボノセッティ……ボノセッティ……男爵家?」
男爵家の中でも
そういえば、3女が昨年デビューしている。
貴族……?
奔放にふるまう中にも、相手を不快感にさせない基本の所作、品の良さ。
ちょっとした知識も、読み書き計算も、一緒にいて不便を感じたことがなかった。
そういわれると腑に落ちることばかりだ。
なんてことだ、ハードルが一気に下がった。
初めて神様に感謝した。
「すぐに迎えにいくから。待っていて」
彼女は恥ずかしがって、走って行ってしまった。
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父からはもちろん、すぐに許しが出た。
正式な使いを送り、男爵家より了承の回答も得た。
侯爵家よりの申し込みを断れるわけがない。しかし、レイアは落ち込んでいるに違いない。
レイアに、早く魔道具での変身を解除した姿を見せて安心させたい。
魔道の秘密は正式に婚約者になってからでないと、開示できない。その規則が恨めしい。
いつもの週に一度の待ち合わせ。気がせいて先に来てしまった。
早くレイアと二人きりになって、魔道具の秘密を打ち明けなければ。
レイアがショックを受けて来ていない可能性も考えていた。
その場合は、すぐに男爵家を訪れる予定だ。
レンとして、いつもの場所に向かうと、レイアがいた。ほっとした。
慰めなくては。何も心配がいらないと。
でも。
「婚約が決まったの!」
彼女はすまなそうな表情を浮かべているが、内心の喜びは隠せていない。
「クアッド=ベネディッティ様。なんと侯爵さまになる方よ。素敵な方なんですって! 非常にもてる方で、社交界でもとっても人気だとか」
なぜそんなに喜べる? お前はレンと婚約を誓ったのではなかったか?
ああ、断れない地位の相手で、平凡な俺に勝ち目はないからあきらめろ、とそういうことか。
地位と容姿。結局彼女もおんなじか。
彼女は、ここに俺を振りに来たのだ。
彼女の気持ちは、俺とは違っていたということなのだろう。
俺は失意のうちにその場を去った。
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