どんなに衝撃を受けたとしてもしていいことといけないことがあるんだよ!

 お姉ちゃんが妊娠して、それを報告して、そのあと家を飛び出して……と聞かされて。


「家を……飛び出して……それで、まだ帰ってこないの? もしかして?」


 何とかそう声に出すと、お母さんはうなづき、お父さんは忌々しそうに大きくため息をついた。


 茶映さえお姉ちゃんは22歳、立派な大人だ。じきに日が暮れる時間ではあるけど、外出して帰ってこないくらいで騒ぐ年齢じゃない、普段なら。


 朝からあんなに体調が悪そうで、しかも実は妊娠しているなんて状況でなければ、ね。


 しかもお母さんの口ぶりからすると、「妊娠の報告」と「家を飛び出した」の間に、もっと色んな出来事があったんじゃないだろうか?


 それも、かなり不穏な出来事が。


 無言でお母さんを見つめていると、ぽつぽつと話し始めて。


「……午前中休んでいて、お昼には少し起きられるようになってね。とりあえずヨーグルトとかは口にしていたんだけど。で、夕方には落ち着いてきたって起きだしてきて。丁度キッチンで夕飯の下ごしらえを使用と思って、ホウレン草の下茹でをしてたのね。そしたら、また気分が悪くなったみたいで。お母さんも茶朋さほを身ごもった時、つわりで野菜をゆでる時の湯気でも気持ち悪くなっていたから、まさかとは思ったけど、聞いてみたのよ。もしかしたら妊娠してるんじゃ、って」


「で、予想が当たったのね?」


「ええ。生理が遅れて、自分で検査薬で調べたら、妊娠してたって。それが先週末。明日の秀さんの休みに一緒に産婦人科を受診するつもりだったんだって」


「じゃあ、秀さんも知っていたんだ?」


「受診して、確定したら報告してくれるつもりだったみたいなの。結婚の申し込みも一緒に」


「だったら、問題ないよね? 元々結婚するつもりの二人に子供が出来て、二人がそれを受け入れているなら……」


「物事には順序ってもんがあるだろうが!」


 突然怒鳴り声でお父さんが割り込んできた。


「結婚の挨拶もなしに! あいつを……秀を信用していたっていうのに!」


「お父さん! それはお父さんが悪いんですよ! 前々から秀さんに難題ぶつけて、それをクリアするまでは茶映を嫁にはやらん! だなんて言ってたんだから!」


「そうだよ。そう言うってことは、元々お父さんだって秀さんとお姉ちゃんが結婚するつもりだって分かってたってことでしょ? 今更挨拶も何もないよ。それにお父さんだって『秀が跡を継いでくれるから安泰だ』って、酔っぱらうと言ってたじゃない? もう認めたようなもんでしょ?」


「……認めたような『もん』なのと、実際に『認めた』じゃ、意味が違う」


「違わないってば!」


「屁理屈こねないの! 本心では秀さんに婿に来て欲しいくせに、茶映はまだ手放したくないからって、子供みたいな駄々こねてただけでしょう! 」


 私とお母さんに責められて何にも言えなくなったのか、お父さんはふくれっ面で顔を背ける。


 もう、本当に子供っぽいんだから。


「で、秀さんは? お姉ちゃんを追いかけていったの? っていうか、何でお姉ちゃん飛び出したの?」


「茶映の話を聞いていたら、間が悪くお父さんが来ちゃってね。この勢いで秀さんを呼び出して、責め立てて……殴りつけちゃったのよ」


「あちゃ~。それやっちゃったのか」


 まさか暴力に出ちゃうとは。


 仮にも職人だから、手も体も大事にしていて、どんなに怒っても弟子の皆さんに手を上げることだけはしなかったのに、お父さん。


 それだけ衝撃的だったってことか……でも、良くないよ、暴力は、うん。


 そりゃあ、お姉ちゃん、怒るわ。


 私だって、もしもこれからリクがお付き合いだとか結婚の申し込みだとかでお父さんに会いに来て、ひどい暴言だとかあまつさえ暴力なんて振るわれたら……ソッコー縁切る!


 ちょっと怒鳴られるくらいならガマンするけど、殴ったり、リクを傷つけるような言葉は、許さないんだから!


  

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