一難去ってまた一難とかそんな怒涛展開いらないんですけど!

 そんなこんなで話し合っているうちに、お師匠さまのお家に到着した。


 私も一緒に降ろしてもらったけど、リクは理事長に引き留められた。


 理事長も学校に戻るから一緒に乗っていけ、と言われていたけど。


  


「ここで降りるんじゃなかったのか?」


「色々手配しなければならないことができたからな。お前も手伝え」


「はいはい」


  


 不承不承、という感じに返事をしていたリクだけど、その目は結構真剣で、ちょっときゅんとしちゃった。


  


「じゃあ、夜にまた連絡するから」


「うん、お仕事頑張って」


「ああ、サホも気を付けて帰るんだよ。近いとはいえもうじき日も暮れるんだから」


 


 名残惜しそうにそう言い残したリクを乗せて走り去っていくリムジンを、見送る。


 確かに、夏至に向かって日が伸びている5月、空はまだ明るいとはいえ、18時過ぎてる。


 平日の部活日としてはそこまで遅い帰宅時間じゃないけど、そろそろ帰らないとマズい。


  


「今日は本当にありがとう。それにこんなに遅い時間になってしまって……」


 家にひとこと電話を、とおっしゃるお師匠様の申し出をありがたくお受けする。


  


「あ、お母さん? 私。今、お師匠様のお宅なんだけど……」


『え? あ、サエ? あ……違う、サホなのね?』


  


 電話に出たお母さんが、妙に慌ててる。


 っていうか、お姉ちゃん、体調悪くて今日は家で休んでいるはずなのに。


  


「うん。サホだけど……お姉ちゃんがどうかしたの?」


『それが……とにかく、サホ、すぐ帰ってこれる?』


  


 言いよどんでいるお母さんの問いかけに「うん、すぐ帰る」と答えて電話を切る。


 あ、お師匠様に電話に出てもらうの忘れちゃった。


 まあ、それどころじゃない雰囲気だったし。


  


「いいから早くお帰りなさい」


 と状況を察したお師匠様に追い立てられるように、私は帰宅の途についた。


  


  


  


「ああ、サホ、お帰りなさい!」


 家に帰ると、いつになく落ち着きのない様子でお母さんが出迎えてくれた。


 いつもだと家で夕飯の下ごしらえをして、一度お店に戻って閉店作業をする時間だけど。


 閉店作業と言っても、最近はお姉ちゃんがほとんど終わらせて、お母さんは最終チェックするだけになってきている。


 売り上げの計算とか、明日の予約の確認とか、色々。仕込みのこととかはお父さんの仕事。


 その仕込みだって、最近は秀さんが仕切ってお父さんに確認するだけ、ってことが増えてるって聞いた。


 今日はお姉ちゃんが休みだから、お母さんが全部やらないといけないのでいつもより忙しいかなって思うけど、慌てているのは、そのせいじゃないと思う。


  


「ただいま。……お姉ちゃん、何かあったの?」


 いつもなら部屋に行って着替えてくるけど、そんな時間も惜しくて制服のまま問いかける私をお母さんが居間に誘導する。


「ただいま……お父さん?」


 いつもなら明日の仕込みをしている時間なのに。


 居間の卓袱台ちゃぶだいの前で胡坐あぐらをかいて、不機嫌そうなお父さん。


  


「……茶朋さほ、お前は知っていたのか?」


 お帰りの一言もなくいきなり問われて面食らう。


  


「は? 知っていたって…‥‥何を?」


「何をって! 決まってるだろ⁉ 茶映さえのことだ!」


「お、おね、お姉ちゃんの……何を?」


  


 不機嫌さに怒りが加わり、ほとんど怒鳴りつける勢いで言われて、私はビクビクッとついどもってしまう。


「何って決まってるだろ!!」


「お父さん! 茶朋は今帰ったばかりで、何も話してないんですよ!!」


「あぁ、そうか……すまん」


  


 お母さんにきつい口調で止められて、水をかけられたみたいに真顔に戻って、お父さんが謝ってくる。


  


「お姉ちゃんに、何があったの? 部屋にも気配がないし、出かけたの?」


「あ、ああ、それは……な……」


 お父さんに逆に聞いてみるけど、さっきまでの勢いは消えてしまって、もごもご口ごもってしまう。


  


「あのね、茶朋、落ち着いて聞いてちょうだい?」


 黙り込んでしまったお父さんに代わって、お母さんが口を開く。


「お姉ちゃん……茶映がね、……妊娠したの」


「にん……しん……?」


  


 ああ、だからか。妙に納得。


 今まで元気だったのに、急に体調を崩したお姉ちゃん。


 それも、ちょっと調子が悪いっていうより、かなりツラそうで。


 顔色も悪かったし、吐きっぽいって言って、朝ごはんも食べてなかった。


 なのに、お店に出るって言ってふらふらしながら着替えるのをお母さんと2人がかりで止めたんだもん。


 かなりしんどかったらしく、素直に聞いて寝てくれたから、少しだけ安心して学校に行ったんだけど。


 午後にお母さんの「大丈夫」っていう伝言をリク経由で聞いて、だいぶホッとして。


 そのあとは今回の騒動でちょっと思考の外に追いやってしまっていたけど。


 一般論でしか分からないけど、妊娠すると、体つらいんだよね?


 お母さんが私を妊娠してる時に、つわりがひどくて、点滴してもらったって言ってたの聞いたことある。入院まではしなかったけど、1週間くらい点滴してもらうために病院に通ったって。


 で、つわりが治まったら、ケロッとして出産予定日ギリギリまでお店に出てたって。


 個人差はあるけど、しんどい時にはものすごくつらくて、何ともない時でもいつもより疲れやすかったり眠かったりするって。


 赤ちゃんと二人分の命を抱えて生活するんだもん、そりゃ大変だよね。


 でも、そっか。お姉ちゃんが、妊娠。


 やっぱり、相手は、秀さんだよね?


「ええ、秀さんだって、それは間違いないって……」


 肯定するお母さんだけど、なんか、歯切れが悪いし、落ち着きがない。


 


 そりゃ、まだ結婚前だし、22歳で妊娠って若い方なのかな? 


 でも、お母さんがお父さんと結婚してお姉ちゃん産んだのだって、そのくらいの年だったはず。


 正式な婚約はしてないけど、近い将来結婚するって目されていた秀さん相手なら、多少順番が違っても、イマドキよくあることだし。


 お姉ちゃんを溺愛していたお父さんからしたら、ちょっと衝撃的過ぎかもしれないけど、早く結婚してほしいって言ってたお母さんは、むしろ喜んでいいはず、なのに。


 なんでお母さんまで焦ってんのかな?


 っていうか、お姉ちゃん、体調悪いはずなのに、どこ行っちゃったの?


 


 ふう、と大きくため息をついて、お母さんが、告げた。


 


「あのね、その、茶映が妊娠してるって話してくれて……そのあと、家を飛び出してしまったのよ……」


 




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