お店のお手伝いをしていただけでヤキモチ妬かれるのはちょっと困ります
遊園地デートの後。
我が家は臨戦体制に突入しました。
遊びに行ったのが「憲法記念日」で、次の日が「みどりの日」で。
で、その次の日は、「こどもの日」だったりする。
いわゆる、「端午の節句」。
この時期の和菓子と言えば、やっぱり柏餅。
「なかざわ」では「つぶ餡」「こし餡」の他に「味噌餡」を用意している。
あと、「つぶ餡」だけだけど、ヨモギを練り込んだ草餅タイプも。
計4種類の柏餅が、4月末の大型連休に合わせてお店に並び始める。
事情で初節句のお祝いの日をずらす家庭に合わせて、連休中は毎日用意しているけど、やっぱり沢山注文が入るのは、「こどもの日」当日。
予約の他に、店頭販売もいつもより多く用意していて、当然、職人さんも店員さんもこの日はほぼ全員体制。
私も売り子さんとして駆り出されるのだ。
「当日のお客様は私がお相手するから、茶朋は予約の方をお願いね」
お姉ちゃんと分担して、久しぶりに店員さん用の着物に身を包んだ。
若女将のお姉ちゃんは、初夏らしい萌黄色の色無地を着ているけど、私はお仕着せの紺色の絣に、臙脂の前掛け。
同じく臙脂のたすきもかけて、気合いを入れる。
それでも予約のお客様は時間がある程度決まっているので、心積もりしやすい。
たまに、予約の時間より早く来られたり、逆においでにならなかったり、なんてトラブルもあるけど。
「鈴木さまのご予約分、準備できました!」
よっぽどの大量注文でなければ、早めに来られても間に合わせる用に工場と連携をとって準備してもらう。
一時間待っても受け取りにいらっしゃらない場合は、確認の電話を入れる。あくまでも、こちらが勘違いしたかもしれないので、という体でね。
さすがにイベントの度に手伝っているので、勝手は分かっているけど。
正午をピークに、どんどんお客様は増えていく。
「茶朋、ある程度になったらこっち来て!」
平然とした顔で、でも少し焦った口調でお姉ちゃんがこっそり声をかけにきた。
当日販売のお客様は例年通りなんだけど、今年入った新人さん(職人志望)がちょっとパニックになっちゃったみたいで。
「つぶ餡」と「こし餡」を間違えて並べちゃって分からなくなったみたい。
まあ、まだやっと1ヶ月くらいだから仕方ないよね。
「あ、こっちに並べてください。大丈夫、分かるから」
見た目が似てるので分かりづらいけど、うちのお店では、「こし餡」は楕円形に伸ばした皮で二つ折にした半円形で、「つぶ餡」は丸くお饅頭型に形成してある。
皮を剥けばよく分かるけど、商品なので見えている部分で判断する。まあ、慣れればすぐに分かるけど。
新人さんはホッとしたようにうなづいて、私の指示のまま柏餅も並べていく。
そうこうするうちに、だんだん客足は落ち着いてきた。
「お疲れ様。交代で休憩に入ってちょうだい」
お母さんが店員さん達に声をかける。
こういう時、身内は後回し。
まあ、経営者側は仕方ないよね。
お客様も店員さんも人数が減ったからか、少しだけお店の中も静かになる。
私は予約用の窓口(と言っても机を置いてあるだけだけど)に戻って、残りの予約の確認をしたり、まだお見えにならないお客様へ電話をしたりして。
「茶朋お嬢さん、さっきはありがとうございました」
さっきパニックになっていた新人さんが、休憩から戻ってきて声をかけてきた。
「いえいえ。繁忙日は初めてだから、仕方ないですよ。柏餅、分かりづらいし。慣れれば大丈夫ですよ」
「……ありがとうございます」
目をうるうるさせて、何度も「ありがとうございます」って繰り返して。
まだ20歳くらいかな? 職人志望だし、専門学校を出てすぐなら、まだ10代かも。私とそんなに年は変わらないよね。
あ、ちなみに、男性。
男性の売り子さんはまだ経験の浅い若手の職人さん達なので白衣を着ている。
売り子だけじゃなくて、朝早いうちから工場で雑用もしながらだし、大変だよね。
「そんなことないです。先輩達も親切だし。女将さんもお嬢さんも優しいし。……茶朋お嬢さんだって、失敗しても笑顔でフォローして励ましてくれるし」
そういえば、この人、私のこと、「小さい嬢ちゃん」じゃなくて、名前つけて「お嬢さん」って呼んでくれるんだよね。
ほとんど同じ年なら、「小さい」は変だもんね。
ちょっと出世した気分。
「あの、茶朋お嬢さんは、お茶を習っているんですよね?」
「はい。まだまだ未熟ですけど」
「そんな! 俺なんて、作法とか全然分からないし。……あの、今度よかったら、俺に、茶道のこと、教えてもらえませんか?」
確かに、和菓子職人にとって、茶道の知識は重要だもんね。
「ちゃんとしたお作法なら、おか……母や姉の方がいいですよ。私なんて、まだまだ人に教えられるほどの腕じゃありませんし」
「いえ、女将さん達だと、緊張しちゃうっていうか……茶朋お嬢さんになら、年も近いし、訊きやすいっていうか……あ、失礼なこといってスイマセン!」
新人さん、慌てて言い繕う。
「あは、大丈夫、気にしませんよ。確かに、初めてだと緊張しちゃいますよね。ごく簡単なことで良ければ訊いてください」
「本当ですか?! ありがとうございます!」
新人さん、嬉しそうに満面の笑顔。
そんなに茶道に興味があるなら、やっぱりお母さんかお姉ちゃんに訊いた方がいいんじゃないかな?
まあ、初歩的なことを覚えたら、そう勧めてみようかな。
新人さん……名前、なんだっけ?
確か、トシって呼ばれていたような。
そうだ、
お茶の産地の名字だなって思ってたんだ。
「狭山さんは、茶道、全く初めてなんですか?」
「はい。あ、一応、体験だけはしたんですけど。専門学校の時に。でも、よく分かんなくて。……茶朋お嬢さん、俺の名前、覚えていてくれたんですね」
なんだか妙に嬉しそうに言う。やっぱり、名前をちゃんと呼ぶって、大事なことだよね。
「お茶の産地だなって思って覚えてました」
「そうなんですか?! この名字で初めてよかったって思いました!」
……すごい感激の仕方。
「茶朋、ちょっと……」
お姉ちゃんが呼びにきた。
ヤバい、おしゃべりしててしかられるかな?
「お客さんよ。せっかくだから休憩にして話していらっしゃいよ」
ちょっとニマニマして、お店の外に視線を送るお姉ちゃん。
その視線を辿ると。
「例の彼氏でしょ? 写真通りのイケメンね。さっき柏餅、全種類3個ずつ買ってくれたのよ」
……予測してましたけどね。
そういえば、買いに来るって言ってたし。
でも、ピークの時間を避けて来てくれたのかな?
そう言うところ、リクって気遣い完璧だよね。
「じゃあ、お言葉に甘えて。15分くらいで戻るね」
「もう落ち着いてきたし。もう少しいいわよ」
そう言って、お姉ちゃんがお昼ごはん用に準備したおにぎりの包みを渡してくれた。
今朝お母さんとお姉ちゃんで大量に握っていた。
私も包むのだけ手伝ったけど。
おにぎりを持って、私は裏口から外に出る。
「お待たせ」
「……悪いな。忙しいのに。顔だけ見たら帰ろうと思ったんだけど」
「どうせお姉ちゃんが引き留めたんでしょ? もうピークは過ぎたから大丈夫よ」
「それならよかった」
今日も人目を気にしてか、高校生モードのリク。
髪は下ろして、眼鏡なしの素顔。青いチェックの綿シャツに黒Tシャツ、濃いブルーのジーンズと言うありきたりな格好なのに、カッコいいな、やっぱり。
一昨日会ったばかりなのに、昨日だって電話で話したのに……会えて嬉しい。
「……サホ、それ、可愛いな」
私のお仕着せを見て、ちょっと顔を赤らめる。
「そう? 私も好きなんだ。うちのお店のお仕着せ。絣って素朴な感じでいいよね」
「うん。その格好で売り子されたら、なんでも買っちゃいそう」
「……それは、リクだけだよ」
相変わらずの誉めっぷりで、こっちが恥ずかしい。
「そんなことないよ。……ところで、あの人、だれ?」
「あの人?」
「さっき、お店の中でサホと話していた人。秀さんじゃないよね?」
「ああ、狭山さん? 今年入った新人さんだよ。まだお店に慣れてなくて、フォローしたらお礼言われて」
そのあと、茶道の基本も教えて欲しいって言われたことも話したら。
「ダメ!」
「へ?」
「そんなの、口実に決まっているじゃないか! あの顔は、絶対サホに気がある! こんな可愛い格好したサホに困っている時に助けられたら、絶対惚れる!」
……ヤキモチですか?
もう、リクは私がそんなにモテないって言っても、全然聞かないんだから。
「もう話しちゃダメ!」
「お店の職人さんだもん。そんなわけにいかないよ」
「う……じゃあ、二人きりで話しちゃダメ!」
「お店の中ならいいよね?」
どうせ言っても聞かないんだから、適当に妥協点を提示しておく。まあ、私が職人さんと関わることなんて、繁忙期ぐらいなんだし。
「いいけど。くれぐれも油断するなよ? 絶対二人きりにならないこと!」
そんなリクのヤキモチ混じりのお説教聞いていたら、あっという間に休憩時間がなくなっちゃった。
名残惜しいけど、また夜に電話をする約束をして。
慌てておにぎりを食べて、お店に戻って。
「あ、茶朋お嬢さん、おかえりなさい」
ニコニコ笑顔の狭山さん。
少しだけ慣れてきたみたいで、お客様の対応に余裕がでてきたみたい。
「休憩ありがとうございました」
「いえ。それで、さっきの、お茶のことを教えてもらうことなんですが……」
「ああ、そうですね。せっかくだから、初心者用の本を貸しますね。私が中途半端に教えるより、いいかなって」
「いえ、できれば、直接……お店の休みの日にでも」
「あ、ごめんない。それはダメなの。彼氏がヤキモチ妬くから。心配しすぎで困るんだけど。さっきも、狭山さんと話していたのを見て、変な心配して。ただ茶道の話をしていただけなのにね。困った人なんだから」
「……茶朋お嬢さん、彼氏が……」
「あ、お父さんには内緒ね」
「……はい」
工場見てきます、とフラフラとお店の奥に入って行った狭山さん。
柏餅が品薄になってきたのに気が付いたのかな?
慣れてきたみたいでよかった。
『と言うわけで、茶道の本を貸すことにしたから。もう、リクが変な心配するの言うの恥ずかしかったよ』
『……うん。それは、よかった、けど』
今日はいつもより沢山お酒飲んでお父さんが寝ちゃったので、直接電話で話す。
お母さんやお姉ちゃんは、もうリクのこと知っているしね。
『何?』
『ちょっとだけ、同情した。けど、その調子で、見事なスルーを、これからも頼むよ』
……なんのことだろう?
よく分かんないけど、リクが機嫌良さそうなので、ま、いっか。
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