波瀾含みの茶道部講習会で責任者なんて荷が重すぎます!

 端午の節句の柏餅セールが無事終了し。

 

 ゴールデンウィークが終わって、再び学校生活が始まった。


「では、上生菓子はお任せで、2種類準備しておきますね。数は部員と講師、先生の分として、予備も入れて10個ずつで」


 連休明け初の部活で、来週、5月中旬に決まった講習会用に、お茶菓子の注文を確認する。


 正規品としてはまだ販売できない見習いさんの作ったお菓子の試食、という名目でほぼ材料費で販売させてもらうため、早めの打ち合わせが必要なのだ。


 もちろん、講師の先生の分はベテランさんが作った同じ意匠の(要するに見習いさん達のお手本)新品を準備するし、その分はちゃんと代金をいただく。


 試食と言っても、材料となる餡や練り切りはベテランさんが確認してオーケーを出した正規品に引けを取らないものを使うから、基本的な味わいは変わらない、はずなんだけど。食べ比べると微妙に違う。

 材料の扱い方ひとつで、口当たりなどが変わってしまうのだ。


 なので、一種類は見習いさんの習作(材料費のみ)で、もう一種類はベテランさんの新作の試食をお勉強値段で提供させていただくことにしている。


 やはりお茶を学ぶ人には本物の味も知ってもらいたい、というお父さんのこだわりなのだ。


 とは言え、ほとんど儲けなしの出血大サービスなことには変わりない。


 なのに。


「いや、念のため、もう2、3個ずつ余分に頼む。予算使っていいから」


 千野先生が、注文を増やしてきた。


「先生のお土産の分に予算を使わないで下さいませんか?」

 

 千野先生が大の和菓子好きなことは新入部員にも知られているので、このくらいの軽口は、まあオーケーかな。


「違う! あと、追加分は正規の方で」

「それを予算で?」

「仕方ないだろう? 理事長が来るかも知れないんだ」

「え?」


  理事長?


「どういうことですか? そんな話、こちらには伝わっておりませんが?」


 私と千野先生のやり取りを、素知らぬ顔で、でも実は温かく見守っていてくれたらしい遠藤先輩が、横槍を入れてくる。


 まあ、聞き捨てならないよね、確かに。


 同じように高村先輩も心配そうに目を伏せてこちらを見つめている。


「……部活動の視察をするって、教員間で話が広がっているんだ。連休が明けて、来月末の文化祭に向けて本格的に動き出しているだろう? 運動部は大会の実績っていう目安があるけど、音楽系以外の文化部は大会がないところも多いだろう? 特にうちの学校の部活動は」


「その代わり、無条件で全国文化祭に出場しているところも多いですよ」


 文化部にも、一応インターハイ的な全国イベントが夏休みにあるのだ。


「そこまでレアならな。だけど中途半端にレアな、例えば茶道部とか、香道部とか、華道部とか、日本舞踊部とか……ともかく大会もないか、あっても夏休みとかいう部活動も、多いだろう?」


「確かに、実績と言われると分かりづらいかもしれませんが」

「え? 文芸部や書道部や美術部は?」


 あそこらも大会は夏休みだよね?


「その辺りは毎年入選者を出したり、地区に露出が多いから大丈夫なんだよ」


 そう言えば、書道部は、よくデパートなんかのイベントに名前出ているよね。最近書道パフォーマンスが人気だとかで。


「茶道部も、街角お茶席とか、献茶会とか、イベントに出ますか?」

「……予算がないですよ。スポンサーがつかないと、材料費持ち出しになりますし。でも、中沢さんの思いつき、アイデアとしては悪くないですよ。1年生の皆さんがお点前出来るようになれば、企画を持ち込むことは可能ですね」


 高村先輩、私を慰めるというより、結構本気で脳内シミュレーション始めてしまった。

 最近分かってきたけど、高村先輩ってこういう企画を実現化するの、大好きみたいで。


 将来はマネジメントとかコーディネーターとかの仕事をしたいんじゃないのかな?

 


「まあ、それは追々。ともかく、実績が分かりづらい部活動を理事長じきじきに視察するって話だ。タイミング的には、文化祭前で外部講師が来たり、さっきいったみたいなイベント参加の時を狙って来るだろうって。その方がこっちも忙しくて、粗が見えやすいから、だろうって」


「万が一、お顔を出された時に備えて、ということですね」


「そういうことです」


「まあ、逆にそのタイミングに見ていただいた方が、うちとしてはいっぺんに済んでいいですけどね。幸い、講師は中沢さんのお師匠さまですから、対応は中沢さんに丸投げしようと思えば出来ますし。その分、私達で下級生の対応に当たれます」


 遠藤先輩がそう言う背景には、初めての講習会で緊張して粗相してしまっていた私の過去の負の実績があるからだろうな。まあ、そのあとはなんとか粗相せずにきているけど。


 なまじお免状なんてあるから、厳しく指導されてしまうかも、って要らぬ緊張をしてしまって。



 でも、外部講師をしていただいていた坂川先生が、とても厳しく指導もされるけど、実は穏やかで優しい方だって分かって、落ち着いて動作出来るようになったんだよね。


 正直、今回新しく知らない方を外部講師にお迎えするんじゃなくてよかった。


「それ、いいと思う。中沢は唯一の2年生だし、必然的に次の部長だろう? きちんと外部講師に対応しているしっかりしたところを見せるのもアピールになるんじゃないか?」


「……逆に普段の粗忽な所はみせられませんね」


 自虐的に呟くと。


「あら、中沢さんはテンパると確かに小さな失敗はしますけど、慣れたことには落ち着いて出来ますし。意外と目端も利きますわよ?」

「そう、意外と。後輩が出来ると、こうも成長するものなのかと、驚きましたよ、実際」


 私の言葉を高村先輩が否定して、遠藤先輩も賛同してくれた。


 意外と、って繰り返されるのは、ちょっと気になるけど。


「そう? ですか?」

「本当は、当日も後輩の指導の方に入ってもらいたいくらいです。中沢さんの教え方は、みんな分かりやすいって言ってますよ」


「はい! ちゃー先輩……中沢先輩の説明は、聴いていて楽しいです!」

「はい!」


 先生がいるので、名字をつけて呼び直して、誉めてくれる一年生達。


 そう、最近、みんな私を「ちゃー先輩」って呼んでくれる。


 先生の前では言葉を改められるようになってきて、桜女の生徒らしくなってきたな、って思った。



 ……千野先生がやたら部活に顔を出すから、時々ごっちゃになっていてかわいそうだけど、いい訓練にはなっているよね。


「へえ? やるじゃないか、中沢。昼間、チョークの粉で真っ白になるほどがんばって掃除していただけあるな」

「ちょっ!? 先生! それ言わないで下さい!! ちょっとコケちゃっただけなんです!」


 今日、日直で黒板を拭こうとして、教卓の前でコケてしまったんだ。おかげで持っていた黒板ふきで制服が真っ白になってしまった。

 そのタイミングで千野先生が教室に来るんだもん。


 恥ずかしかったよ……。


「え? 誉めたのに」

「あら本当、よく見たら、スカートにまだ粉ついてますよ」

「まあ、そう言うところは相変わらずなんですね」


 高村先輩の生暖かい視線と、遠藤先輩のあきれた視線が心に突き刺さる。


「まあ、ともかく、来週の講習会の準備抜かりなくな」

 

 困ったような笑顔の千野先生……目は思い切り笑ってるけど!



『別にバカにしてないよ。いつの間にか成長していたんだなって感心していただけで』


『うそ! 意地悪だったもん!』


 恒例の夜のメッセージ交換。


 私は昼間のグチを千野先生……リクにぶつける。


『それはサホの気のせい。じゃないかも』


『どういうこと?』


『うーん、ちょっとヤキモチ。何だか、俺の知らない間に、ちゃんと先輩しているって思って。ちょっと悔しかった』


『感心していたのに?』


『サホは、いつまでもちょっとドジで、俺がついていないとダメなんだよって、思いたかったのかも』


『リクって、独占欲、強いよね。今さらだけど』


『だって悔しいじゃん? サホのいいところ、俺が一番知っていたいのに、人から聴かされるなんて。でも』


『でも?』


『矛盾してるけど、いい気分だった。俺のサホはすごいだろって。ホントはすごくしっかりしているんだぞって。まあ、堂々と言えないのも、悔しいけど』


『私だって、自慢したいよ。黒板ふきで真っ白になっていた時、リクは私がドジったことより、コケたの心配してくれていたよね。捻挫とかしてないかって訊いて』


『いやそれ自慢じゃないし。教師として当たり前』


『うん。そんな風に当たり前に生徒の心配をしてくれる優しい先生は、私の彼氏なんだぞって、自慢したかったの』


 しばらく返信がとまり。


 ブルブルと連続してスマホが震える。


『黙って、聴いていてくれるだけでいいから』


 リクが電話してきた。


「うん」


『今日ってもう一人の日直、休みだっただろ?』


「うん」


『今日は俺が授業なかったから、気がつくの遅くなっちゃったけど、一人で日直やってたんだよな?』


「別に。今日はそれほど忙しくなかったから」


 クラス運営も配布物もなかったし、2年になって選択授業が増えたから、日直の役割は少なくなっていたし。

 一人でも十分だったので。


『でも、教室に戻る度に、キチンと黒板をきれいに整えていてくれたよな? チョークの粉で真っ白になるくらい。休み時間の度に、掃除してくれたんだろう?』


「皆も日直の時は、やってますよ」


『うん。そんな、当たり前のことを当たり前に、きちんとやってくれているサホが、俺は誇らしいよ。だから、部活で、俺は誉めたつもりだったんだ。みんなの前では、まさか、休み時間の度にサホの様子を見ていたとか、言えなかったし、な。でも、見てたから、ちゃんと』


「……ありがとう」


 見えないところで、いつも私を見守っていてくれて。


『だから、大丈夫。講習会も、きちんと対応できるよ。次期部長として、腕の見せ所だな』


「……プレッシャーかけないでよ。またドジっちゃう」


『俺もフォローするから』


「ありがとう。お願いいたします」


『あ、でも、どうせドジるなら、俺と二人きりの時にしてよ。ドジっ娘シチュエーションも、萌えるかも。《コケっ! ドン! キャー! スミマセン! あん!!》とか。あ、これは初めて会った時か。リプレイする?』


『あん!!』って何よ? 妙に色っぽい声で……。


 ……って! あの時?!


「……そんな声出してないし! 出さないし! わざと出来ないし!」


『………………今、想像したろ?』



 ……コケて思わず抱きつくとか、そのままいきおいで……とか、絶対想像してないから!!

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