観覧車で景色を見ないで他のことに夢中になるのはお約束ですよね?
ジェットコースターの順番がきて。メジャーな遊園地のものとは比べ物にならないかもしれないけど、それなりにスリルもあって、楽しかった。
「結構スゴいな。……サホ、平気そうだね」
「うん、楽しかった」
「そっか。後でまた乗ろうか?」
「そうだね」
初めてジェットコースターに乗ったリクも、楽しかったみたい。
そのあと、また行列に並んで他のアトラクションを楽しんだり、屋台でチェロスを買って食べたり。
チェロスは二人で違う味を選んだから、途中でシェアして……って、リクがツッこまないからスルーしちゃったけど、間接キッスしちゃってるし。……黙っていよう。
「あ、サホ、次、あれは?」
ハンバーガーでお昼ごはんも済ませて、次は何を、と散策していると、リクがあるアトラクションを指差した。
「……あ、えっと……」
私は、ちょっと言葉を濁す。
「うん。面白そうじゃない?」
「あ、そう、かな……私は、あんまり……」
私は、他に何かアトラクションはないかな、と目をさ迷わせて。
「あ、あれは? えっと、メリーゴーランド……の向こう……」
急で思いつかず、とりあえず反対方向にリクの意識を向けようと試みる、けど。
「……もしかして、サホ、怖いの苦手?」
「………………うん」
リクが変に喜びそうだから言いたくなかったんだけど。
私、高いのも速いのも平気だけど、……「お化け屋敷」だけはダメなの!
「大丈夫! 怖くないよ! 一緒に入ろう?!」
思った通り、リクはとっても面白そうにニマニマして、私の手を引っ張る。
どうせ、暗闇でイチャイチャしたいだけでしょっ!
私だって、キャーキャー言ってくっつくシチュエーションは憧れるけど!
でも、イヤなものはイヤなの!!
「……サホ?」
「……イヤ……」
どうにも動こうとしない私の様子にリクはちょっと真顔になって振り返る。
私は何とか言葉を振り絞って、拒否を貫く。
その拍子に、思わずぽろっと涙がこぼれた。
ギョッとして、リクは慌ててハンカチを取り出し、私の目元にあてがう。
「……ごめんね? ホントに嫌いなんだね? 行かないから安心して?」
気遣うような優しい笑顔で、頭を撫でてくれる。
「うん。ありがとう。ごめんね」
私も、涙を拭いて、ようやく笑顔になれて。それから、事情を説明した。
昔、幼稚園児くらいの時に、やっぱり遊園地のアトラクションでお化け屋敷に入った時に、みんなとはぐれて一人きり置き去りにされちゃって、とっても怖かった思い出があるんだ。
大泣きしていたら係の人が外に連れ出してくれたけど、外で心配して待っていたお姉ちゃんも大泣きして。
自分が驚いて走り出したせいで、私とはぐれてしまったことと、そのせいでもう会えなくなったらどうしようって本気で心配していたんだって。
以来、姉妹二人して、お化け屋敷は鬼門になってしまった。
だから、ホラー映画は観られても(どっちかと言えば苦手だけど)、暗いだけの所は平気でも、お化け屋敷だけはダメなの。
そう話すと、リクはちょっとほっとして。
「お化け屋敷以外なら大丈夫なんだよな? 映画館とかカラオケは大丈夫だよね?」
「……心配そうにしているけど、そこはかとなく下心を感じるけど」
「気のせいだよぉ! フフン。そっか、ホラー映画はオッケーか」
「観られるけど、苦手だから! 積極的に観たくないからね!」
「えー? そんなに怖くないのなら? キャーって抱きつくくらいの怖さの。ホラーコメディとかなら」
「……いいけど抱きつかないからね」
「さて、そろそろ最後くらいの時間だし、観覧車行こうよ。本当は日が暮れてからの方が夜景も観られていいんだけど」
「そうだね。そうすると帰りの時間、間に合わなくなっちゃうもんね」
リクが最初からリクエストしていた観覧車は、一周が15分ちょっとの結構大きなサイズ。
一番のおすすめはやっぱり夜景が観られる日暮れ以降なんだけど。
恋人と二人で、この観覧車の夜景を観ると、幸せになれるってジンクスがあるんだよね。
そのせいか、まだ夕暮れ前のこの時間、全体の混雑の割りにはあまり並ばず、スムーズに乗ることができた。
「サホ、好きな方に座りなよ」
リクが私を先に乗せて。
そして、当たり前のように隣に座る、と思ったら。
向かい合わせに、座った。
……いいんだけど、ちょっと拍子抜け。
密室だし、絶対ベタベタ触ってくるって思ってたのに……って、別に触られたい訳じゃないからね!
観覧車が動き出して。リクは、ちょっと私から目をそらして、外の景色を見ている。
何となく、不機嫌?
え? 何かしちゃったかな? ホントは夜景を観たかったとか?
「……リク?」
私は思わず、声をかけて。
「なあに?」
リクの声は、特に不機嫌ということはないんだけど、ちょっと感情を押さえている感じ。
「あのさ……なんか、怒ってる?」
「え? いや、別に怒ってなんかないよ?」
「でも、何だか、急に……」
「あ……、ゴメン。怒ってる訳じゃなくて……反省中」
「反省?」
「今日、せっかく二人で楽しく過ごそうと思ったのに、サホを泣かせちゃったな、って。サホが最初から嫌がっていたこと、気付いていたのに、泣かせるまでしちゃって」
お化け屋敷でのこと、言ってるんだ?
あれは、別にリクに泣かされた訳じゃないし。
そのあと、すごく気遣ってくれたし、何とも思ってないのに。
「別に気にしてないよ? 逆にあんなことで泣いちゃって、私の方が反省だよ」
「まあ、それだけじゃなくて、今までのことも色々と。俺、結構サホを泣かせてばっかりだなって。だから、しばらく自制しようかな、って」
「自制?」
「サホに、自分からは触らないようにしようかな、って。あ、でも、手だけは繋がせてほしいけど」
「しばらくって、どのくらい?」
「……サホとの婚約が整うくらいまでは、とか」
そんなの、いつになるか分かんないじゃない?!
それまでは、手を繋ぐだけで、リクからはキスも……ハグとかも、してもらえない、っこと?
いや、自分からって言うから、私からすればいいのかもしれないけど。それはそれで、恥ずかしいしハードルが高いよ。
もしかして、それを狙っているとか?
「私からも、触らないって言ったら?」
「……超ツラいけど……ガマンする」
リクは、悲しそうに目を伏せる。本気でガマンするつもりなのかな?
「……私からは、恥ずかしいから、リクからしてほしいな、やっぱり」
ボソッとそう言うと、リクは顔を真っ赤にして。
「何でそう言うこと、言うかなぁ?! 固く決心したのが豆腐みたいに崩れちゃったし」
「あ、だからって、やたら触っちゃダメだよ?! ハグくらいまで!」
「………ハグは、オッケーなんだ? 他のところを触るだけは?」
「ダメ! 触っちゃダメ!」
そのままリクがからかってくるのかと思ったら、大きなため息をついて。しばらく両手で顔を覆ってうつむいて考え込んでから。
「分かった。ハグだけでガマンするから、隣に座っていい?」
「……いいよ」
リクが隣に座る。そして、いきなり。
「リ、リク?!」
「ハグしていいって言ったよね?」
横並びに、ギュッと抱き締めてきて。
ほっぺたがくっつくくらい、顔も近付けて。
「あ、そろそろてっぺんだね」
私はドキドキしまくっているのに、のほほんとリクは言う。
言われて外を見ると、ちょうど夕焼けに染まった街が眼下に映り。
「キレイ……」
「夜景じゃなかったけど、夕焼けもいいね」
「うん」
リクの方を向いて小さくうなづく。リクの頬も瞳も夕陽を映して、橙色に染まって、とってもキレイ。
「サホ。ハグと……キスも、いいんだよね?」
「……うん」
私は、静かに目を閉じる。
リクの唇が、そっとかぶさってくるのを感じた。
唇で唇をまさぐるようにして、リクの舌が入り込んでくる。
背中に回されたリクの右手が、背中を撫であげるようにして、首筋を伝って私の頭を支える。左手で背中もホールドされているので、私はリクの唇からも舌からも逃れることができない。
むさぼるように口内を動き回るリクの舌を受け止めるように、私も舌を動かしてみた。上手く動かせないけど、舌先がちょっとくすぐったくて……気持ちいい。
「……ん……」
私から舌を動かした時にリクの唇が一瞬離れた感じがしたけど、そのままさらに押し付けられて、舌だけじゃなく上顎もいじられ、背筋がゾクゾクしてきた。
ガタン、という振動で我にかえる。リクの手の力が緩んだ拍子に、私は体を離した。
ほっぺが熱い。たぶん、私、顔、真っ赤になってる。
観覧車は、もう残り四分の一くらいの高さまで降りてきている。
係のおじさんに、顔が赤いの、バレないよね?
夕焼けで見づらくなってるよね?
「……景色、結局あのあと、見てなかったね………」
「まあ、お約束だし……もう、下に着いちゃうな」
「もう一回、乗る?」
今度はゆっくり景色を見るために、と思ったんだけど。
リクは、ものすごい嬉しそうな、困ったような複雑な顔をして。
「……やめとく。電車に間に合わないと困るし。……色々困るし」
確かに。
何だか気持ちが高ぶって夢中になっちゃったけど、門限があったもんね、そう言えば。
「また、遊びにこようね」
「そうだね……」
「どうしたの?」
「いや、名残惜しいなあ、って。もっと時間があったらいいような、ないから助かったような、複雑な気分」
「そうだね。時間制限があるから楽しいっていうのもあるかもね」
ニコニコ言うと、リクはため息をつきながら、何故か頭を撫でて、イイコイイコしてくれる。
もしかして誉められた?
「ホントにサホは純粋で天然で、マジ天使みたいだよ……ホントに」
………あんまり誉められた気がしないけど、ま、いっか。
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