せっかくのおしゃれを脱がせる前提で語らないで下さい!

 デート当日。


「ちゃー、よりによって、それ?」

 遠藤先輩は苦笑い。


「かわいいわ、ちゃーちゃん」

 高村先輩は笑顔で絶賛。


 この間着たいなって思ってた薄い水色地に桜の小紋。

 

 半襟は薄ピンク、帯は濃いめのピンク色の半幅帯に細目の帯締めをしてカジュアルにしてみた。

 なので、足袋も無地の水色の足袋にして。草履か下駄か迷ったけど、普段着用の桜柄の鼻緒の草履にした。


 着物なら髪の毛は後ろでひとつにまとめるシニヨンがオーソドックスだけど、今日は左右に耳元でおさげにして、途中途中を髪ゴムで止めて膨らませた玉ねぎヘアにしてみた。着物の柄と揃えて、ゴムのところに小さな桜のピンを差して。


 

「でも、これだと、先生のコーディネート少し直さないといけないわねえ。ところでどこに行くのかしら?」

「まだ決めてないです」

「なら、コーディネートしてから、先生に考えてもらいましよう」

「せっかくだから、ちゃーは隠れていなよ。先生驚かそう」


 何だか遠藤先輩、楽しそう……というか、結構悪い顔してない?


 高村先輩のお宅の奥で待っていると。


「できましたわ。どう?」


 着替えた千野先生を連れて、先輩達がやってきて。


「……中沢……? お前……」


 千野先生、ちょっと絶句。


 同じく私も。声すら出ない。




 ……カッコいい。



 白Tシャツに黒のスリムスラックス、紺のテーラードジャケット、という、ある意味ベーシックなコーディネートなのに。


 眼鏡なしで前髪下ろして。


 見える! 見えるよ! 高校生に!

 ただし、めちゃくちゃイケメンだけど!


「もうちょっと崩そうかと思いましたけど、ちゃーちゃんに合わせてちょっと背伸び大人系にしてみましたわ。高校生が目指す大人っぽさ、って感じでどうかしら?」


「……とってもいいです……」


 呆然として、つい、ポロっと本音を漏らしてしまって。


「その……中沢も、可愛いよ」


 ちょっと赤くなってうつむきながら、先生もチラッと私を見て、誉めてくれる。


「その、着物と着付は、遠藤が?」

「いえ。ちゃーは自分で着られますし、着物も自前ですよ。こういうカジュアルなコーディネート、ちゃーは上手よね」

「お稽古だとこんな風に遊べないので、久しぶりに気合い入れました」

「……そうか、お茶、習ってるんだったっけ」


 毎週日曜日はお茶のお稽古があるので。と言っても必ず着物って訳ではないけど。

 この桜の小紋も、いずれはお稽古用に下ろすつもりだけど、もう何度かはお出かけ着にしておきたいと思っていた取って置き。


「そうか、ふむ。うん、よし。……で、どこ行こうか?」

「……先生、何か企んでいます?」

「別に。せっかく中沢が可愛くしてきてくれたから、どこがいいかなって」


「だったら桂山公園はどうですか? ちょうどツツジが咲き始めたって言うし、ここからなら乗り換えなしでバスで行けますよ」

 遠藤先輩に勧められて、ひとまずそこに決めた。


「桂山公園ならバス停のそばに和風喫茶がありますよ。白玉抹茶汁粉が美味しいですよ」

 高村先輩もいい情報を教えてくれた。





「その服、高村先輩のから?」

 

 高村先輩のお宅から出ると、当たり前のように先生は私の手を握り歩き出す。


 振りほどいたら怒られるよね?

 でも恥ずかしい。

 

 振りほどこうと思えば出来るけど、せっかくおしゃれしてきたんだから空気を悪くするのも良くないな、と私は素直に従った。恥ずかしいから、先生の服装について聞いてみる。

 

「いや、コレコレこういうの持ってこいって言われて。家を出る寸前に指定変えられたから慌てたぞ」

「あ、すみません。私のカッコ見て、変えなくちゃ! って言ってましたから」

「そうか。まあ、バランスあるしな。……まさか、着物で来るとは俺も思わなかったけど」

「せっかくなので、おしゃれしたいな、って」

「……嬉しいよ」


 あれ? もしかして、先生のためって誤解されている?


「でも、焦ったよ。てっきり遠藤が、ガードのために着物着せたのかと思って」

「ガード?」

「だって、着崩れたら大変じゃないか? 自分で着られなかったりしたら、さ。まあ、中沢はその心配ないみたいで安心したけど」

「ああ、初詣とかで着崩れしちゃって大変、って聞きますもんね」

「ああ。せっかくの新年デートなのに、脱がせられなくて悔しいって聞くもんな」

「ちょっ! なに言ってるんですか?!」

「その点、中沢は大丈夫だな。うっかり胸元とか裾とかはだけても……もしかして、帯くるくるゴッコとかもできるとか?」

「しません!」


 時代劇で悪代官とかが娘さんをアレする場面の、『よいではないか』『あーれー』ってやつだよね……って、なに考えているんですか?!


「先生って、真面目そうな顔して、そんなことばっかり考えているんですか?」

「男は、スケベか、スゴいスケベの2種類しかないんだよ。そうでなくちゃ人類滅びる。草食系男子が増えて、出生率下がって、日本全体が大変な状況になっているじゃないか」

「真面目な話にすり替えないで下さい。先生は……」


 不意に、千野先生は、人差し指を私の唇に押し当てて。

「今日は、それなし。名前で呼ばないと、バレる。そうだな、俺も中沢じゃなくて、サホ、っ呼ぼうかな。それとも、ちゃー、がいい?」

「……」

「サホ、でいい?」

 

 唇を押さえられているのでモゴモゴしてしまい、私は仕方なくうなづいた。先生は、指を離して。

「俺は、どう呼んでくれる?」

「……リク、とか?」

「いいね。じゃあ、行こうか、サホ」


 そう言うと、先生は……リクは私の唇に押し当てていた人差し指の先端を、わざとらしく自分の唇にチョンと押し当てて。


「まずは間接キッスでガマンしておくかな」

「……!」


 赤面して言葉も出ない私の手を引いて。

 

 バス停に向かって歩き出す。バス停に着くと、ちょうどバスがきた。

 

 バスは空いていて、リクは後部座席に私を誘導し。

 ……ずっと手は繋いだまま。


「これって作り帯じゃないよな。サホ、自分で締めたの?」


 背中の帯を見て、リクが訊いてくる。

 変わり文庫で、フリルのようなひだを片側に入れて、もう片側は長めに垂らしてある。

 半幅帯だけだと難しいんで、帯締めで固定してある。

「はい」

「はい、じゃなくて、うん。今日はもっと砕けようよ」

「うん。……これは、遠藤先輩に教えてもらったの」

「あ、そうか。着付は遠藤、家業みたいなもんだしな」

「そう、すごいの。その気になれば花嫁衣裳の着付もできるんだよ」

「そりゃすごいな。もうプロじゃないか」

「リクも、着付上手なんだね。自分で着ていたよね?」

「まあ、自分の分くらいは」

「袴もちゃんと着けていたし、遠藤先輩もびっくりしてたよ」

「多少はかじったからな。大して役にも立たないと思っていたけど。案外使えるもんだな」

「リクって、いいとこのお坊ちゃんなの?」

「は?」

「先輩達が。小さい頃からそれなりの教育を受けてるって」

「……あいつら。ったく鋭いな。まあ、それなり、にはな。って言っても、傍流だし。一応念のため習っとけ程度に、な」

「ふーん」

「サホこそ、何でお茶を習っているんだ? 入門してるんだろう? 着付も? 和菓子屋だから?」

「着付は他所では習ってないよ。お母さんとお姉ちゃんに教わったの。あと、遠藤先輩に。お茶は、お師匠さまの、所作に憧れたから、かな。あんな上品な女性になりたいって」

「……その成果が、猿みたいに飛び上がって人を押し倒すのか?」

「言わないで! あれは事故なんだから!」

「まあ、おかげで、サホと衝撃の出会いが出来たからな。キスもいただいたし、結果オーライ」

「バカ! やめてよ! こんなところで」


 幸い、他の乗客は前に固まっていて、聞こえていないみたい、よかった。


 やがて、バスは桂山公園に到着した。

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