たまに殊勝な言葉を言われたら落とし穴が待っているなんてヒドイ!

「うわぁ、綺麗!」


 公園の周囲を埋め尽くすように、色とりどりのツツジが咲いていて、まさに百花繚乱ひゃっかりょうらんって感じ(花の種類はツツジだけなんだけどね)。日陰はまだ蕾が多いけど、日向はかなり咲いていて、とっても綺麗。

 

「ツツジって、こんなに色んな色があるんですね」

「うん。俺もこんなに咲いているの、初めて見たよ。すごいな」


 先生……リクはスマホを取り出して、写真を撮る。


「サホ、写してやるよ。そこに立って」


 濃いめの赤とピンクのツツジの前で、リクがスマホを構えた。私はちょっと澄まして、斜め左にポージングしてみる。


「本人より美人に撮ってやったぞ」

「ホント? キレイに撮れた?」


 リクの技術うでがいいのか、機械の性能がいいのかわからないけど、画面の中の私は、いつもより2割増しくらい大人っぽく映っていた。


「私も撮ってあげる」

「俺はいいよ」

「えー、私もリクの写真欲しいのに」

「……いいよ、撮っても」


 何だかスゴく嬉しそう。……って、私、今、結構な爆弾発言、した?

 

「い、いえ、別に特別欲しいわけでもないけど、せっかく高村先輩がコーディネートしてくれたから、その記念に、って意味で」

「そうやって誤魔化しても丸わかりだって言ってるだろ? そっかそっか。サホは俺の写真が欲しいんだな。何枚でもいいぞ」

「そうじゃなくて!」

「だったら二人で自撮りするか? ほら」


 リクは、私の肩を引き寄せて、自撮りする。

 距離、近過ぎ!

 恥ずかしくて俯いてしまう。


「こら、ちゃんと前見ろよ。せっかくのサホの可愛い顔が写らないだろ?」

「だって、こんなに近くて恥ずかしい……」

「何を今さら。もうキスだってした仲じゃないか」

「それ言わないで!」


 私をからかいながら、リクは何枚も自撮りする。


「もしよかったら、撮りましょうか? それじゃツツジが入らないでしょう?」


 通りかかった少し年配のおば様方が、そう申し出てくれて。


「いいですか? お願いします」


 リクはスマホの操作を説明して、写真を撮ってもらった。

 せっかく申し出てもらったのに、俯いているのは失礼だから、私は必死に顔を上げた。


「まあ、なんて初々しいカップルなのかしら。可愛いわねぇ」

「今どきなんておしとやかな。まさに大和撫子ね」

「彼氏もイケメンで真面目そうで、お似合いね。高校生?」

「はい」


 リクは爽やかな笑顔で答える。


 いえ、真面目そうだけど、エッチなことばっかり言うんです! 高校生でもないんです! なんて言えるわけもなく、私は笑顔を浮かべ続けて。


「あ、代わりに今度は僕が撮ります」


 と、お礼におば様方のスマホで写真を撮って。


 手を振って離れるおば様方に最高の笑顔を返して。


「リク、外面よすぎ。何が『高校生?』『はい』よ」

「そういう設定だろ? 今日は。大人なデートがいいならこれからモードチェンジしようか? どっか密室行く?」

「高校生らしい健全なモードで」


 二人きりになると、すぐにこう言うこと言うくせに、どこが真面目なのよ。


「ちぇっ。健全なんて言葉、どこで覚えてきたんだ?」

「うちの国語の担任は、ちゃんと語句調べしないと叱るんで」

「イヤな先生だな」

「じゃあ、課題減らすようにリクが言ってよ」

「言えるか」


 ……なんか、ホントに同年代の男の子と話しているみたい。


 クラスメートくらいしか近くに男子はいないし、そんなに打ち解けて話すこともないから、よく分かんないけど。


 ……同い年くらいだったら、もっと気軽に付き合えたのかな?

 高校生のフリをしないと会えないなんて、何だか寂しいな。



 ……うん。認める。

 私、リクが好き。


 ううん、好きなのは分かっていたけど、やっぱり、ちゃんと付き合いたいんだ。ホントは、堂々と。


「ねえ、リク?」

「何?」


 少し歩いて(相変わらず、手を繋いだまま)、途中の東屋のベンチで一休みする。

 ちょっとツツジの群生からは離れていて、人通りはほとんどない。おまけに東屋にひさしがかかっていて、回りから見えづらい。


「遠藤先輩に言っていたこと、ホント?」

「言っていたこと、って?」


「私と、真剣に、付き合いたいって、こと」

「ホントだよ? 何度も言ってるじゃないか」


「言ってない」

「え?」



「リクが、私と付き合いたいって、私、言われてない!」


「……え?」


「言われたのは、『外で会おう』と『デートしよう』だけ。もっと言うと、『好き』とも言われてない」


「………………あ」


 リクが真っ青になる。これって、本気で忘れていたのかな?


「ゴメン! 何だか、もうサホには言った気がしてた!」

「全然! 全く、言われてないから! あ、和歌に託した、とか、ノーカンだから! 私は現代人なんだからね! あと『正妻だ』とか『中沢だけ』って、目的語無いので伝わりません、って国語の先生なら言いますよね?」

「その通りです……うん、ホントごめん。とにかくサホを手に入れたくて、もう夢中で」

「何でリクは、そうやって即物的なのよ?! 私の心はどうでもいいの?」

「いいわけないだろ?! 俺はサホの全部を手に入れたいんだよ。サホが俺の夢を見て眠れないって聞いて、どれだけ嬉しかったか、分かるか? あの瞬間、俺は絶対サホを手放さないって心に決めたんだ。サホの心も体も、今も未来も、全部欲しいんだ!」


 リクはいきなり私の肩を掴み、じっと見つめる。


「俺は、サホが好きだ。大好きだ。愛してる。もう、昼も夜もサホのことばっかり考えている。だから……」


 熱を帯びた目は、興奮のあまり潤んでいて。

 元々綺麗な瞳が、余計にキラキラと輝いて。


「俺と、結婚してください!」


「は?」


 イヤ、そこは、まず、付き合ってください、じゃないの? 


「……どうして、いつもいきなり、そうやって飛躍するんですか?! まずは、お付き合いから……」

「待てない! 放っておいたら、サホが誰かに拐われる」

「なわけないじゃないですか? 私、全然モテませんよ?」

「なわけある! 今日だって、こんなに可愛くしてきて。すれ違う男が皆お前見てた。サホは、自分がどれだけ可愛くて、魅力的か、自覚がなさすぎる」

「それは言い過ぎ……」

「言い過ぎじゃない! 毎日、俺がどれだけ不安か分かるか? いつ同年代のヤローどもがお前に手を出そうとするか、心配でたまらない。今はお前の席の回りは女子だけだけど、今後席替えがあっても、絶対男子は隣にも前後にも斜めにも座らせないからな」


「それは不自然ですよ? 席はくじ引きだし」

「不自然じゃない。どうせクラスに10人もいないんだ。権力行使して、絶対阻止する。お前の回りに男子は近付けさせないからな」


「そんなことに、担任の権力使わないで下さいよ」

「そのための権力だ」

「イヤイヤ、それナイですから」

「ある! もう、飛び級制度導入させて、さっさと卒業させたいくらいなんだからな」

「勝手に日本の教育制度変えないで下さいよ」

「法律的には不可能じゃないが……それよりは、男子クラスでも作って締め出す方が現実的か……」

「イヤイヤ、そんなこと本気で考えないで! やりそうで怖いです! 他の女子に恨まれます!」

「学校に居づらくなったら、自主退学して俺に最終就職でもいいぞ?」

「だから! なんでそうやって飛躍するんですか?! 私のハイスクールライフを勝手に変えないで下さい!」


「……こうやって妄想して、何とか気持ちを落ち着けているんだよ。俺だって、サホの楽しい高校生活、守りたいし。だから、まだるっこしいけど、こうやって偽装して。サホが可愛い過ぎて、なのに自覚なさすぎて、俺がサホを好きすぎて……」

「……リク……」


 無理難題言っているのは、リクも分かっているんだ。

 何だか泣きそうなリクの顔が、胸に刺さる。

 キュンとするよ。リクは年上なのに、可愛くて母性本能が刺激されちゃう。


 それに、こんなに何度も『好き』とか『可愛い』とか言われたら……嬉しすぎて。


「もう、分かりました。いいですよ。結婚前提の、お付き合い、で」

「ホントに? ホント?」

「ホントに、ホント、です」


 あ、めちゃくちゃ嬉しそう。


 リクは感情が出ると、スゴく幼く見えて……あーますますキュンキュンしちゃう!


「……サホ」

「はい?」


 恥ずかしいのか、リクは一度手を離して、背を向けて深呼吸して。

 やおら、向き直り。


「キス、していい?」

「……珍しいですね? 許可取るなんて」

「今くらいは、ちゃんと、な。将来を約束する、誓いのキス、だから」

「……いい、ですよ」


 さっきみたいに、さっきよりも優しく、リクが私の肩に両手を添えて。


「サホ……愛してる。一生、添い遂げるから。俺は、千野ちの利久は、病める時も健やかなる時も中沢茶朋を生涯愛すると誓います」

「結婚式みたい。でも、私は神前式がいいんですけど」

「本番は神前式でやるから。今は、こっちの気分。でも、ウェディングドレスもみたいから、お色直しはしような」

「気が早すぎ。でも、それは私も憧れますね」

「きっと、似合うよ。……ね、そろそろ、目、閉じて」

「私は誓わなくていいんですか?」


「……汝、中沢茶朋は、病める時も健やかなる時も生涯、千野ちの利久を愛し続けると誓いますか?」


「はい、誓います」


 そっと、目を閉じる。


 肩を掴む手のひらの力加減で、リクが近付いて来るのが分かった。


 そして、合わさる唇。


 前みたいに、貪るような激しいキスではなくて、でも、触れるだけの軽いキスでもなくて。

 ちょっとだけ、舌も触れて。


 本当の教会挙式みたいに、みんなの前だったら、こんな風に長くキスをするなんて、恥ずかしくって出来ないと思うけど。


 どのくらい時間が経ったのか分からないくらい、長いようで、でもまだ離れたくないくらい、あっという間な気がする、口付け。


「……はぁ」

 ようやく、唇が離れて。


「サホ、顔が真っ赤」

「リクだって」

「……場所、変えようか」

「?」

「いや、ちょっと、人目がなさすぎて、自制心がヤバい。さすがにここで押し倒すのは、マズイ」

「なっ?! そんな目的でここで休もうって言ったんですね?!」

「さすがにそこまで考えてないよ! ……上手く行ったらちょっと触れるかな、程度で」

「やっぱりそういう目的で! 誓いの言葉、取り消します!」

「残念! 全部録音してあるから取り消しできないよ」


 リクがスマホを取り出すと、さっきの誓いの言葉が流れる。

「あー! いつの間に! 消して!」

「今、ロックかけたし、家のパソコンにもメールで送ったから、消せないよ」

「ひどい! 詐欺!」

「詐欺じゃないよ。サホが自分で誓うって言ったんだから」


 リクはニマニマして、スマホを頬擦りする。


 あーもう! リクがたまに殊勝なこと言うと思ったら、こんな落とし穴! 


 まんまと落とされちゃったよー!

 

 

 

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