お饅頭の交換条件がデートっておかしくないですか?

 入学式の翌週の火曜日(つまり来週)が、茶道部の新入生歓迎茶会の予定。他の部活も日程は被るので、とにかく集客が大切。

 遠藤先輩が説明したように、略式のお茶会を開くことになっている。


 会場の作法室は、四畳半の茶室と十畳の広間に分かれていて、普段は茶室の部分だけを使っているんだけど、今回はそれではあまりにも狭い。

 部屋自体は襖で仕切られているので、それを外すと、一つの広い空間になる。

 そこに赤い薄い毛織りの敷物みたいな、いわゆる緋毛氈を敷いて席を作ろう、という話になっていたんだけど。


「……今年の新入生に何人お嬢様がいるか知らないけど、お前ら自分達を基準にしない方がいいぞ?」


 遠藤先輩(とそれを影で操る高村先輩)に丸め込まれて、新入生歓迎会にお茶を立てる(お点前てまえっていうやつ)ことになってしまった千野先生が、この計画を聞いて苦言を呈した。


 これ以上いいように巻き込まれたくないから企画から付き合う、と言って、毎日放課後部室代わりの作法室にやってくる。


 ……結果的にめちゃくちゃ巻き込まれている気がするんだけど?


 でも、顧問の先生が協力的なのは悪いことではないので、つっこまないでおく。



「どういうことですか?」


「緋毛氈敷くってことは、正座させる気だろ? 今時の子は、そんな場面嫌がるんだよ。お前らみたいに、入学前からお稽古ごとやっていて、正座が当たり前なんていう環境にいない子の方が今は多いんだぞ? もちろん、そういう家の子が入学する確率は他の学校より高いかも知れないけど。でも、ボーダーラインは低めにしておくべきだ」


「でも、入部すれば正座でお稽古することが多いんですよ?」

 多いというか、ほぼそうなる。

 今だって、先生がいるから皆正座している。座布団は敷いているけど。


「入ったらいいんだよ。目的があれば何とか馴染もうとするし、努力もする。でも、最初から無理を強いれば、入部のきっかけすら失うかもしれない。まずは気軽に興味を持ってもらう方が大事なんじゃないのか?」

「それは、そうですけど」

「そうね。私達は当たり前に思っていたけれど、それが当たり前でない方に取っては、敷居が高いかもしれませんね」


 高村先輩が千野先生の意見に賛意を示す。


「……一階の会議室、飲食可能だし、立礼りゅうれい式でできますね。パイプ椅子ではなくて、文化祭の模擬店用のベンチを借りてきて、緋毛氈と座布団敷けば雰囲気出ますし。長机にはテーブルクロス敷いて」

「そうだな。それに、そうじゃなくてもここは少し校舎から外れているし、まだ一階の方が入りやすいんじゃないか? 昇降口や通用門には近いから、帰りがけの生徒も引き込めるかもしれないし」


「ちょっと場所と備品借りられるか、確認してきます」


 電光石火で遠藤先輩は、確認に行き……やや電光石火で戻ってきた。


「場所は大丈夫です。片付けと掃除に責任持てば良いと。ベンチもとりあえず6脚確保しました」

「早いな」

「ここは同窓会の管轄なので、1階に事務所があるんです。今日は水曜日で事務の方がいらっしゃる日だったのが幸いでした。伝統ある茶道部のためなら、と快諾していただいて」

「同窓会ってことは、卒業生か?」

「ええ。昨年度まで顧問をされていた松前先生の教え子の方で。近年の学校運営をやや苦々しく感じていらっしゃるそうです」

「……そうか。まあ、協力が得られるならありがたいな」


 千野先生、何だか複雑そうな顔。

 やっぱり学校関係者としては、批判されるのは面白くないのかな?


「お点前も椅子にしますか?」

「立礼じょくは学校にはないから、長テーブルに何か敷いて、ちょっと季節が早いけど風炉ふろを使いましょう。電熱式だから火の管理は心配ないし。鉄瓶でもいいけど炉が合った方が雰囲気出るでしょう?」


 風炉は、夏秋用ののこと。炉は、亭主の席のそばにある小さな掘りごたつみたいな場所に据え置く湯沸し器みたいなもので、風炉は床の上に置くことが出来る。

 暑い夏場は亭主やお客様から少し離れた場所でお湯を沸かせるように、移動式になってるのだ。


「今回は略式の体験だということで。足りない分は会議室の隣の給湯室でお湯を沸かせばいいわ。先生以外に給湯室でも二人で点てて、一人は先生専属で半東しましょう。茶碗は30客あるから、席は余裕を見て20席で。給湯室の担当は客数を見ながら交代でお運びしましょう」


 高村先輩がすらすらと計画を立てていく。

 ちなみに『半東』というのは、亭主のサポートをする役目。今回の立礼式だと、点てたお茶を運ぶウエイトレス的な役割、かな?

 ついでに立礼卓は立礼式でお点前するための机。立礼式用の机(卓とか棚とかいう)には、他にも色々種類があるんだけど、炉が設置できて机の上面が畳になっている、移動式の点前空間みたいなもの。


「うちに古い帯でリメイクしたテーブルランナーがあるから、それ敷きましょう。そうだ、無地のテーブルクロスもあるから、それなら長机、全部覆えるわ」

 遠藤先輩も負けじとアイデアを出していく。


 私も負けていられない。

「お菓子はどうしましょう? 姉が、若い女の子中心ならやっぱり桜が可愛らしくていいのでは、と言ってましたが。桜の干菓子で、押し物と落雁のペアなら小さめでも華やいだ雰囲気になりますよね?」

「そうね。数も読めないし、その方がいいでしょうね」


 ほとんどお姉ちゃんのお手柄だけど、お気に召したようだ。


「……一応聞くけど、予算は?」


 千野先生が困ったような顔で訊いてくる。

「あ、はい。身内価格なので………」

「で、いくら?」


 私は「他には内緒で」と前置きして、値段を告げる。


「……あ、そう。いや、今の時期は会計もうるさいから、ありがたいんだけど……おうちの方に叱られないか?」

「まあ、一応材料費分は大丈夫です。人件費は、見習いさんの練習のため、ってことでサービスです」

「この間、中沢んちの饅頭食べたけど、あれ、かなりいい材料使っているだろう? 練習とは言え、いいのか?」

「あ、食べたんですか? 酒饅頭?」

「いや、薯蕷饅頭。知り合いが葬式でもらってきた」

「え、高村先輩のお宅の?」

「坂下さんって熨斗紙には書いてあったけど」

「ならそうですね。うちの母の実家が坂下なので」

「……そうか。なるほど」

「で、どうでした? うちの特製の薯蕷饅頭。注文販売しかしていないので貴重なんですよ?」

「旨かったよ? そうか、貴重なんだ」

「予約してもらえば作りますけど。薯蕷饅頭は練習用ってわけにはいかないので、正規のお値段いただきますが」

 値段を言うと、「まあ、そんなもんか。いくつから頼める?」と訊いてきた。よっぽどお気に召していただいたみたい。ありがたい。


 まあ、お母さんに頼めば少しは安くしてもらえるかな?


「あら、先生ご馳走様です」

 遠藤先輩がニヤッと笑いながら、至極丁寧にお礼を言う。

「お前ら……仕方ないな。部員が無事に集まったら、お祝いに注文してやるよ。ポケットマネーでな」

「ありがとうございます」

「中沢、お前の分はない」

「え? どうしてですか?!」

「中沢んちの儲けになるだけだろ? 何だか悔しい」

「それとこれとは別ですよ。リベートもらっているわけじゃないですよ?」


「そうか、なら、交換条件。新入生歓迎会が終わったら、俺とデートしろ」

「はあ?! 何言ってるんですか?! っていうか、何でこんなところで言うんですか!」

「校内で二人きりになるの、遠藤に禁止されたじゃないか。それに、お前何だかんだ言って承知しないだろ? だったらコイツらに協力させた方が利口かな、と」


「……別に禁止してないですよ? 校内では色々謹んでいただきたいって言っただけで」

「色々慎めるわけがないから、外で会いたいんだよ」

「まあ、情熱的ですね!」


 面白そう、と顔に書いた高村先輩、テンション高くて怖いです。


「でも、外だってダメですよ。誰かに見られたら……」

「見られたっていいようにすればいいじゃないか」

「どうやって?」

「新入生に間違われるような俺なら、高校生同士に見えるだろ?」


 これは、初めて会った時に新入生に間違えたことを根に持ってるんじゃない?

 ………確かに、間違えたけどね。


「それいい考えです! 私、コーディネートするわ!」

「かむちゃん、テンション高すぎ……まあ、色々協力していただいていることですし、こちらも少しはお手伝いしますよ」

「ちょっと先輩?!」


「いいじゃないの? ちゃーだって、そろそろデートくらいしたいお年頃でしょ? 新歓の終わった再来週の土曜日か日曜日、デートしなさいよ」

「と言うことで決定な? 行き先は任せて」

「あ、先生、自宅とホテルはNGですよ? あくまでも健全にお願いしますよ?」

 一応、遠藤先輩が釘を刺してくれる。

「分かってるよ。……まあ、他にも色々できる場所はあるし……ゴニョゴニョ」

「先生!」



 

 何で、私んちのお饅頭ご馳走してもらう交換条件に、私がデートするの?

 おかしくないですか?!

 

 


 

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