和菓子論争に夢中になっても惚れ直したとか言わないし!
本人の承諾を得ようとされないまま、デートの約束をさせられて。
千野先生と先輩方は嬉々として新入生歓迎会の茶会の準備に取り掛かり。
まあ、もちろん、私もちゃんと協力してますけど。
お姉ちゃんに勧められた通り、桜の押し物と落雁を60セット注文して。
新入生が全部で120人だから、30人も来てくれたら御の字なんだけど。
「千野先生がお点前するって前評判になってるのよ。20名3回の予定で。在校生も来たがっているけど新入生のみって表示しておきましょう」
という、遠藤先輩の目論見なんだけど。
「まあ、干菓子ですから多少日持ちしますけど」
「余ったら皆で分ければいいのよ。告知しておいて足りない方が困るから」
「でも、これ美味しいわ。余っても嬉しいかも」
「かむちゃん、縁起でもないこと言わないでよ……確かに美味しいけど」
押し物と落雁の試食をしてもらって、とても好評。
やった!
落雁はよくお土産とかでもみる、メジャーなお菓子だけど、米粉とか乾燥した粉に砂糖や水飴を混ぜて型取りしたお菓子。今回の桜の落雁は濃いめのピンクから薄いピンク、黄色と萌葱色の淡い緑から濃い緑へのグラデーションがとってもきれい。口に入れるとホロホロ融けていく。
桜の押し物は淡いピンク一色でふんわりした食感。押し物っていうのは、砂糖や水飴と米粉に餡など水分の多い食材を混ぜて大きめに型取りして輪切りにして仕上げる。イメージとしては、焼く前のアイスボックスクッキーとか金太郎飴? 口に入れた瞬間はちょっとサクッとした歯ごたえがあるんだけど、噛まなくても上顎と舌で押すだけでなくなっていく感じ。今回は桜葉で香り付けした白餡を混ぜてあるので食べた後に香が残る。
「これ、和三盆使っているんだ? 味はもちろん、ここまで手をかけてもらって、本当に材料費だけでいいのか?」
「まあ、試作品なので感想持ち帰ればうちの利益にもなりますし。遠藤先輩も高村先輩も舌が肥えていますから。きちんとダメ押ししてくれますし。先生の感想も聞かせて下さいね?」
「試作品モニターってことか。なら言わせてもらうけど味わいはいいと思う。押し物も歯ごたえと口どけのバランスが素晴らしい。これは桜の葉の塩漬けだよな。香りだけでなくほんのり
「さすがですね」
「ただ分からないのがこの風味だ。桜の香りを邪魔しない用に白餡を使っているんだよな? なのに、味の強さがある。だから桜餅のイメージが繋がりやすかったんだけど。もしかして黒餡使っているのか?」
「残念。黒餡は使ってません。白餡です」
「白餡……白花豆か?」
「正解です」
白餡の材料になるのは、白い豆、手亡豆(白いんげん)や大きめの白花豆など。高級な白小豆も使えるけど材料が手に入りにくい。
「白餡なら押し物も複数の色が使えるのに、あえて一色なのは理由があるのか?」
「そうですね」
それが味の秘密だって聞いた。
「うーん、降参」
「で、味わいはいいけど、って言ってましたけど、他に何が引っ掛かるんですか?」
「教えてくれないのかよ?」
「企業秘密なので。先生がデート撤回してくれたら、考えてもいいですよ?」
「ならいい。自分で考える。どうせお前、答え知らないだろ?」
「……何で分かるんですか?」
「だって、平然と秘密にできるってことは、絶対答えを言わない自信があるんだろ? 言わない、んじゃなくて、言いようがない、ってことだ」
「むう……だって、お姉ちゃん、教えてくれないんですもん」
「懸命だな。お前、誉めたら嬉しがってすぐに口にしそうだから」
「むうー!」
「……あの、ちゃーちゃん、仲がよくてよろしいんですけど、そろそろ本題に入りません?」
「仲良くしてません!」
「してますよ。ちゃーの言葉が乱れています。新入部員が入ってくる前に直しておかないと。一応先生なんですから」
遠藤先輩がわざとらしく丁寧な言葉遣いで諭してくる。
確かに、最近慣れてきたせいか、先生に気安すぎるかも。気を付けないと。
「先生も、趣味に走ると際限なくなるタイプのようですから、注意してくださいね? 味覚が確かなのは分かりますけど、蘊蓄が過ぎると引かれますよ? まあ、そういう意味では、ちゃーはお誂え向きですけどね? 趣味も合うようで」
お見合いの仲人みたいな言い方をしないで下さい!
でも、案外お父さんや秀さんと気が合いそうで安心した……ってしちゃいけないの!
何、私までノセられているのよ?!
でも、この後で先生が気になっていた点を教えてくれた。
落雁のグラデーションのバランスが押し物と合わないんだって。色の濃い部分を少なめに、縁取る程度にして、あと、萌葱色を多めした方がいいって言われて。
秀さんも単品ならともかく、セットならその方が合うって言って見習いさん達に指導していた。
言われただけじゃ分からなかったけど、出来上がりを見たら、ホントに、ずっとよくなった。
淡い桜色の押し物に、そっと縁の濃い色合いが、影を添えるようで、まるで萌え出ずる芝に映える散りゆく桜(というのは、秀さんの受け売りだけど)。
あと、季節を先取りする和菓子の世界では、4月も半ばのこの時期、本来は満開の桜の季節じゃない。でも、新緑に移り変わる景色に見立てたこのセットなら散りゆく桜『残花』を風情があってよいと。
お礼にって、押し物の秘密も教えてくれた。内緒にしてくれるなら話してもいいって。
その代わり、これからも試食してもらいたいって。
うーん、やっぱり気が合いそう。
また千野先生の意外な一面を見てしまった気がする。
……ますます惚れ直したんなんて、絶対に言わないから!
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